第0話
20XX年。奈良県の某古墳から、既存の歴史認識を根底から覆す銘文が刻まれた石板が出土した。
発見者である考古学者・前野は、自分がとんでもないものを掘り当ててしまったことを、その瞬間、本能的に悟っていた。
石板に刻まれていたのは、見慣れた漢字でも万葉仮名でもなかった。
当初、前野はそれを神代文字の一種、ヲシテ文字の類いだと考えた。しかし研究室に持ち込み、解析を進めるうちに、一部の文字列だけが全く異なる体系で記されていることに気づく。
それは、渦を描くような奇妙な文字だった。
既存のいかなる古代文字とも一致しないその記号群を凝視しながら、前野は思わず呟いた。
「……ヲシテ文字、そして、カタカムナか」
その瞬間、彼は理解した。自分が掘り当てたのは、単なる一つの遺物ではない。この国の歴史そのものなのだと。
――それから、幾年もの歳月が流れた。
大学の薄暗い研究室。ソファでわずかな仮眠を取りながら、前野は失われた古代文字の解読に人生を捧げ続けていた。
出土した石板は、過酷な風化と欠損によって文字の半分近くが失われており、わずかな一節を読み進めるたびに、既存の史書との致命的な矛盾が浮き彫りになる。
それでも、前野は手を止めなかった。
学界からオカルトと白眼視され、孤立無援のなか、執念だけで紡ぎ出した現代語訳が、ついに完成を迎える。
そこに記されていたのは、我々が知る『古事記』や『日本書紀』とは似て非なる、血と戦乱に塗られた「もう一つの正史」だった。
前野は震える手で、その翻訳本の表紙にこう書き付けた。
――『倭王年代記』と。




