11話
「あ!ウマル・ハイヤームさんか」
その瞬間空気が凍ったのが分かった。
「ウマル……ハイヤーム?私の事を言っているの?」
やばい、口に出してしまった。
「え、あ、ちょ、違いますって。さっきウマル・ハイヤームについて佐々木さんと話してて。ね?そうだよね?」
必死に弁明をしてナツの方を見ると彼女はけらけらと笑っていた。
「うま、ウマル……ハイヤーム……。ぷっ。あははははは」
「あ、あの…?ナツ?大丈夫か?」
突然大笑いしだしたナツに少し心配していると彼女の笑いはすぐに止み、表情は見た事が無い程冷たいものになっていた。しかしその冷ややかな声には何故か聞き覚えがあった。
「大丈夫だよ、ハル君。とりあえず中入ろ」
ナツは俺を押し込んで部屋の扉を閉めた。
「それで、ウマル……ぷっ。……ごめんごめん。ハル君の冗談がツボにハマっちゃってさ」
俺の誤爆はナツにかなり効いたらしく、とてもウケが良かったが俺としては複雑だった。
途中で遮ってしまったが彼女は先程ナツの事を「ナツちゃん」と呼んでいた気がする。
つまり彼女達は知り合いなのだろう。俺は彼女の顔を見た事が無いので、多分俺とナツが出会う前の友人辺りと考えるのが無難だ。
しかし、あの顔を向ける相手が本当に友人なのだろうか。
ナツとウマル・ハイヤームさんは暫く無言で見つめ合った後、ナツが口火を切った。
「本当に久しぶりだね。トーカちゃん。何年ぶり?」
「6年半よ。小3の時に引っ越したから」
トーカちゃんと呼ばれた子は淡々と話す。俺は学年の名簿を記憶の棚から引き摺り出し、外部生の中にそんな名前の子が居た事を思い出した。
「よく覚えてるね。昔の事だからすっかり忘れちゃってたや。……そうだ、ハル君に自己紹介してあげて。誰か知らないだろうし」
「確かにそうね。ごめんなさい。まだ名乗ってなかったわ」
彼女は姿勢を正して落ち着いた冷たい声で淡々と自己紹介をする。
「私は43Rの堂上冬花よ。初めまして、ではないわね。一応あそこで会っているもの」
あそこというのは恐らく俺が44Rの入口でどうしようか迷っている時だろう。
ナツのクラスメイトだと思っていたが隣のクラスらしい。おおよそ旧友の名前を見かけて様子を窺いにナツのクラスに向かったという事なのだろう。
「あ、ああ。名前は知ってると思うが一応自己紹介をしておく。42Rの石倉遥だ。さっきは変な事を言って申し訳無い」
俺が頭を下げようとすると堂上さんは掌を俺に向けた。
「その必要は無いわ。ただの言い間違えなのでしょう?それよりもナツちゃんがすごい何かを聞きたそうにしてあなたを見てるわよ」
横目にナツを見ると満面の笑みで俺を見ていた。目だけが笑ってないのが怖すぎる。
「ねぇ、ハル君。トーカちゃんといつ、どこで会って、何を話したの?ちゃんと教えて?」
ナツはジリジリと俺の方へ歩み寄って来たため俺も少しずつ後退りをしつつ質問に答えた。
「昼休みにナツに会いに44Rに行っただろ?その時に顔を合わせたんだよ。本当にそれだけなんだって。だから一旦止まろ?な?」
「そっか、それで合ってるの?トーカちゃん?」
ナツは歩みを止めて堂上さんへと笑顔という銃口を向けた。
「合っているわ。ナツちゃんにちょっと意地悪しただけよ。だから他意は無いわ。石倉君も巻き込んでしまってごめんなさいね」
「お、おう」
まぁ早とちりしたのはナツの方だし……。でも俺を巻き込まないで欲しかったなぁ。あの顔怖いから苦手なんですよ。
ナツの方に目を遣ると表情はまた冷ややかなものになっていた。
ここまでの事から考察するにナツと堂上さんは昔は仲が良かったのだろう。しかし何か確執が生まれて、それを解決しないまま会えなくなってしまい傷口が更に広がったという流れだ。
俺はナツから昔の事は聞いた事が無いし、1度それっぽい事を聞いた時にはぐらかされたので俺の中ではタブー扱いしていた。
「で、トーカちゃんが何でここに?広島に行くって言ってたじゃん。あれ?北海道だっけ」
空気はとても冷たいものになっていて、春先のはずなのに何故か真冬くらいの気温になってる気がした。
そんな重苦しい空気の中、堂上さんの過去が語られる………のかと思いきやその空気はいとも簡単に破られた。
ガチャンッ
扉が開いて女子生徒3名と男子生徒3名が第2大教室に入って来た。多分外部生の生徒達だろう。
そしてその後ろに続くように1人の白衣を着た女性教師が入って来た。
その女性教師は二度見するくらい身長が高く、目視で大体170後半はあるのではという程だった。モデルのような体型かつどことは言わないがとても大きい部分もありそこだけ見ると何故教師をやっているのか分からない程容姿端麗な女性だった。目を除いて。
彼女の見た目を教師たらしめているのは他でもない目の死に具合であった。目つきが悪いだとか目が細いとかそういう話ではなく、目が死んで目の下にはクマが出来ているのだ。
夜遅くまで残業してきた両親のような顔付きをしていたため、既視感はあるもののどこか歴戦の猛者感があった。やっぱり教師ってブラックなんだな……。
女性教師は教壇に立つとパチンと手を1度叩いた。
「皆揃ってるな。私は生徒会顧問兼生徒指導担当の安芸坂るりだ。それじゃ、研究旅行のガイダンスを始める」
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