14話
俺と安芸坂先生だけが残った応接室はしんと静まり返っていて、緊張感すら漂っていた。このまま2人とも話さずに最終下校時刻まで粘ろうか迷っていると、安芸坂先生は大きく溜息を吐いた。
「言いたい事は分かるな?」
分かりたくありません。
「分かり(たくあり)ません」
「なら単刀直入に言おう。彼女達の仲を取り持て。それまでお前を生徒会に所属させる」
ものすごい職権濫用。こんなの横暴だ!
「それは横暴ですよ!俺は──」
「うるさい!ここでは私が法で私がルールだ!」
先程のナツと話していた人物と同じだとは思えないほど先生の振る舞いは堂々としていた。
さっきまでの俺なら生徒会の仕事を回すとかいう横暴に関してはスルーしていただろう。しかしナツが言ったように俺は彼女と約束してしまったのだ。
「100歩譲ってそうだとしても生徒会に所属させられるというのだけは無理です。さっきナツが言っていたように約束してしまっているので」
言うと、安芸坂先生は少し悩んだ後悪い笑顔を向けてきた。
「そうか。ところで石倉、君は理科は好きかね」
「嫌いですけど」
そんなの考える事すら不要だ。理科とは国立文系志望の俺にとっては不要物であり邪魔なモノだ。さっさと消えて欲しいしやりたくなどない。
「……即答、か。これは少し予想外だったが私の言う事は変わらない。話の続きをしよう」
姿勢正しく座っていた安芸坂先生は長い脚を組み椅子の肘掛けに腕を置いた。嫌な予感しかしないし帰りたいんだが。
「理科の単位システムは知ってるか?」
「あー。確か理科は期末にしかない影響で、選択した理科系科目の期末試験成績の合算が成績に反映されるというシステムだった気がします」
「そうだ。よく覚えているな。追加情報を出すとしたら片方で赤点を取っても理科の単位は付かない。あとこれはそこまで重要ではない情報なのだが、私は今年高1の理科を担当する予定だ。聡明な君ならこれを言えば意味は理解出来るだろう?」
与えられている情報があまりに少ないため、これだけの説明で行き着く情報など限られている。つまり俺の理科の成績もとい進級はこの人に委ねられていると言っても過言ではないという事だ。
断ったら留年させちゃうぞ☆と言いたいのだろう。
……この人本当に教師なのか?
「脅しですか?」
先生を睨めつけるとそれが面白かったのかげらげらと笑い出した。
「違うさ、ただの可能性の提示というものだよ。君の退路に待ってる1つの可能性だ」
「だとしても一教師が生徒を意図的に留年させるのは横暴とかいうレベルでは無いと思うのですが……」
可能性の提示とか言ってるが要は提案を受け入れないなら手段は選ばないという事だろう。
「まぁ、君にとっても悪い話じゃない。逆に生徒会に入って良い子ちゃんをしてれば教師からの評価も上がり、今後の学校生活も過ごしやすくなるだろう。それを踏まえた上で君の答えを聞かせて欲しいな」
リスクとリターンが見合っていない。リターンがしょぼい上にこれを受け入れないと留年するリスクが出てくる。ここで彼女の言葉に大人しく従うというのが一番丸い選択肢ではある。
普通ならそうするだろう。
だがここで大人しく従うほど俺は素直じゃない。最大限のリターンを狙いに行かなければこんな面倒事に巻き込まれた見返りは得られない。
「先生、お言葉ですがそのように逃げ場を無くして、罰を天秤にかける方法は逆効果だと歴史が証明してますよ」
「ほう?何が言いたい」
よし、かかった!今がチャンスだ!
「近代兵器が開発された戦争と開発される以前の戦争とは大きな違いがあるんですよ。勿論火力や時代背景の違いというのもあるのですが一番の違いは戦争の対価です」
爆撃機や戦車、毒ガス等は戦争における火力を増やすとともに戦争における対価に変化を齎した。
近代兵器が出てくる以前は『一番槍』とは最も死亡確率が高くその分褒賞も桁違いであり国によっては『一番槍』と認められると貴族階位を与えられる所もあったらしい。まさに一発逆転だ。
勿論そのハイリターンにはハイリスクが潜んでいる訳で、一番槍とは最前線も最前線なのでほぼ死ぬのが確定している。なのにも関わらずこの時代の一番槍に応募する人間は後を絶たなかった。無論この時代が農民などはとても貧しく、逆転の方法がこれしか無かったという時代背景もあるのだが大事なのは『行動の対価が褒賞』という点だ。
それに対して近代兵器が出てきた後はそこまでの実力が無くても人を殺傷出来るようになり一番槍の重要性と存在価値も消えてしまった。
その結果、兵士の士気がガタ落ちして軍からの離脱や敵前逃亡などが増えたという。軍の上層部はその状況をどうにか打開しようとして行き着いた結果が危ないお薬とアルコール、そして死という罰である。
前2つに関しては幻覚作用により気分を昂ぶらせて兵士の士気を保つという意義があったが当然これらの方法は依存者を増加させた。一番最後に関しては、逃げたら撃つと脅す事で前には敵、後ろには死という状況を作り出し戦いを強制させたのだ。そして撃たれずに逃げたとしても捕縛され、最終的には死ぬ事が確定してる最前線部隊に送られる。つまり、ここで大事なのは『行動の対価が罰』という点だ。
俺は長々と先生に対して戦争の対価の歴史を説明すると、言いたい事を理解してくれたのか感嘆の声を漏らしていた。
「つまり、与えるものが褒賞という方がやる気も出る、と?」
俺は無言で頷く。これも一応賭けではあるのだ。
先生が鬼畜で後者のような対応をする可能性も大いにあり得る。
「ふむ。その説明には説得力はあるな。留年という風に追い詰めるのではなくて褒賞で釣る、か。だが私には特に与えられるものが……」
先生はうーんと考え込んでいたが、少しして何かを思いついたのか手を叩いた。
「よし、褒賞を決めたぞ!」
交渉は成立したようだ。
俺は賭けが上手く行ったことに心の底から安堵した。
「それで、2人の間を取り持てたら何をくれるんですか?」
先生はドヤ顔で持ち前の大きい胸を張りながら話した。
「膝枕で耳かきしてやる」
……………………は?
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