5、私と麻雀、そしてにぎり飯
私はよく怪人に誘われて麻雀を打っていた。
怪人と、武士崎と私。三人で打つことが一番多かった。たまに盛りそば氏や佐々川が荘にいる時には怪人が無理やり引っ張って卓に座らせたものだった。
勝ち負けよりも、私は牌を打ちながら武士沢と怪人のやりとりを聞くのが何よりも面白可笑しかった。
いつだったか、武士崎が文学の賞に落選したと憤慨しながら打っていた時のことである。
「俺の文学の良さが分からんとは俗物ばかりだ」
「貴君が一番の俗物だろう」
「私もその通りだと思います」
「うるせえ。くそう、俺の人生は真っ暗だ」
そう悲観して乱暴に牌を打つ武士崎に対して、怪人は「自摸」と上がりを宣言しながら笑って言ったのだ。
「貴君、懐中電灯を買いたまえ。なるたけ大きいやつだ。
自分の往く先くらい自分で照らしなさいよ」
「またお前はそうやって俺を煙に巻く。
薄暗がりで結構。そうすりゃ醜女でも相手できらあ」
そう言ってじゃらじゃらと牌を混ぜながら自棄っぱちになって武士崎は煙草を一気に吸い上げた。その夜は結局、私が素寒貧になるまで麻雀に興じていた。
また別の日には酒をやりながら打っていた。その日は佐々川も交えて四人で。
飲み屋で声を掛けた女性に平手を喰らったらしく、武士崎の左頬が赤くなっていたのを覚えている。
「文壇か女か、どちらかに絞ったらどうだい。
もっとも、お前はどちらを取っても空手に終わるだろうがよ」
「一言多いんだよこの気障野郎が」
佐々川を睨みつけながら武士崎は牌を取った。この日は四人ともがタバコを吹かしており、部屋はまるで山紫水明の秘境であるかのように紫煙に曇っていた。
「二兎を追うものは一兎をも得ないものでしょう。
文学に傾向してはどうです」
私がそう言うと、対面に座っていた怪人が煙を吐いた。武士崎の捨てた牌で「栄和」と告げ、私に向かって言った。
「貴君。二兎を追って得られぬなら、三兎でも四兎でも追えばよい。
追う数を増やせばそのうち捕まえられるものだよ。十兎でも、百兎でも。
得るまで追うのが男と言うものだ」
そして銜えていたLARKを指で挟み、武士崎をそれで指してなおも続けた。
「見たまえ、武士崎を。金、女、名声、他諸々。二兎どころの騒ぎではない。
しかし私には分かる。彼は大器だ。それでいいじゃあないか」
「よせよせ。お前に言われると同類だと思われるだろうが。
お前みてえな仙人めいた暮らしは御免だ。俺は俗物でかまわん」
そう言う武士崎の顔はどこか穏やかだった。華瑞荘の中でも古株である二人の間には私や佐々川では計り知れぬ縁があるのだとその時に感じた。
その時、盛りそば氏が大量の握り飯を持ってへ号室にやってきた。麻雀を打つ時に握り飯を食うのも、私たちの通例だった。塩だけで握ったそれらは実に趣のある味わいをしていたものだ。
「多くを求めるのは良い。しかし高望みはいけないよ、武士崎。
人間、立って半畳寝て一畳とは真理だろう」
「司馬遼太郎か」
「いいや、正岡子規だ」
「しかし華瑞荘は三畳。理屈に合わんでしょう」
私が言うと怪人は笑った。それは愉快そうに。
「貴君はわたしが一人前の器に見えるかね。
広大無辺な私の器は全てを飲み込むのだよ」
タバコを畳の縁でもみ消し、武士崎が「けっ」と言った。
「お前さんは器の底が抜けてんだ。底抜け。底抜けの阿呆だ」
「先生は変なキノコを食べているから。
心臓にキノコが生えておられるに違いない」
「そうとも、神の恵み、デカパンの恵みだ。
君たちも食うかい」
「遠慮しておきます、阿呆が移る」
「ボクは頂こうかなあ。師匠みたいに図太くなりたい」
「お、おい、やめておけよ、ニ八」
あまりに真剣な口調で佐々川が止めるので、何だか可笑しい気分がした。
武士崎が堪えきれずに吹き出し、私たちも次いで笑った。それはそれは愉快な夜だった。
○ ○ ○
ヘッドライトに照らされる高速道路を睨みながら走る私の胸中は、非常に愉快だ。他にも怪人の言は山ほどある。
"自らを一流だと思うものは三流以下である"とか、"私の自信に根拠は必要ない"とか。"キャベツの芯には下宿生活の全てが詰まっている"だとかもあった。実にくだらない愉快な怪人だった。
――だが、その怪人も今はいない。
私は最後に怪人と会った日の事を思い出していた。それはあまりにも普通の日だった。あれは76年になったばかりの寒い日の事だった。
ちょうど前年の暮れに三億円事件が時効になったと世間で騒がれていたのでよく覚えている。華瑞荘にテレビはなかったが、例によって盛りそば氏がバイトをしていた喫茶店に入り浸って報道を見ていた。喫茶店には、私たちの他にも大勢いたと思う。
その三億円事件の報道が一段落した寒い時期に、私と怪人は最後の問答をしたのだった。




