18話
「絶対面倒くさいやつじゃん…………」
依頼内容を読み終えた時、当初の嫌な予感が的中してしまった事に絶望した。
こういう人間関係の拗れがありそうな案件は面倒くさくなる傾向があると相場が決まっているのだ。それに、仮病で休めばいいものをわざわざボイコットしている事に更に違和感を覚える。
「依頼内容自体は簡潔だろ?体育祭に参加しようとしない生徒から事情を聞いて参加させるだけだ」
「内容が簡単なだけで解決に至るまでが面倒なやつですって、これ絶対」
安芸坂先生を睨めつけると彼女は素知らぬ顔で椅子から立ち上がった。
「とりあえず、私は君に依頼を託した。つまりこれで私の仕事は終わったという事だな。後は頑張りたまえ、私も期待しているぞ」
そう言って安芸坂先生は右手を上げて教室から出て行ってしまった。相変わらず自由奔放な人だ。
俺はと言うと、絶対に面倒な依頼を押し付けられた事に打ちひしがれていた。
だが、いくら後悔しようと受けた依頼は遂行しなければならない。そのためには、現状だと何も分からないのでとりあえずは状況を脳内で整理する事から始めることにした。
──安芸坂先生の発言を全て正しいものだとするのならば、今回の依頼は生徒会そして会長個人からの依頼と捉えていいだろう。つまり彼─性別は不明だが名前的に多分男─と朧先輩の間には元から何かしらの関係があると踏んでいい。あり得るとしたら幼馴染、カップル辺りだろうか。
そして問題はこの、謎に詳しい生徒会長からの手紙だ。何故分単位で朧先輩の行動を監視しているのか分からないし捕獲しようとしている事も意味が分からない。ここだけ書いた人が変わった可能性があると思えてしまう程にここだけ違和感がすごいんだよなぁ。
「まずは俺も朧先輩の人となりを確認しないと何も始まらねえな」
確か見た目に言及している文章があったような………。あ、これだ。
身体特徴という欄に朧先輩の外見について書かれており、この説明だけ見ると大人しそうな黒髪ボブ図書委員の女の子が脳内に浮かんできた。しかも髪留めというアクセサリーまで付いている。本当にそんな人が実在したのか………。
俺は脳内に朧先輩のイメージ像を作った後、ダメ元で55Rに向かった。
「流石にこんな時間に居る訳無いか……」
時計に目を遣ると既に時刻は16時半を回っていて空も橙色に染まっていた。
面倒くさいと思いつつ階段を降りて3階に着くと、小さいながらも音が聞こえてきた。
音のする方向を見るとその先には廊下が伸びていてそこに53R、54R、55Rが面していた。
何処かしらの教室での話し声が廊下中に響いて階段の所まで聞こえてきたんだろう。
最終下校時刻まで1時間程あるため人が居る事自体に驚く事は無い。とりあえず気にせず55Rに向かおう。
しかし、54Rの目の前を通った時にある事に気が付いてしまった。
この廊下中に響き渡る音は誰かと誰かの話し声、ではなく女性が啜り泣く声だという事。そして、その音が55Rから聞こえてくるという事。
俺はその声にビクビクしながら55Rの様子を確認した。
教室の電気は付いておらず人影が無かった。教室の中はただ薄暗いだけで人などどこにも居ないのに、啜り泣く音はまだ聞こえるという謎の現象に俺は混乱した。
なんか怖いし帰ろ……。
昔からこの手の怪奇現象をテレビで姉に散々見せられ、その度に怖くて泣き喚いていた。俺はめちゃくちゃビビリ……繊細で感受性が豊かなのだ。
自分の教室に戻るため踵を返そうとすると、ふと視界に1人の生徒の姿が入った。その女子生徒はカーテンの奥に居て、窓を開き教室から半身を乗り出すように座っていた。
どうやら啜り泣く音の発生源はその女子生徒らしく、窓のレール部分に座る彼女の姿は外からの風で美しい黒髪が靡きそれが夕方の色づく空と相まって一つの絵画のような妖艶さを纏っていた。
一瞬この美しい絵を崩すのは気が引けて話しかける事を躊躇ったが、泣いている女性を見てそのままスルー出来るほど俺も無情ではなかった。
「どうしたんですか?」
突然話しかけられた彼女はビクっと震えた後身体をこちら側に向けた。
「誰?この時間に人は来ないはずなんだけど」




