13話
安芸坂先生は呼び出した理由も言わずに伝達事項を伝えた後、すぐに教室から出て行ってしまった。
「ハル君、何したの?何か呼ばれてたけど」
隣に座っているナツは不思議そうに俺を見る。いや、君もだけどね?
「呼ばれたのはナツもだろ……。はぁ、俺らが一体何をやったって言うんだ…。あの人生徒指導担当って言ってたし正直怖いんだが」
あの顔で問い詰められたりしたらやってなくてもやったと言ってしまいそうだ。それくらいあの目には圧があった。
「うーん。でも生徒会顧問とも言ってたよね?私達、特に何もやらかしてはないと思うし3人に共通する部分が少なすぎるもん。多分生徒会の勧誘とかそういうのじゃないかな」
確かに生徒会顧問的な事を言ってたような気もする。生徒指導の方に思考を持ってかれていたがそういう可能性も0ではないのか。
ナツのよく回る頭に感心しつつ俺は席から立ち上がった。
「とりあえず行ってみないと何も分からないし行くか。応接室だっけ?」
新井君によると応接室は1階にあるらしいので先ず1階に向かう事にした。
第2大教室を出ると廊下はしんと静まり返っていた。昼休みの活気が嘘かのように校舎は静かでまるで別空間に居るかのようだった。
「もう誰も居ないね〜。まぁ終礼から40分くらい経ってたらそんなもんか」
時刻は既に16時になろうとしている。廊下の空気は少し肌寒く学ランを着ている状態でも冬の余韻が感じられた。
「そういえば堂上さんはもう行っちゃったの?」
第2大教室を出たのは俺とナツが最後であり、気が付いた時には彼女の姿は消えていた。
それはナツも同じだったようで肩を竦めていた。
「さぁ?トーカちゃんなら先に1人で行っちゃってると思うよ。あの子せっかちだし」
ウマル・ハイヤームさんはせっかちなのか。対応する時は気を付けないと。
俺は心のメモに堂上さんはせっかちだという要素を付け足しながら階段を降りた。
すると階段の踊り場には見覚えのある1人の女性教師がポケットに手を入れながら壁に寄りかかっていた。この人、タバコ吸ってたらかなり絵になってるんだろうな。
そんな事を思いながら目の前を通り過ぎようとした時、安芸坂先生は口を開いた。
「おい、無視するな」
あ、俺達を待つためにここに居たんですね。
「無視はしてませんって。用があるなら話しかけてくださいよ」
言うと、彼女は気怠げに溜息をついて先に階段を降りた。
「呼び出した側の教師があんな所に意味ありげに立ってたら用件が自分だって分かるだろ」
すみません。よく分かりません。
「分かりませんって。それで何か意味があって立ってたんですか?」
「いや?応接室までの道分からなくて迷ってないか心配だっただけだぞ」
何なんだこの人。優しいのか理不尽なのか分からん。
「はあ。ありがとうございます」
「うむ。お礼を言えるのは素晴らしい事だよ。大人になると礼とか謝罪に他意が含まれる事が増えて簡単にお礼を言ったり謝る事が出来なくなるからな」
社会って怖。俺もパチプロになって大金持ちになろうかな。小説家もアリ寄りのアリ。
社会に対して恐怖を感じつつ安芸坂先生の後ろを付いて行くと、高校棟の階段の脇にある道を通って応接室に着いた。この付近は大事な部屋が纏まっているようで、手前から学長室、会議室、応接室、生徒会室そして一番奥に保健室が配置されていた。
「ここだ」
安芸坂先生は応接室と書かれたプレートが付いている部屋の扉を開けた。
言われた通り部屋の中に入ると、そこには見るからにふかふかな椅子はローテーブルを挟んで2人分ずつ置いてあった。
椅子の1つには既にウマル・ハイヤームさんが座っており、俺とナツは向かい側の空いている2つの椅子に腰を掛けた。思った以上にふかふかでとても座り心地が良い。
「さて、君達を呼んだのは別に何かを指導するつもりではないのは先ず理解して欲しい」
俺の真正面の椅子に腰掛けた安芸坂先生は開口一番、俺の一番欲しかった言葉をくれた。
勝ったな、ガハハ!風呂食ってくるぜ!
「君達を呼んだのは他でもない、生徒会の勧誘目的というやつだ。私はこれでも一応生徒会の顧問を押し付け……やっていてね」
教師の闇が垣間見えたが、先生の話す内容はナツが事前に予想してたものと合致していた。要するに来月初めにある生徒会長選挙に出る人が居ないので俺達の中から1人に会長を、残りの2人に他の役員をやって欲しいというものだった。
「内容は分かったんですけど何で俺達何ですか?まだ1年生ですしそもそも外部生なのでこの学校の事もよく分かってないじゃないですか」
生徒会の活動が活発ではないというのは先生の話す内容から分かったが、わざわざ俺達を呼んだ理由も意味も分からない。
俺の質問に少し困ったような素振りをした先生は申し訳なさそうに話し始めた。
「実はこの学校の生徒会長選挙は少し特殊でね、立候補するには成績が上位3名の人間じゃないとダメなんだ。だが今回の選挙は立候補者が皆塾で忙しいだの勉強で忙しいだの正当な理由で私の給料を下げようとしてきてだな」
正当な理由ならそれはもう仕方ないでしょう。いや、仕方ないから俺達に声をかけたのか。
安芸坂先生はそう言いながら困り顔で俺達に手を合わせた。
「そこでだ、入試で上位3人の君達なら教師側も納得してくれそうなんだ。どうか私の給料と生徒会の未来と私の給料のためにやってくれないか?」
今この人給料って2回言ったよ……。先生も先生で色々と大変なんだな。
先生にここまで言われてしまうとやってもいいかな〜とか思ってしまうが、そう考えていたのは俺だけだったようで
「私は嫌です」
ナツはきっぱりとその提案を断った。堂上さんも二つ返事で了承は出来ないのか考え込んでいた。
「そっか…。嫌、か……。理由を聞いてもいい、かな?…」
先生は泣きそうな顔で落ち込んでいた。
何故か分からないがすごい可哀想になってきた。俺だけはこの人の味方でいよう…。先生、昇進の為に頑張ってね!ファイト!
俺が心の中で応援しているとナツは淡々と理由を述べた。
「先ず1つ目は、生徒会に時間を取られたくないからです。私はハル君と帰宅部になるともう決めているのでその時間を生徒会には割きたくないです」
トゥンク…
危ない、惚れそうになった。俺が密かに先生側に付こうとしていた中ナツは俺との約束を守るために拒否してくれていたのだ。
だが1つ目があるという事は勿論2つ目以降があるという事なので、ナツはここから更に追い打ちをかけるのだろう。
「2つ目は……堂上さんと一緒に活動をこなせる未来が見えないからです。もし万が一、いや億が一に生徒会の仕事を引き受けたとしても仕事仲間に信頼の無い人間を入れたくないです」
ナツの言葉を聞いて、俯いていた堂上さんは膝の上で拳を握り締めていた。
直接名指しで言っている訳ではないが、『信頼の無い人間』が堂上さんを表している事は火を見るより明らかだった。
彼女達の間には間違いなく何かしらの確執があるのだろう。それが解決しない状態ではナツはこの件を了承しないだろうしそれは堂上さんも同様だ。
ナツの冷たい言葉に先生は表情を真剣なものに戻して対応した。
「……。一応先に説明しておくとそこまで時間を取られはしないと思う。そうだな……なら生徒会室を好きな時に自由に使えるようにしてもらうという事ではダメかな?好きな時と言っても最終下校時刻以降は流石に無理だが」
これはアレだ。最初に悪い条件を提示した後に美味しい部分を説明して聞く側の印象をプラスで終わらせる事で話を上手い方向に向ける交渉方法だ。不動産漫画で見たことあるぞ!
「そうですね……ならそこからプラスで1つ条件を呑んでくれたら1つ目の反対理由は取り下げます」
ナツもそれに気が付いていたのか突然先生の足元を見始めた。ナツさんパネェっす……。
安芸坂先生も足元を見られている事を理解しているのか、ぐぎぎという効果音が付きそうなくらい唇を噛んでいた。そしてそこにナツは更に追い打ちをかける。
「今、決めてください。私の気が変わらないうちに。その答えを聞けたら私も安心して呑んでもらう条件を伝えられますので。大切ですよね?お給料」
ナツの顔にはとても悪い笑顔が浮かんでおり、先生が不憫に思えてきた。
ナツの交渉方法の悪どい所は先ず相手の大切なモノを握る事で選択肢を実質的に1つにする所。まぁこれは弱味を先に出した安芸坂先生が悪いとも言える。
次に答えを聞いた上で条件を言うので、実質的には何でも言う事を聞かせる事が出来る所。
このやり取りが生徒と教師のモノじゃなかったら漫画みたいに楽しめるのだが、現実は不憫な教師VS頭の回る生徒なので見てて先生が可哀想に思えてくる。先生、頑張って!
安芸坂先生は少し考えた結果、覚悟を決めたのか渋々その条件を呑んだ。
「分かった。流石に度を過ぎてるものは学校として認められないが最大限要求を飲む努力はしよう」
簡単に折れてしまった。先生〜〜〜〜〜!!
先生の返答に対してナツは表情一つ変えず条件を述べた。
「言質取りましたよ。じゃあそうですね……生徒会に私物を置く事を容認してください」
俺はナツの言葉を聞いて戦慄した。
俺の友人は生徒会室を完全に私物化しようとしてるのだ。
一見この言葉は生徒会長になるのなら当たり前のように思える。
しかしナツの場合は私物を置くと言っても小物を置くとかのレベルではなくて、炬燵を置くとかそういうレベルで電力諸共完全に私物化するのである。
昔ナツに俺の自室に私物を置いてもいいと言ったら、自室における俺の私物を占める割合が半分未満になった事がある。
ただ、そんな事を今日初めて会った教師が知っている訳も無く、安芸坂先生はそんな事でいいの…?みたいな顔をしていた。
「そんな事で……いいのか?」
「はい!〝そんな事〟で大丈夫ですよ。どうします?」
あぁ…術中にハマったな。終わりだ。
安芸坂先生は首を勢い良く縦に振ってその条件を承諾した。
「それじゃ、1個目の反対理由は取り下げという事で。2個目の反対理由についてだが……正直それは私にはどうも出来ん。しかし幸い生徒会長選挙は体育祭が終わった日から始まる。だからその間に個人間で解決してくれると私としては嬉しい」
先生はそう言いながら俺の事をチラチラと見てきた。お前が説得しろという事だろう。
だが、俺の答えなど既に決まっている。絶対にやりたくない。
話はこれで終わったのか先生は俺以外に対して帰宅許可を出した。そう、俺以外に。
絶対協力すると言うまで帰さないやつじゃん……と思いつつ先生に言われたため俺は仕方なく応接室に残った。権力には勝てないんだよね。
ナツは一緒に居ると言ってくれたが先生が2人だけでの話があると言って一切譲らなかったため、応接室の外で待機する事で妥協した。
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