ドキドキ体育祭②
百メートル走、二百メートル走が終わり、次は選抜リレーの時間となった。
選抜リレーとは、各クラス男女四人でバトンを繋ぐリレーのことである。
ちなみにこれはクラスで最も足の速い四人が出場するのが暗黙のルールだ。
つまり、選ばれてしまったら拒否権は無いに等しいと言える。
「――五条さん、ちょっといいかな?」
「……阿久津さん?」
席に座っていた私に話しかけてきたのは何故だか顔色の悪い阿久津さんだった。
「どうかしたんですか?随分顔色が悪いですけど……」
「いや……実はね、急遽選抜リレーに出なきゃいけないことになっちゃってさ」
「……ええ!?」
阿久津さんの話によると、選抜リレーに出場するはずだった子が怪我をしてしまったらしく、リレーに出られなくなってしまったのだという。
「そんで、グラウンドの隅で寝てた俺に突然出てくれないかってね……」
「そ、それはなかなか……」
災難である。
「他の方に託すことは出来ないのですか?」
「係の関係で他に六秒台で手空いてるのが俺しかいないんだよね……」
「そ、そうですか……」
こればっかりは仕方が無いのかもしれない。
「ってわけで、応援してよ」
「……え?」
そこで阿久津さんが私に一歩近付いた。
彼は椅子に座る私をじっと見下ろした。
「さっき桐生君にしてたみたいにさ、頑張って!って言ってくれるだけでいいからさ」
「え、ええ……」
何故彼がそんなことを言うのかは分からないがまぁそれくらいならと思い口を開こうとしたそのとき、私たちの間に割って入った人物がいた。
「――阿久津」
阿久津さんの背後から現れたのは流星だった。
「流星……?」
「え、皇君……?」
驚く私たちに、流星はゆっくりと近付いた。
その顔は不愉快そうに歪められている。
「こんなとこで何してるんだ、早く行くぞ」
「え、ちょっ……」
それだけ言うと、流星は阿久津さんの首根っこを掴んで無理矢理連れて行った。
「暴力反対!」
「うるさい」
喚く阿久津さんを、流星が引きずった。
そしてその後ろには呆れたような顔の桐生君と一ノ瀬君の姿もあった。
あの二人、あんなに仲良かったんだ……。
「――選手、入場!」
しばらくして、選抜リレーが始まった。
阿久津さん大丈夫かな……。
まぁでも彼も足速いし!
とりあえず今は阿久津さんを信じよう。
先に行われた女子の選抜リレーが終わり、次はいよいよ男子たちだ。
女子選手たちが退場した後、すぐに選抜リレーに出場する男子たちが入場してきた。
C組は流星、桐生君、一ノ瀬君、阿久津さんの四人である。
「わぁ……」
攻略対象が四人揃って並んでいる。
あまりの美しさに頭がクラクラしそうになる。
眩しすぎて目も開けられない。
その姿を見た私はあることに気が付いた。
あれ、これってもしかして乙女ゲーム内で出てきた体育祭の集合スチルじゃない!?
このワンシーンだったのか。
ということは阿久津さんが選抜リレーに出場することになるのは最初から決まってたのかもしれない。
それからすぐに、リレーが始まる時間となった。
トップバッターは陸上部の一ノ瀬君だ。
他レーンの選手たちを見てみると、やはりと言うべきか強者揃いだ。
あの子ってたしか陸上部の短距離の子だよね。
あっちは野球部のエースって言われてる人じゃない……!?
これは一ノ瀬君でもどうなるか分からない。
まぁ、そうなるからこそ面白いのだが。
「位置について、よーい」
パンッというピストルの音で、全員が一斉にスタートした。
「う、うわぁ……!」
リレーが始まり、私はあまりの迫力に度肝を抜かれた。
本当に本当に速い人たちが集まるとこうなるのか。
スタートしてすぐ、一ノ瀬君は三番目の順位に着いた。
二番手は阿久津さんである。
阿久津さんはスタート位置で既にバトンを貰う準備をしていた。
そして今、一ノ瀬君から阿久津さんにバトンが渡された。
バトンを受け取った阿久津さんがすぐに走り出す。
しかし、四位と五位だった選手たちに追い抜かれて行く。
「阿久津さん、頑張ってください!」
三番手は桐生君だ。
桐生君はバトンを受け取った途端、猛スピードで走り始める。
「キャー!!!桐生くーん!!!」
何と桐生君は前にいた二人を追い抜いてみせた。
「さすが桐生君!」
「わぁ……速いねぇ……」
そしてアンカーは流星である。
現在の順位は三位。
「力人!」
「流星!」
お互いの名前を呼び合い、たった今桐生君が流星にバトンをパスした。
桐生君が二人抜かしたので、三位からのスタートである。
しかし、一位二位との差はそれほど無い。
つまりは一位になれる可能性も十分にあるということだ。
イケる!流星なら!
誰よりも彼のことを知っている私は、そう信じていた。
私の思い通り、加速した流星が前の一人を抜かした。
しかしそこからなかなか追い抜くことが出来ない。
このままだと一位がゴールしてしまう。
あぁ、もうどうしちゃったのよ!
アンタの力はこんなもんじゃないでしょ!?
そう思った私は、声を思いきり張り上げた。
「流星!!!頑張って!!!」
数多くの声援の中でも聞き取れるように。
彼に、しっかりと届くように。
その瞬間、流星は最後の最後で一位を追い抜いた。
「キャー!!!」
そして女子たちの歓声と共に、流星がゴールテープを切った。
僅差で彼が勝ったのだ。
まさかのC組一位である。
「やった!C組が勝った!」
「やったね、日和ちゃん!」
隣にいた朱里ちゃんと手を取って喜び合った。
グラウンドの方に再び目を向けると、走り終わった流星を他の三人が笑顔で迎えた。
桐生君は茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべながら流星と肩を組み、一ノ瀬君はハイタッチしようと手を上げている。
あぁ、素敵……!
眼福とはきっとこのことを言うのだろう。
選抜リレーが終わり、三年生全員で行われるダンスの時間となった。
この種目では一、二年はただ見るだけだ。
「何が始まるのか楽しみだね」
「うんうん」
まずは赤団の三年生が入場した。
一つ変わっていたのは、赤団の女子たちが赤色のミニドレスを着ていたこと。
「日和ちゃん、あれ何だろう!可愛いね!」
「あれはねー、来年朱里ちゃんもやることになるダンスだよ」
「ダンスか!何だか楽しそう!」
赤団の生徒たちがそれぞれの位置につき、音楽が流れ始めた。
うおっ……まさかのペアダンスか!
さすが乙女ゲームの中の世界!
こうして始まったのは男女ペアで踊るダンスだった。
まずは男子と女子が手を繋いで横並びになった。
手繋ぎかぁ……。
前世含めてしたことないなぁ……。
そして曲に合わせたダンスが始まった。
最初に、男子が女子を引き寄せてギュッと腰を抱いた。
……ちょっと待って。
次に、男子が後ろから女子を抱き締めた。
これはたしか、バックハグってやつだ。
少女漫画で見たことがある。
……冗談でしょう?
そして最後に女子が男子に向かって駆け出したと思ったら、男子が女子を軽々と抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこというやつである。
そして男子は女子をお姫様抱っこしたままクルクルと回り始めた。
……待って、頭が追い付かない。
「……日和ちゃん、何かすごいダンスだね」
「……そ、そうだね」
来年私はあれをすることになるのだ。
これは本当の本当に卒業までもたないかもしれない。
というか誰か一人くらい嫌って言えよ。
それから黄団、青団とダンスの披露は続いていった。
乙女ゲームの世界だからか知らないが、全ての団が男女で行うペアダンスだった。
どうやら私に逃げ道は無いらしい。
「日和ちゃん、次私の出番だよ!」
「あ、そっか……次借り人競争だもんね!」
そう、借り人競争は朱里ちゃんが出場する種目で攻略対象たちとのラブイベントが起こるシーンでもある。
「朱里ちゃん、頑張ってね!」
「うん!」
選手の待機場所へと向かった朱里ちゃんを見送った後、私は一人じっと考え込んだ。
朱里ちゃんは何を引くんだろうなぁ……。
誰のルートに入っているかによって、借り人競争で引くお題は違う。
桐生君ルートは「サッカー部の人」、一ノ瀬君ルートなら「可愛い人」、阿久津さんルートなら「異性からモテそうな人」などお題はそれぞれで違う。
そして流星ルートは「黒い髪の人」だった。
全員借り人を受け入れてくれるような人間ではない。
攻略対象との仲を深めていたヒロインだからこそ出来たことだった。
「す、皇君に桐生君!」
「え、流星と桐生君……?」
その声で振り返ると、私の少し後ろに流星と桐生君がいた。
二人とも借り人競争の様子を近くで見に来たようだ。
これはあれですか!?
気になる人が出る種目はちゃんと見たいっていう意思表示!?
それからすぐに借り人競争が始まった。
お題の書かれた大きなボードは裏面を向けて地面に置かれている。
スタートの笛が鳴り、全員がボードに向かって走り出した。
朱里ちゃんが選んだのはちょうど真ん中のボードだ。
「えーと、お題は…………黒い髪の人!」
「……!」
何と、朱里ちゃんが引いたのは「黒い髪の人」だった。
てことは、まさかの流星ルート!?
二人とも、いつからそんなに仲良くなってたんだ。
その瞬間、朱里ちゃんがパァッと顔を輝かせてこちらへと走って来た。
ああ……ついにメインヒーローとヒロインが結ばれるんだな……。
自分が悪役令嬢だと思うとちょっと複雑だけど、それをこんな近くで見れるだなんて幸せかもしれない……。
と、思っていたそのとき――
「日和ちゃん!」
「…………へ?」
朱里ちゃんは満面の笑みで私の手をギュッと握った。
「一緒に来て!」
「えっ、ちょっ、待っ……」
朱里ちゃんは私の手を掴んだままゴールへと引っ張っていく。
ま、まさか黒い髪の人って私のこと!?
いや、たしかに私も髪黒いけどさ!
そしてそのまま私と朱里ちゃんは二人揃ってゴールした。
一位は逃したが、三位以内には入ることが出来た。
「日和ちゃん、ありがとう!」
「う、うん……これくらい全然!」
「でも良かった、お題が簡単なもので」
ちなみに他の団では「好きな人」なんていう悪意しかないお題を引いて顔が真っ青になっていた子もいた。
たしかにそのことを考えればこのお題を引いた朱里ちゃんは運が良かったのかも?
「日和ちゃんがいてくれて本当に良かった!」
「……」
隣でこんな風に笑っているのを見ると、一段とそう思える。
「……みんなのところに戻ろうか、朱里ちゃん」
「うん、そうだね!」
競技を終えた私と朱里ちゃんはクラスの元へと戻った。




