体育祭の準備期間です!
五月の下旬になった。
その日のホームルームで、担任の谷先生が放った言葉に私は一瞬思考が停止した。
「皆知っているとは思うが、この城鈴高校では六月に体育祭が行われる」
た、体育祭……!
すっかり忘れていた。
体育祭は文化祭の次にラブイベントが起こる行事といっても過言ではない。
そんな一大イベントを忘れていただなんて、なんてことだ!
そう、この城鈴高校では六月に体育祭が行われる。
体育祭ではリレー、玉入れ、借り人競争など様々な種目があり、一人一種目は必ず出場しなければならない。
「では今から各自の出場する種目を決める。体育委員、前へ」
わぁ……ついに始まるんだなぁ……。
何だか急に実感が湧いてきた。
ここからはクラスの体育委員が進行を務める。
「えーそれでは種目を決めていきたいと思います。まずは百メートル走から――」
各種目にそれぞれ希望者がいて、種目決めはスムーズに進んでいった。
ふぅ、良かったぁ……。
実は少しだけ不安だったのだ。
希望者がいない種目は残った人たちによるジャンケンで決めることになってしまうから。
去年、見事にそうなって私は運動神経が悪いにもかかわらず二百メートル走に出場させられそうになったことがあった。
あれは今でもトラウマである。
種目決めが無事に終わってひとまず安心だ。
「次はクラス対抗リレーの走順を決めようと思います。誰か意見はありますか」
ク、クラス対抗リレーだと!?
クラス対抗リレーとは、クラス全員が走らなければならないリレーのことである。
他の競技と違って強制なので、参加しないなどという選択肢は無い。
足が速い人は良いかもしれないが、私のような運動音痴にとってはハッキリ言って地獄のような種目である。
それから、クラス全員での相談会のようなものが始まった。
誰をどこに配置するか。
みんな慎重である。
「トップバッターは一ノ瀬君で、アンカーは皇君が良いと思います!」
一人の女子が、キラキラした目でそう言った。
まぁ、そりゃあそうなるよね。
流星と一ノ瀬君はこのクラスで最も足が速い二人だった。
そんな二人を最初と最後に置くという考えが出るのは当然のことだろう。
もちろん、クラス全員がその意見に賛成した。
「一ノ瀬君と皇君はこの順番でもいいですか?」
女子の体育委員が軽く頬を染めながら、遠慮がちに二人に尋ねた。
「ああ、別にかまわないよ」
「……俺は何番でもいい」
愛想良く笑顔で応える一ノ瀬君と、興味の無さそうな流星。
もう、相変わらずやる気無いんだから!
流星はいつもこんな様子だ。
「では、それ以外の人たちの順番は私たちが相談して決めていきたいと思います」
そこからは体育委員が体力測定で行った五十メートル走の結果を見ながらの相談となった。
その結果――
ホームルームの最後に、リレーの走順の書かれた紙が背面黒板に貼り出された。
クラス全員が自分の走順を確認するため、教室の後ろに集まっていた。
もちろん私も朱里ちゃんと共に確認に行った。
えっと、私の順番は…………五番目!?
ちょっと早くない!?
いや、もしかしてそういう作戦なのか?
「私ちょうど真ん中だったよ!日和ちゃん何番だった?」
「五番目……」
「結構前の方なんだね」
「う、うん……大丈夫かな……」
「まぁ、早く終わらせた方が後々楽だし!」
「そ、それはそうだけど……」
朱里ちゃんはそう言ったが、私はこのとき襲い掛かる不安感を拭いきれなかった。
***
それから数日後。
本格的に体育祭の準備期間となった。
バックボードや応援物の制作、応援の練習などなど。
やることは人それぞれではあるが、一人一人が確実に体育祭に向けて動いていた。
私はというと、応援物の制作を任されることとなった。
応援のときに使うメガホンやうちわが主な制作物である。
「ねぇ見て!これ可愛くない!?」
「可愛い!それどうやって作ったの!?私もやりたい!」
目の前でキャーキャー騒いでる女子たち。
その場で私だけが完全に置き去りになっていた。
どんな風に作ればいいんだろう……。
ちなみに同じ係の女子たちは、メガホンをこれでもかというほどデコっている。
わぁ……女子力高い!
前世アラサー喪女だった私には無論女子力などあるはずがない。
化粧すら面倒ですっぴんのまま出掛けていたくらいなのだから。
まさにキラキラ学園生活……!
私には似合わなさすぎるでしょ……!
教室の隅でボーッとしていた私に、ある人物が話しかけてきた。
「あら、五条さん」
「あ、あなたは……」
最悪だ。
最も関わりたくない人物が私に話しかけてきた。
「川崎さん……」
流星の熱烈なファン・川崎美緒だった。
彼女は私を見るなり、馬鹿にしたかのような笑みを浮かべた。
「輪に入れなくて困っているみたいね」
「そ、そんなことは……」
一年のときに何かと争っていた彼女は私のことを誰よりも知っていた。
……私に友達がほとんどいないということも。
それに比べて川崎さんは人脈が広く、男女問わず友達が多いことで有名だった。
顔もそれなりに可愛く家もお金持ちである彼女は、まさにスクールカースト上位の女子といえるだろう。
「私があなたを仲間にしてもらえるように、頼み込んであげましょうか?」
「……」
まるでクラスの女子たちが、私のことを仲間だと認めていないかのような言い方だ。
まぁ、あながち間違ってもいないのだろうが。
しかし、私はそんな人たちと関わりたいとは思わない。
「いえ、大丈夫です」
「……強がっているの?」
「別にあなたたちと仲良くなりたいとは思わないので」
「なッ……」
川崎さんはその言葉に顔を真っ赤にした。
「あなた最近評判悪いわよ。皇君だけでは飽き足らず、桐生君にまで媚びを売っているそうじゃない」
「……桐生君とは時々お昼を共にしているだけです。ただの友達ですから、心配しないでください」
「……」
信じられないのか、川崎さんが疑うような目を向けた。
これ以上彼女と話したくないと思った私は、話を逸らした。
「それより、流星のところに行かなくていいのですか?」
「……!」
流星の名前を出した途端、彼女の目の色が変わった。
胸は痛むが、私は自分のために彼を利用させてもらうことにした。
「係の関係で今グラウンドにいると思います」
「ふんっ、もちろん最初からそのつもりだったわ」
川崎さんは制服のポケットから鏡とクシを取り出して髪の毛を整えながら、教室を出て行った。
「…………ふぅ」
つ、疲れたーーーー!
川崎さんって日和よりずっと悪役令嬢っぽいじゃん!
流星ガチ勢の彼女は、入学した頃から何かと私を敵対視していた。
当時はムカついたけど、今思えば無理ないかも……。
幼馴染ってだけで何の取り柄も無い私が、学校のアイドルである流星の傍にいたんだから。
流星にまとわりついていた自分を思い出すと、何だか恥ずかしくなってくる。
まぁ、今はそんなこと考えても仕方ないよね……。
仕事をしないと……。
やっとのことで応援物の制作に取り掛かろうとしたそのとき、チャイムが鳴り準備時間が終了した。
あ……私何もしてないや……。




