第31話
それは、地上のいかなる攻城兵器の咆哮でもなかった。
一柱の神が、ただ自らの巨大な肉体のみを弾丸として放った、原始的な破壊の響きだった。
「ぬんッ!!」
巨神タヂカラオの巨躯が、周囲の大気を暴力的に圧縮しながら、岩山の砦の正門へと真っ向から撃ち込まれた。
ニニギが率いる百人の頑強な楯兵が、黒石の重楯を強引に重ねて強固な亀甲陣を敷いていたが、武神の凄絶な体当たりはその全てを乾いた木の葉のように虚しく撥ね飛ばした。重厚な鉄の門は一瞬でひしゃげ、強固な岩壁は飴細工のように音を立てて砕け散る。
「がはっ……!? 馬鹿な、この……桁違いの質量……ッ!」
ニニギが苦い泥を噛み締めながら叫ぶ。溶接した楯の表面には、タヂカラオの分厚い肩の形状のまま、深い窪みが無残に刻まれていた。
激しい土煙が舞い上がり、地上の防衛線が完全に崩壊したその瞬間だった。
タヂカラオが落とした巨大な影の隙間から、冷徹な銀色の閃光が音もなく滑り込んできた。
「……掃討を開始する。天の光、天の風、それら全てをもって、不浄な雑音を削げ」
神軍の若き精鋭将、ニギハヤヒ。
彼は十種神宝を象った十枚の不気味に光る円盤を自らの背後に従え、空中に優雅に浮遊しながら、砦の内部へと侵攻してきた。
「行け」
ニギハヤヒが白手袋の手指を静かに振るうと、十枚の内の二枚の円盤――「死返玉」と「足玉」が、意志を持つ凶暴な獣のようにうねりながら、人間軍の密集地へと突っ込んだ。
それは、物理的な斬撃などではなかった。
円盤が通過した軌道上の空間そのものが、天の法によって強引に「停止」させられるのだ。逃げ遅れた地上の兵士たちが、叫び声を上げる暇もなく彫像のように硬化し、次の瞬間、冷たい風に吹かれた砂の城のようにさらさらと崩れ去っていった。
「貴様ぁッ!!」
一人の隼人の勇敢な戦士が黒曜石の石斧を投げつけるが、ニギハヤヒはそちらへ視線すら向けない。背後の別の円盤が石斧を空中で無音のまま粉砕し、そのまま戦士の胸を一直線に貫いた。
「……無駄だ。我らの理の前に、生身の肉体の抵抗など単なる計算誤差に過ぎぬ」
ニギハヤヒの冷徹な進撃。
正門を強引に破ったタヂカラオが、崩落した岩盤を片手で握り潰しながら再び立ち上がり、その後方からニギハヤヒが効率的な「空間の死」を機械的に撒き散らす。砦の中は、瞬く間に地上の阿鼻叫喚の地獄へと変貌していった。
砦の本陣。
イワレビコは、折れた槍の柄を、黒鉄の義手で静かに、しかし壊れるほどの力で握り締めていた。彼の左目の黄金色が、激しい人間の怒りで沸騰している。
「……ニニギ、スイゼイ。お前たちは下がっていろ」
「殿! ですが、あの巨体とあの不気味な円盤を同時に相手にするのは無謀です……!」
「……一万の命をこの腕に預かったと言ったはずだ。王が退けば、一万がただの灰になる。なら……俺が、この砦の最後の『門』になるだけだ」
イワレビコは長槍を手に、一歩、修羅の前に踏み出した。黒鉄の義手の左腕から、深海の海水が沸騰するような黒い蒸気がしゅうしゅうと吹き上がる。
前方に、白磁の巨神タヂカラオ。
上空に、空間を消去する円盤を操るニギハヤヒ。
二柱の高位なる神の冷徹な視線が、一人の片腕の、泥まみれの男へと同時に注がれた。
「……神殺しの王か。その首、アマテラス様への供物とするには、いささか泥に汚れすぎているな」
ニギハヤヒの背後の円盤が、一斉に駆動音を立ててイワレビコの胸元を指した。
「……供物はお前たちだ。地獄へ持っていく、良い土産にしてやる」
イワレビコは、天の沼矛の折れた柄を鋭く構えた。
絶望的な蹂躙のただ中で、一人の男の剥き出しの闘志だけが、天上の光に決して消されぬ人間の灯火のように、赤々と燃え上がっていた。




