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倭王年代記  作者: 水前寺鯉太郎
巻の一:天地開闢

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第1話

「――あの日、最初の石板に向かった時のことを、前野は今でも鮮明に覚えている」


 不揃いな傷の刻まれた石板が、デスクのライトに照らされている。


 考古学者・前野はルーペを覗き込み、息を詰めてその翻訳を開始した。


【第一石板:天地開闢】

※欠損率三七%。原文はヲシテ文字を主とし、一部に未知の文字体系(カタカムナ様)が混在。

以下、現代語訳――。


『――世界には、まだ空も海もなかった。

 神ですら、生まれていなかった。

 その混沌たる暗闇の中に、三柱の神が生まれる。

(……名が欠損、判読不能)

 ただ――アメ、ミナ、カミとだけ、かろうじて読み解くことができた』


 前野は一度背もたれに体を預け、愛用のパイプに火をつけた。

 ゆったりと立ち上る紫煙をくゆらせ、思考を巡らせる。


「アメミナカミ……天之御中主アメノミナカヌシか。だが、なぜ名そのものが削られている?」


 記紀の記述が頭をよぎるなか、彼はさらに解読を進めた。

 記述によれば、高天原という場所はタカ(……以降、判読不能)。


『――その後、地上世界はまだ未成熟であり、水面に浮いた脂のごとく、あるいはクラゲのように漂う状態であった。

 その泥濘のなかに、葦の若芽のごとく萌えあがるものによって出現した神は、(解読不能)、ついで(削り取られているため解読不能)であった。

 ここまでの五柱の神は、いわゆる――他と区別された、特別な(以降、激しい摩滅により判読不能)』


 そこまで一気に読み解いた前野は、パイプを灰皿に置き、ゾクリと背筋を震わせた。

 これは、誰もが知る『別天神ことあまつかみ』の記述だ。しかし、決定的な違和感がある。

 経年劣化による欠損ではない。

 神の名が刻まれた場所だけが、何者かの手によって「意図的に削り取られている」のだ――。

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