第4話
――さて、今日の解読はここまでにするか。
限界を迎えた脳を休めるため、前野はデスクに突っ伏して短い仮眠を取った。
遮光カーテンの隙間から、容赦のない朝の光が研究室へと差し込んでくる。
重い瞼を開けた前野は、淹れたての熱いコーヒーを胃に流し込み、無理やり意識を覚醒させると、すぐさま石板の前に戻った。
石板の後半、そこには世界を形作る様々な神々の誕生が記録されていた。しかし――。
「……やはり、ここもか」
ルーペを覗く目に、自然と力がこもる。
――(……数行にわたり不自然な剥離。神々の名、すべて解読不能)
経年劣化による欠損ではない。まるで後世の何者かが、強烈な悪意を持って、刃物で「神の名」をすべて削り取ったかのような、生々しい傷跡が延々と続いていた。
だが、その異常な記述のなかで、最悪の『事件』が牙を剥く。
『――火の神、カグツチを産み落としたその刹那、あまりの熱量にその身を焼かれたイザナミは、ついに薨去してしまう。
最愛の妻を失い、逆上したイザナギは、〇〇(……判読不能)で我が子であるカグツチを切り裂き、これを屠った』
神の死。そして、凄惨な肉親殺し。
ここから、石板の文体はそれまでの淡々とした神話の記録から、血の匂いが這うような陰鬱さを帯び始める。
『――妻を諦めきれないイザナギは、生者の世界と死者の世界の境界――黄泉比良坂を越え、イザナミの魂を奪い返すべく、死の国へと赴くことを決意する』
前野の脳裏に、石板の文字を通じて古代の情景が浮かび上がる。
『――音も光もない、ひたすらな暗闇を進むイザナギ。その果てに、彼は死の国へと繋がる、一つの巨大な横穴を見つけ出した』
そこまで読み解いた時、前野は強烈な寒気に襲われ、ゴクリと唾を呑み込んだ。
記紀神話において、黄泉の国は「概念的な死の世界」として描かれる。しかし、この石板の描写はあまりにも写実的だ。
まるで、イザナギという男が、実在する「地下の防空壕か監獄」へ侵入していくかのような――。




