梅雨イベント
あっという間に時間は過ぎ、五月になった。
こ、これはすごい……!
こんなにドキドキするのは初めてだわ……!
私はこのとき、今までで一番興奮していた。
何故なら目の前でメインヒーローとヒロインによるラブイベントが発生しかけているから!
「皇君……」
「白石……」
お互いをじっと見つめ合う二人。
ああ、もう何て素敵なの!
始まりは、ある雨の日の帰りのことだった。
この日、私は朱里ちゃんと共に靴箱まで向かっていた。
今日は全ての部活が無い日で、全校生徒が同じ時間に下校する日でもあった。
「雨すごい降ってるねぇ……」
「そうだねえ、土砂降りだ」
その日は豪雨だった。
傘を差していても濡れてしまうほどに。
正午を過ぎたあたりからずっと降っている雨を見て、朱里ちゃんがポツリと呟いた。
「どうしよう、私傘持って来てないや……」
「……!」
そこで私は気付いた。
もしかしてこれは乙女ゲームの流星ルートにおいて起こる梅雨イベントなのではないかと。
入学式から一ヶ月。
流星ルートに入ったヒロインは彼と着々と仲を深めていくことになる。
その最初のイベントがまさに五月に発生する梅雨イベントなのである。
その内容はこうだ。
梅雨のある日、ヒロインは傘を持って来ていないことに気付く。
外は土砂降り。
とてもじゃないが、傘を差さずに帰れる強さの雨ではなかった。
まだ友達も出来ていなかったヒロインは困り果ててしまう。
そこで颯爽と現れるのがヒーローの流星である。
『おい、どうかしたのか?』
流星は靴箱のところで立ちすくんでいるヒロインに声をかけるのだ。
『皇君……実は傘忘れちゃって……』
『……なら、俺のに入ればいい』
そうしてヒロインと流星は同じ傘に入って二人で下校するのだ。
しかも大して家も近くないヒロインを流星が自宅まで送るのである。
何それ、最高すぎ!
私もされたい!
「どうしよう……」
「朱里ちゃん……」
本当なら私が朱里ちゃんと同じ傘で下校しても良かったが、せっかくのラブイベントを潰すわけにはいかない。
あ、でももう一個既に潰しちゃってるか。
ヒロインとメインヒーロー・流星の出会いイベントを潰したのがまさに私だった。
今度こそはそうならないよう、私は流星が靴箱に現れるまで待った。
次は絶対間違えたりしないからね!
それからしばらくして、ついに――
「あ、流星!」
メインヒーロー・皇流星が現れた。
流星は私たちの姿を見るなり、こちらへとやって来た。
ああ、嬉しい……!
こんな近くでヒロインとヒーローのラブイベントが見れるなんて!
流星とヒロインが仲良くする姿も、今ではすっかり平気になっている。
「皇君……」
「どうかしたのか?」
不安げな表情の朱里ちゃんに気付いた流星が、声を掛けた。
「実は……傘を忘れちゃって……」
「……」
それを聞いた流星は何かをじっと考え込むような素振りをした。
そして――
「……俺のを貸してやる」
「え、いいんですか!?」
「ああ、これを使え」
流星が自分の持っていた黒い傘をヒロインに手渡した。
キターーーーー!!!
嬉しすぎて、二人の前だというのに飛び跳ねそうになってしまった。
いけないいけない。
イベントが起こる瞬間も見れたことだし、邪魔者はここらへんで退散しないとね……。
目的を達成した私が帰ろうとしたそのとき、流星が私の肩をグッと掴んだ。
「――おい」
「え?」
「お前の傘に入れろ」
「……………はい!?」
な、何故そうなる!?
ヒロインと相合傘しろよ!
「ありがとうございます、皇君!」
朱里ちゃんは流星に貸してもらった黒い傘を差しながら満面の笑顔で下校していった。
そして、私はというと――
何?何が起こってるの?
何故か流星と相合傘をしていた。
本来ならば、これをするのは私ではない。
ヒロインである朱里だ。
ま、まさか私またヒロインのイベント潰しちゃったんじゃ……。
今度は邪魔しないって心に決めてたのに!
私は隣を歩く流星の顔を見上げて声を掛けた。
「ね、ねぇ流星」
「何だ?」
「どうして、こんな……」
「家近いんだから、しょうがないだろ」
流星は私からぷいっと顔を背けながら言った。
ああ、そういうことか。
それなら納得がいく。
「朱里ちゃんと相合傘して家まで送っていってあげればよかったのに」
「んな面倒臭いこと誰がするか」
不機嫌な顔してますけどあなたです。
乙女ゲームの中でのあなたです、それ。
そのとき、私の傘を持っていた流星がふと何かを思い付いたかのように話しかけた。
「お前、白石と仲良いんだな」
「朱里ちゃん?まぁ、そうだね!今じゃもう親友だよ!私の一番の友達なんだから!」
「……そうか」
その言葉に、流星は何故だか複雑そうな顔をした。
あれ、何でそんな顔に……。
「一番の友達か……」
「う、うん……」
乙女ゲームの中での流星はいわゆる俺様キャラである。
最初こそ無愛想だったが、徐々にヒロインに対して独占欲を発揮していくのだ。
画面越しでもキュンキュンするような俺様なセリフを次々と言っちゃうのよね。
たとえ女の子だったとしてもヒロインと仲の良い子に対して嫉妬心を露わにしたりね。
「――お前、そんなに白石のことが好きなのか?」
そうそう、ちょうどこんな風に……
「って、ええっ!?」
「何だよ、うるさいな」
「え、ええ……?」
「何だその顔は」
驚いて流星を見上げると、しかめっ面で私を見下ろしていた彼と目が合った。
そ、それはヒロインに対して言うべきことなのでは……?
「バ、バグ……?」
「バグ?」
「それともただの気まぐれ……?」
「さっきから何言ってるんだ?」
ボソボソ何かを呟く私を、流星は不思議そうな目で見つめていた。
そこで私はハッとなった。
いやいや、そんなことあるわけがない!
流星はヒロインを好きになるんだから!
私は悪役令嬢で、高校を退学にならないためにも彼らの恋を応援してればいいだけなのよ!
私はそんなことを考えながらも、彼の隣を歩き続けた。




