第33話
重力法則が狂い、数トンの瓦礫が重力を失って宙を舞う砦の広場。
イワレビコが巨神タヂカラオの無防備な巨体に肉薄するその傍らで、もう一つの凄絶な死線が引かれていた。
「……目障りな楯だ。天の光を遮る不純なノイズめ」
神軍の精鋭将ニギハヤヒが空中で白手袋の指を弾く。
背後に浮遊する十種神宝のうち、二枚の不気味な円盤――『死返玉』が、意志を持つ凶暴な捕食者のようにニニギへ向かって鋭く射出された。
「……っ、上等だ! 綺麗な顔して、吐く言葉はドブネズミ以下だなァ!!」
ニニギが、隼人の黒石で融解補強した真金の大楯を正面にがっしりと構える。
円盤が接触した瞬間、激しい火花が散るのではない。黒石の表面が、円盤の放つ天上の「絶対静止(停止の理)」によって、一瞬にして白磁へと結晶化し、サラサラと崩れ落ちてゆく。
「が、あぁッ……!?」
衝撃などではない。大楯を存在のコードごと消去されかける悍ましい感覚に、ニニギの左腕の骨格がメリメリと悲鳴を上げる。だが、地上の将は絶対に退かなかった。
ニニギは楯の裏に隠していた無骨な直刀を力任せに抜き放ち、迫る円盤の面を強引に叩き落とした。
「ほう。神具の絶対の理を、ただの泥臭い鉄で押し戻すか」
ニギハヤヒの瞳に、冷徹な計算数式が走る。
彼は残りの円盤をすべて一斉に展開し、ニニギの全身を取り囲むように冷酷に配置した。
「『道返玉』。……空間の結合を繋ぎ、逃げ場を完全に断つ」
十枚の円盤同士が不吉な光の糸で結ばれ、ニニギの周囲に、触れるもの全てを風化させる絶対切断圏が形成される。一歩でも動けば、その肉体はサイコロ状に切り刻まれて崩壊する。ニニギは、自分の鼻先数センチを無音で通過する光の糸の過酷な熱量に、冷や汗を流した。
「……ニニギと言ったか。お前は、なぜそこまでして戦う? その不完全な王を守ったところで、地上の人間に残されるのは、天の真なる怒りによる根絶やし(リセット)だけだ」
「……難しい計算なんざ、俺にはサッパリ分からねえよ」
ニニギは、崩壊しかけた大楯を構えたまま、不敵に笑ってみせた。
口の端から泥の混じった血を流しながら、その瞳には王イワレビコと全く同じ、泥臭い「生への執着」が爛々と宿っている。
「だがな、あいつは俺の隣に立ってくれたんだ。天上の神様みたいに空の上から見下ろすんじゃなく、同じ泥を啜って、同じ痛みを抱えてよ。なら……俺のこの楯は、あいつのためにある。それ以外に、戦う理由がいるかよッ!!」
ニニギが野太く咆哮した。
彼は天の死の檻を微塵も恐れず、自ら前方の一歩へと猛然と踏み出した。
――覚醒。その名は「不動の牙」。
ニニギの満身創痍の全身から、黄金色の泥臭い闘気が爆発的に噴き出す。
彼が掲げた大楯が、十種神宝の放つ空間切断のエネルギーを無理やり内側へと飲み込み、逆に天の円盤を楯の表面へと強制的に吸着させた。隼人の黒石と、マカツの折れた鉄。それに人間の執念がドロドロに混ざり合い、一時的に天上の法を凌駕する、絶対防御の異常な磁場を生み出したのだ。
「……何だと!? 神具の制御が……下界の物質に乗っ取られたというのか!?」
「……綺麗な円盤だなァ! 俺の頑強な楯の、飾りに丁度いいぜッ!!」
ニニギは円盤を吸着させた大楯を真っ直ぐに突き出し、そのまま高空のニギハヤヒへ向かって、地響きを立てて肉弾突撃を仕掛けた。
空中の絶対的な支配者であったニギハヤヒの肉体が、今、人間の執念によって、初めて泥の地上へと強引に引きずり下ろされようとしていた。




