春の体力測定②
それからも体力測定は続いた。
「日和ちゃん、あとちょっとだよ!」
「ぐぬぬ……」
本気で死ぬかと思った上体起こし。
「日和ちゃん!頑張って!」
「ハァ……ハァ……」
後半死んでいた反復横跳び。
「ああ、これ以上はダメ!」
体が悲鳴を上げた長座体前屈。
「つ、疲れた……」
「日和ちゃん、お疲れ様!あと一種目だよ!」
「本当?やった…!」
長かった体力測定ももうすぐ終わる。
そう思うと自然と心が軽くなった。
「最後の種目は何だっけ?」
「最後はシャトルランだね」
「ウ、ウソでしょう……?」
しかし再び絶望した。
ただでさえ疲れているというのに、これからシャトルランなのか。
私、どうなっちゃうんだろう。
もしかすると明日には消えてるかもしれない。
「シャトルランはアリーナでやるみたい!急ごう!」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ……」
この状況でまだ走れるとは、朱里ちゃんもなかなかの体力お化けである。
アリーナに行くと、既にC組の生徒たちが揃っていた。
「女子の皆さんは準備をしてください」
来て早々、そんな声が掛かった。
どうやらすぐに始まるようだ。
五十メートル走とは違ってシャトルランは女子からのスタートである。
よし、頑張るぞ!
ピピーッという笛の音で女子たちが一斉に走り出した。
ここからは音楽に合わせて走っていくこととなる。
しかし、一つだけ心配なことがある。
私・五条日和は何を隠そう体力がない。
……大丈夫かな。
結果として、私は三十回にも届かずに体力の限界を迎えた。
「ハァ……ハァ……疲れた……」
地面に座り込んでシャトルランの様子を見てみると、朱里ちゃんはハァハァと息を切らしながらもまだ走り続けていた。
す、すごいなぁ……!
ヒロインはかなり運動が出来るみたいだ。
しばらくして朱里ちゃんは六十を前にして脱落し、トップ層はまさかの百近くまで走り続けた。
すごい!
頑張った全員に拍手を送りたい!
女子が終わり、次は男子である。
「皇くーん!頑張ってー!」
「キャー!皇子ー!」
「桐生君!」
「一ノ瀬君!」
「阿久津さーん!」
スタートの位置についた男子たちを見て、女子たちが声援を送った。
無論、特定の人物だけだが。
……他の男子があからさまに不満そうな顔しているのに気付いてないのね。
ていうかさっきまでシャトルランやってたのに何でそんな体力あるの。
それから少しして、男子のシャトルランがスタートした。
や、やっぱりみんな速い……!
いいなぁ、体力あって。
しばらくの間、男子たちの戦いが続いていく。
しかし五十回を超えた辺りから、次第に走るスピードが低下していく者がチラホラと現れた。
一人、また一人と脱落していく中で最後に残ったのは三人だった。
こ、これはすごい……!
残っているのは流星、桐生君、一ノ瀬君だった。
やはりこの三人が残ったか……!
阿久津さんも結構粘ってはいたが、フィジカルモンスターの三人には敵わなかったようだ。
ここからは完全にトップクラスの戦いである。
見ててドキドキする……!
もう既に百二十回を超えていた。
三人ともかなり疲れているように見えるが、誰一人としてリタイアはしなかった。
そうして三つ巴の攻防は続いていく。
最初に異変が訪れたのは、まさかの流星だった。
りゅ、流星……!?
彼は突如減速したかと思うと、壁に手を付いて止まってしまった。
三人の中で最初の脱落者だった。
そんな流星を見た女子たちがザワザワし始めた。
「皇君、最近何だか調子悪くない?」
「うん、私もそう思ってた。バスケ部でもよくシュート外してるし」
え、流星がシュートを外してる……?
流星はバスケ部のエースだ。
私も以前までは毎日のように彼の練習を見に行っていたが、そんな彼は一度も見たことが無い。
一体どうして?
流星に何があったというの?
まさか…………恋煩い?
朱里ちゃんに恋しちゃって部活に集中出来なくなったとか?
馬鹿げていると思うかもしれないが、考えられる原因と言えばそれぐらいだ。
私がそんなことを考えている間にも残る二名の勝負は続き、結局最後まで残ったのは一ノ瀬君だった。
さすがは陸上部って感じだ。
私は心の中で最後まで残った彼に拍手を送った。
シャトルランが無事終了し、これで全ての種目を終えた。
「お疲れ様、日和ちゃん!」
「朱里ちゃんもお疲れ様!」
それにしても暑い……!
まだ五月にも入っていないというのに、驚くほどの暑さだ。
何か喉乾いたな……。
お茶持ってくるの忘れちゃった。
「朱里ちゃん、私ちょっと飲み物買ってくるね!」
「うん、いってらっしゃい!」
私は朱里ちゃんにそれだけ言うと、アリーナを出た。
***
「皇君!お疲れ様!」
「これ、私から……」
シャトルランを終えた流星の周りには一瞬にして人だかりが出来ていた。
それも全員が女子生徒で、流星にタオルやペットボトルの水を渡そうとしている。
「……」
しかし彼は一切それらを受け取ろうとはしない。
何故なら、そのときの彼の脳裏をよぎっていたのは――
『流星、お疲れ様!これ、お水とタオル!冷たくて気持ちいいよ!』
「……」
いつもと違う彼に、近くにいた桐生力人が話しかけた。
「流星、受け取らないのか?お前タオルも水も持って来てないだろ」
「………いい」
流星は苛ついた様子で、汗で濡れた髪をかき上げてアリーナを後にした。
***
私はアリーナを出て、学内に設置されている自販機の前まで来ていた。
ポケットから財布を取り出した私は、お金を入れて慣れた手つきで自販機のボタンを押した。
「ふぅ………って、あれ?」
自販機の取り出し口に手を入れた私は、飲み物が二つ出てきていることに気付いた。
「あ……」
そのことに気付いたときにはもう遅かった。
私はいつも、部活終わりの流星に飲み物を持って行っていた。
他の女の子の差し入れは絶対に受け取らない彼が、私の持って来たものだけは素直に受け取っていたのだ。
それが嬉しくて、私は毎回毎回部活終わりの彼に差し入れをしていた。
もう二つも買う必要は無いのに……。
私の悪い癖だ。
癖って簡単には治らないんだなぁ……。
まぁいいや、もう一本は朱里ちゃんにあげよう。
「やあ、五条さん」
「……阿久津さん?」
そのとき、私の前に現れたのは阿久津さんだった。
珍しく額に汗をかいている阿久津さんは、私の手元にあるペットボトルの水に目をやった。
「二本持ってるけど、それ誰かに持って行くの?」
「え、えーっと……」
「いらないなら俺にちょうだいよ」
口ごもる私に、阿久津さんが一歩近付いて言った。
「え、ダメです!」
「えーいいじゃん、ケチ」
「ダメったらダメです!」
阿久津さんは不満げな顔をしていたが、こればっかりは私も譲れない。
だってこれは、朱里ちゃんに持って行くものなのだから。
「俺だって疲れたんだよー、久しぶりに運動して」
「えっ」
久しぶりに運動してあれかよ、羨ましいわ。
「だからさー、五条さん癒してよ」
「何の話ですか」
阿久津さんはそう言いながら、私に顔を近付けてくる。
「……!」
こ、これはマズイ!
前世アラサー喪女には耐えられないのよ!
危険を感じた私は、咄嗟に手に持っていた冷たい水の入ったペットボトルを阿久津さんの頬に押し当てた。
「…………何これ」
「癒しが欲しいんですよね?冷たくて癒されるじゃないですか!」
「……」
予想外の行動だったのか、阿久津さんが固まった。
よし、今のうちだ!
私はその隙を見逃さず、彼の前から猛ダッシュで逃げた。
***
「朱里ちゃん、ただいま!」
「おかえり、日和ちゃん!」
教室へ戻ると、既に朱里ちゃんが着替えを終えて席に着いていた。
「そんなに急いでどうしたの?」
「実は朱里ちゃんに渡したいものがあってね……」
「え、私に?」
そこで私はジャジャーンと背中に隠していたペットボトルの水を取り出した。
「はい、これ!プレゼント!私とお揃いだよ!」
「……!」
それを見た朱里ちゃんが目を丸くした。
「わぁ……!ありがとう、日和ちゃん!」
「……ッ!」
ペットボトルの水を受け取った朱里ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
この笑顔が見れるなら、たまにはこういうのも悪くない。




