第46話
フツヌシは直刀でマカツ兵に斬り掛かった。
西を守っていたのはマカツの熟練兵。大楯を展開するが、高天原の誇る最強の剣士の前では紙切れ同然だった。大楯が切断され、兵士が次々に倒れていく。
海水が、肺を満たしていく。
ニニギの視界は、自らの血とワタツミの放つ海水が混ざり合い、どす黒い赤に染まっていた。脇腹を貫いた水刃は、傷口から絶え間なく塩水を注ぎ込み、彼の内臓を内側から腐食させていた。
「……あ、が……」
「ニニギ! 意識を離すな! 磐井、奴を岩陰へ! 早くしろッ!!」
翼の靴を持つ神が、音速を超える速度で戦場を駆け、ワタツミの追撃を真空の壁で逸らした。今、ニニギの肉体が持つ時間は、わずかだった。
「……無駄だ。我が溺死の呪いは、対象が塵となるまで止まらぬ。……貴様もその小賢しい足を止めて、海の底で眠るがいい」
ワタツミが四つの腕を広げ、北の関門全体を巨大な水の球体に閉じ込めようとする。脱出不能の広域処刑。
「……私の前で、光を遮る権利が誰にあるというのだ」
竪琴の神が、黄金の竪琴を真っ赤に燃え上がらせた。彼が奏でたのは鎮魂歌ではない。万物を強制的に活性化させる太陽の讃歌。
――神権・太陽の抱擁。
竪琴の神の背後から噴出した超高温の熱波が、ニニギの傷口に巣食う塩水を蒸発させ、強引に止血を施す。肉が焼ける凄まじい異臭。だが、その激痛こそが、ニニギを現世に繋ぎ止める唯一の楔だった。
「……がはっ……熱い……熱すぎるぜ……」
「生きているなら文句を言うな、小僧」
鍛冶の神が、ニニギの楯を自身の胸に押し当て、自らの神格の核を削りながら不滅の熱を注ぎ込み続けていた。
「磐井造! お前の理で、この熱に指向性を持たせて放て! ……ワタツミの核は、あの四つの腕が重なる中心にある!」
「……承知した! ……筑紫の全兵士、楯をニニギ殿に捧げよ! 反射角を計算しろ、一点に……一点に全ての光を集めるのだッ!!」
磐井造の指揮のもと、生き残った人間たちがボロボロの楯を並べ、鏡の壁を作った。竪琴の神の光、鍛冶の神の炎、そしてニニギが命を賭けて保持した楯。それは、神と人間が初めて一つの牙となった瞬間だった。
「……ニニギ、まだ動けるか」
翼の靴の神がニニギの背中を支え、立ち上がらせる。ニニギは折れた右腕を楯に縛り付け、左手で磐井の剣を握った。
「……あたりまえだろ……。……殿が来るまで、……ここを……渡してたまるかよォッ!!」
――総力反撃・神滅の残光。
北の山々が、太陽が地上に降りたかのような白銀の閃光に包まれた。ワタツミの巨大な水壁が蒸発し、神の叫びが蒸気の中に消えていく。
だが、その一撃の代償として。ニニギの身体からは、最後に残された生命の輝きが、静かに零れ落ちようとしていた。




