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倭王年代記  作者: 水前寺鯉太郎
巻の二:神殺し戦記(上)(第2章 東征準備編)

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第25話

隼人の里の最奥、洞窟の岩壁を激しく震わせる鍛冶場。

 そこには、イワレビコとニニギ、そして顔を不気味な布で覆った隼人の老技術者たちが静かに集まっていた。中央の石台の上に鎮座しているのは、鈍い黒光りを放つ鋼の腕だった。


「……できたぞ。マカツの折れた鉄、隼人の硬木、そして神の残骸。これら全てを、スイゼイの黒い血で練り上げた、不浄の義手だ」


 ツチグモが、重々しく、しかし誇らしげに告げる。

 その義手は、美しさとは無縁の代物だった。節々は岩のように荒々しく、指先は神の皮膚を裂くための硬質な鉤爪となっている。内部からは、微かに、深海の底で海水が冷たく流れるような、不気味な鳴動が不吉に響いていた。


「殿、本当にいいんですか……。これをつけるってことは、もう二度と、普通の人間には戻れねえってことだぞ」


 ニニギの悲壮な懸念を、イワレビコは冷徹な視線だけで遮った。彼は無言で石台の前に立ち、タケミカヅチに無造作に消し飛ばされた、左肩の凄絶な断面をさらけ出す。


「始めろ。……ぬるい人間の感傷など、あのマカツの荒野に全て捨ててきた」


 スイゼイが、血の滲む震える手でその黒鉄の義手を持ち上げた。彼が唇を動かしておぞましい呪文を唱えると、義手の付け根から数千本の鋼の触手が、飢えた生き物のように一斉に蠢きだした。


「……叫ぶなよ、イワレビコ。これはお前の剥き出しの骨を削り、魂の形を直接接合する地獄の儀式だ」


 ――ずぶ、ずぶ、ずぶっ!!


 イワレビコの凄絶な絶叫が、洞窟の岩盤を突き破らんばかりに響き渡った。

 土着の里に麻酔などない。鋼の触手が、彼の焼けた肉の断面を強引に抉り、人間の神経を一本ずつ、容赦なく繋ぎ合わせていく。黄金色の海の血が義手の鉄の隙間からどっと溢れ出し、黒い鉄と混ざり合って激しく沸騰した。


 一刻の後。

 滝のような汗を流し、虚脱したイワレビコの左肩には、完璧に適合した黒鉄の義手が繋がれていた。


「……動くか」


 イワレビコは、恐る恐る左の鋼の指を曲げた。


 ぎち、ぎち……。


 耳障りな硬質な金属音が洞窟に響く。それは自らの生身の肉体よりも遥かに重く、しかし、かつてフツノミタマという黒剣と一体化していた頃よりも、ずっと鋭利で冷徹な感覚を彼の脳髄に与えていた。


「この腕は、お前の中に眠る海の血の圧力を極限まで増幅する。槍を支えるだけじゃない。これ自体が、天上の神を押し潰すための『深海の重石』だ」


 スイゼイの冷酷な言葉を聞きながら、イワレビコは傍らに置かれていた天の沼矛を右手一本で力強く手に取った。

 右手で槍を突き、左の黒鉄の義手で間合いの圧力を制御する。

 それは、全てを失ったことで手に入れた、新たなる人間の武の形だった。


「殿! 里の外に……奴らが、集まってきています!」


 ニニギの声に誘われ、イワレビコは長槍を手に洞窟の外へと歩み出た。

 そこには、隼人の粗野な戦士たちだけではなく、噂を聞きつけて遥か南へ逃れてきたマカツの敗残兵、神の理不尽な支配に絶望しきった他国の民たちが、数千の真っ黒な群れとなって地面に平伏していた。


「……神殺しの王よ! 俺たちに、死に場所をくれ!」

「犬として無音の白光に焼かれるのはもう飽きた! あんたの槍の、肉の楯にしてくれ!」


 それは、かつての優しい王を仰ぎ見るような敬意などでは断じてなかった。そこにあるのは、怪物に縋るしか生きる道がない者たちの、絶望が生んだ狂気的な熱狂だった。


「……いいだろう」


 イワレビコは、黒鉄の義手の左腕を、ひび割れた天に向けて真っ直ぐに突き出した。その鋭利な鋼の指先が、空に走る不吉な亀裂を傲然と指し示す。


「これよりマカツへ戻り、天を衝く。……俺についてくる者は、もはや人間ではない。神を根こそぎ屠るための、一振りの呪いだ。覚悟のある者だけ、武器を取れ!」


 ――おおおおおおっ!!


 南の果て。

 人間軍とは名ばかりの、復讐者たちの狼の軍勢が、激しい潮騒の中で産声を上げた。

 イワレビコの左腕――隼人の石とスイゼイの血、そして彼の狂気的な執念が凝縮されたその黒鉄が、燃え盛る夕陽を浴びて不吉に、しかし確かに鈍い光を放ち始めていた。

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