まさかの人物と勉強会です!
「ただいまー!」
「おかえり、日和!」
その日、家に帰ると何故だかお母さんが嬉々とした様子で私を出迎えた。
ん?何か機嫌が良さそうだな。
そんな母の様子を不審に思いながらも、私は靴を脱いで家へ上がった。
「ふふふ」
「何笑ってんのよ、お母さん」
「まあまあ、それはすぐに分かるわよ」
終始ニコニコしている母の後に続いてリビングへと入った。
「お腹空いたなー……って、流星?」
何と、私の家のリビングにある椅子に座っていたのは流星だった。
な、何でここに流星がいるの!?
驚く私に、お母さんが言った。
「私が呼んだのよ、日和!」
「お、お母さん……?」
何て余計なことをしてくれたんだ。
流星には出来るだけ関わらないつもりでいたというのに。
「ほら、流星君は頭が良いでしょう?だから日和にお勉強を教えてもらえないかなって!」
「な……!」
それで流星をわざわざ家に呼び寄せたというのか。
これは何としてでも回避しなければ。
そう思った私は流星に話しかけた。
「で、でも流星だって自分の勉強があるわけだし……迷惑だよね?ね?」
「……別にかまわないけど」
「うんうん、そうだよね。やっぱり迷惑――って、ええ!?」
流星の返事を聞いてさらに嬉しそうな様子の母と、呆然とする私。
「ありがとう、流星君!じゃあ、早速日和の部屋で勉強会を始めましょうか!」
「お、お母さん……ちょっと待ってよ……」
***
そして今。
私の部屋に流星がいる。
女の子の部屋に男を入れるだなんて、お母さんは流星を完全に信用してるようだ。
幼い頃からの付き合いだし、流星はそんなことをするような人ではないから私も別に平気だけど。
私の部屋にある丸いテーブルの上には私と流星の勉強用具が広げられている。
流星はあぐらをかいて床に座り、私もその近くに腰を下ろした。
彼は今、学校で配布されているテキストを解いていた。
とんでもないスピードで解いてるなぁ……。
私には絶対真似できない。
私はしばらく、そんな流星の様子をじっと見つめていた。
「……」
しかし、せっかく学年でもトップクラスの秀才である彼と勉強会をさせてもらっているのだから、何も聞かないというのは勿体ないのではないだろうか。
ふとそんなことを思った私は、遠慮がちに口を開いた。
「ねぇ流星。ここは、どうすれば……」
「……ん?」
私の声に反応した流星は、私の手元にあるテキストを覗き込んだ。
「………これは――」
「――こうすれば解ける」
「へ、へぇ……!」
流星は私が苦戦していた問題を、いとも簡単に解いてみせた。
しかも超分かりやすい説明付きで。
す、すっごい分かりやすい……!
何?コイツは塾の先生か何かなわけ?
それだけではなく、流星はその隣の解答欄が空白になっている問題を指差した。
「これは分かるのか?」
「あ、それもちょっとよく……」
「これはここをこうして……」
驚くことに、流星は私が分からなくて後回しにしていた問題を全て丁寧に教えてくれた。
な、何?すっごい優しい……!
記憶を取り戻してからというもの、彼が時々見せる優しさに戸惑うばかりだ。
「これは?」
「あ、それは分かるよ!」
「……誰かに教えてもらったのか?」
「うん、実は今日桐生君に勇気を出して聞いてみたんだ。そしたら分かりやすく解説してくれてね」
「……!」
桐生君の名前を出した瞬間、何故だか部屋の空気が一変した。
え、な、何か空気変わったような……?
「りゅ、流星……?」
「……」
気のせいか、流星がさっきよりピリピリしているような気がする。
桐生君と聞いた途端、彼はグッと俯いて黙り込んだ。
私何か変なこと言ったかな?
「――日和」
「うん……?」
そこで流星は顔を上げて私の顔を凝視した。
「ずっと思ってたけど、何でお前そんなに力人と仲良いんだ」
「え……仲良いように、見えるかな……?」
時々お昼を共にしたり、世間話をしたりしているだけだけど。
少なくとも、流星と桐生君の固い絆には及ばないだろう。
しかし、その反応が気に食わなかったのか流星が眉をひそめた。
私に桐生君を取られるのがそんなに嫌だったとは、驚きだ。
「いやいや!別に流星が思ってるような仲じゃないから!ただちょっとたまに世間話したり、授業で分からなかったところを聞いたりしてるってだけで……」
「――そういうのは俺に聞けよ」
「え?」
流星は不機嫌そうに私の言葉を遮った。
驚いて聞き返すと、今度は私と目を合わせてハッキリ告げた。
「そういうのはこれから俺に聞け」
「……」
「何だ?俺じゃ不満なのか?」
「え!いや、そういうわけじゃないけど……」
私は彼の発言にただただ困惑した。
流星はこのようなこと言う人だっただろうか。
乙女ゲームの中では独占欲の強い俺様キャラって感じだったけど、それはヒロインの前だけなはず。
少なくとも私に対してこんなこと言うような人では……。
「おい、何を考えてるんだ?」
「えっ」
「まさか、力人のことを考えてたのか?」
「き、桐生君……?」
何故そこで桐生君が出てくるのか。
不思議に思ったが、流星はムスッとした顔で私の返事を待っているようだった。
その顔は一体どういう意味なのだろうか。
彼は私にどのような答えを望んでいるのか。
私がなかなか答えられないでいると、突然流星が私が座っている床のすぐ横にそっと手を置いた。
「りゅ、流星……?」
そして、流星が何と顔を近付けて来た。
整った彼の顔が目前に迫る。
こ、これは一体……!?
「流星……」
「……」
お互いの鼻先が触れそうなほど顔が近付いたそのとき、穏やかな声が割って入った。
「――あら、邪魔しちゃったかしら?」
「あ……」
私の部屋のドアを開けて笑みを浮かべていたのは、お母さんだった。
その手には二つのコップに注がれたジュースとお皿に盛られたクッキーの乗ったお盆。
どうやらおやつを持って来てくれたようだ。
お母さん、ナイス!
「ううん!そんなことないよ、お母さん」
私はすぐに流星から距離を取り、お母さんの元へと駆け寄った。
お母さんの手からお盆を奪い去り、テーブルの空いたところに置いた。
「うふふ」
お母さんは私たちを見てニコニコと笑っている。
何を勘違いしているのか知らないが、お父さんにだけは言わないことを願うばかりだ。
「流星、ちょっと休憩にしようか!お母さんがせっかくおやつ持ってきてくれたみたいだし!」
「……」
流星はしばらく固まっていたが、お母さんに見られたのが気まずかったのか無言で元の位置に戻った。
「どうやら上手く行っているみたいね」
「ち、違うから!お母さん、早く出てってよ!」
「はいはい、邪魔者はここで退出するからね」
「もう、本当にそんなんじゃないから!」
開いていたテキストを一旦閉じた私は、すぐにお母さんを部屋から追い出した。
私はお盆に乗っていたコップを流星の前に置いた。
「流星、このクッキー本当に美味しいんだよ。流星も食べてみなよ」
「……」
流星は普段お菓子なんてものは食べない。
しかし今の私には何としてでも彼の意識を別のところに向ける必要があった。
「食べないんだったら私が全部食べちゃうよ?」
私はそう言いながらクッキーを一つ口に運んだ。
あ、本当に美味しい。
どうやら私が好きなケーキ屋さんのものを用意してくれたようだ。
「んー、美味しい!」
また太っちゃう。
クッキーを頬張る私をよそに、流星は何かをじっと考え込んでいた。
***
あの後、流星はお母さんに軽く挨拶をして家へ帰って行った。
そしてその日の夕食。
帰ってきたお父さんと三人でテーブルを囲んでの夕食となった。
「アナタ、今日は流星君がウチに来たのよ」
「へぇ、流星君が?」
「ええ、それでね日和の部屋で勉強会をして……」
「何だって!?」
それを聞いたお父さんはガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
……お母さん、それはお父さんにとって禁句なのでは?
「日和、男を部屋に入れたのか!?」
「う、うん……」
お父さんはひどくショックを受けたような顔をした。
「まあまあ、アナタ。流星君なら大丈夫よ。彼が変なことをするような人間じゃないってことはアナタもよく知っているでしょう?」
「それはそうだが……」
それでもお父さんは納得いかないようである。
「もうすぐ学校で期末考査があるのよ。前の中間考査では成績が良くなかったんだから、今回こそは頑張らないとね。大学受験も控えてるんだし」
「だ、大学受験!?」
私はまだ二年生である。
大学受験のことを視野に入れるのはまだ早いのではないか。
そんな私の考えを読んだのか、お母さんが鋭い目で私を見た。
「まだ二年生ではなくて、もう二年生なのよ、日和」
「う、うん……そうだけど……」
大学受験かぁ……。
そのことを考えると途端に憂鬱になってくる。
私の通う城鈴高校は有名な進学校である。
この高校に入学して進学しないという人はほぼいないだろう。
中学の頃、どうしても流星と同じ高校に行きたくて必死で頑張ったんだよね……。
それでも余裕で受かった流星とは違って、かなりギリギリラインでの合格だったが。
「来年受験生かぁ……」
「日和、そんなに思い詰めなくてもいいんじゃないか?まだまだ時間はあるわけだし」
「アナタは日和を甘やかしすぎなのよ!」
目の前にあることで手一杯で、大学受験のことなんて少しも考えていなかった。
でもたしかにこのままじゃダメだよね……。
そう思った私は、始めの一歩としてもうすぐ行われる期末考査を全力で頑張ることを心に決めた。




