16話
「お待たせ、ちょっと長引いちゃってな」
応接室の外で待つと言っていた彼女の居た場所は校門脇だった。
「ん、長かったね。何話してたの?」
隣を歩く聡い彼女がそんな事を分かっていない筈がない。流石に生徒会云々は予想出来ないと思うが安芸坂先生の脅しもとい提案についてはある程度察しが付いてるだろう。しかし俺はあえてそれを隠した。
「今後の事について、かな。あとナツに1つ謝らなきゃいけない事がある」
俺が足を止めるとそれに気が付いたのかナツも立ち止まり、向かい合わせの状態となった。
既に時刻は17時を回っていたからか周囲に人は居らず、静寂がその場を支配していた。
「謝りたい事?」
不思議そうに小首を傾げるナツは夕陽に照らされいつも以上に可愛らしく見えた。
「あぁ。……実は俺、選挙が始まるまでは生徒会の仕事を回される事になった」
「へー、そうな………は?」
ナツの表情が突然険しくなったのが容易に分かる。
「安芸坂先生に頼まれて生徒会に所属する事になった。勿論ナツには関係無いからそこは安心して欲しい。全て俺の独断だ。勝手に決めてごめん」
「…………」
俺が頭を下げている中、ナツは何も言わなかった。
姿勢を正し、ナツの様子を窺うとナツの頬には水滴が伝っていた。
「ごめん。約束破って。埋め合わせはするから、2ヶ月だけ俺を許して欲しい」
「…………んで」
「え?」
「……なんで、勝手に決めるの?なんでまた離れようとするの?」
「本当にごめん」
「私は嫌だよ?そんなの。あの時、周りは関係無いって言ったじゃん。言ってくれたじゃん。なんで勝手に離れようとするの?」
ゆっくりと歩み寄ってくる彼女を止めようとは思わなかったし俺には制止する術も止める権利も無かった。
「ごめん」
「ごめんだけじゃ、何も分からないよ。私はハル君になんでって聞いてるの。質問に答えて」
「……ごめん」
ごめんという言葉しか口に出せなかった。
別に俺は『あの時』のように離れようと思ってこの決断をした訳ではないし、もうそこまで幼くは無い。それにアレは安芸坂先生によって脅さ……提案されたからやったのだ。もしそれを言えば彼女もちゃんと納得はしてくれるだろう。
しかしそれを口にする気にはなれなかった。彼女に対して不誠実な事をしたのは事実だし、彼女に経緯を伝える行為は彼女の優しさに漬け込んでいる気がしたから。
「ごめんじゃ何も分かんないって!私なんかした?それなら謝るから。ねえ、教えてよ。私何かハル君の嫌がる事しちゃったの?それならもう絶対しないから。直すから!だから教えてよ…」
「ナツは何も悪くない。俺が、ナツの気持ちを蔑ろにした。それが答えだ」
「答えになってないよ…。ハル君は私の気持ちを蔑ろにするような事はした事なんて無かったじゃん。いつもいつもちょっと引くくらいに私の気持ちの事考えてたじゃん。ハル君がそんな事する訳無いじゃん……。お願いだから教えてよ。お願いだから……遠くに行かないで……」
いつの間にか身体が触れ合う程に近くに来ていたナツは涙目に俺の瞳を見つめていた。
何もかも俺が悪い。この状況になったのも。俺があの場面で断り切れなかったのも。ナツが許してくれるだろうという甘い前提で動いていたのも。結局は彼女の優しさに漬け込んでいた事も。
今の俺に出来ることは、ナツに対して真摯に謝る事と泣いている彼女を必死に泣き止ます事だけだった。
ナツを軽く抱き締め震えている彼女の頭を優しく撫でる。
「俺は今後もナツからは離れないよ。それは安心して欲しい。2ヶ月間ちょっと忙しくなるだけだから。これからも一緒に登校するし一緒に下校する。そこは絶対変わらないよ。ただ下校する時間が遅くなるってだけ」
「……ハル君はずるいよ」
「ずるい?」
声が小さかったためちゃんと聞き取れたか怪しいが、狡いという言葉が聞こえた気がした。
気持ちが落ち着いたのかナツは俺の腕を解き少し距離を取った。
「いや、何でもない。でも言質取ったから。絶対に離れないって。ハル君なら守ってくれるって信じてるから、今回は許したげる」
そう言ったナツはいつものように微笑んでいた。
俺がその様子を見て心から安堵していると、「でも1つ条件がある」と言ってナツは人差し指を突き立てた。
「条件?」
「うん。生徒会の仕事を請け負うってのは分かったし許したげる。でも期限は2ヶ月だけだしもし仕事が多かったら無理しないで私も巻き込んで欲しい。…ハル君の力になりたいから」
ナツなりに今回の件は譲歩してくれたのだろう。ならば俺もその条件を呑まないのは不誠実というものだ。それに元からそのつもりだ。
「分かった。絶対に守る。不安にさせてごめんな」
「ううん。突然の事でびっくりしちゃっただけだから大丈夫。ハル君ならもうあんな事しないって分かってるから」
「よし!帰ろ」と言って俺の手を引くナツの華奢な手はその見た目とは違いとても力強かった。
俺達はナツに引っ張られる形で校門前の私道を2人で歩いた。駅に着くまで会話をする事は無かったが力強く握られる俺の手から伝わる彼女の意思は言葉にしなくても伝わって来た。
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