↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
84/400

第3巻 第四話 一村分の熱

レントは、蓄魔庫の床に置かれた小さな送流器を見た。


 青い灯で満ちる大きな筒の脇に、片手で運べる銅の箱がある。これを北山の流路へ繋げば、ミレア治療所の暖房紋へ熱を送れる。管理人は箱の留め具を磨きながら言った。


「半刻なら、一村分の治療所を温められる」


「半刻だけですか」


「庫の余りはある。だが北山へ出す管が細い。太くすれば、同じ枝に繋がる場所が落ちる」


 エマは返事を急がなかった。病室の外で聞いていた彼女は、ユリクの名札を指で撫でている。


「治療所だけでも送って」


 彼女は言った。


「村の炉は、薪で持たせる」


 ミナが送流器へ手を置く。青の冷却灯は規定内。けれど、遠い先でどこが暗くなるかは、灯だけでは分からない。


 レントは連環視で、送流器から北の細い線を見た。途中で三つに分かれる。一つはミレア治療所、一つは西村の製粉所、一つは雪道の中へ消える。ただ、それがどれだけの熱を奪うかは線では分からない。


「送る前に、製粉所へ伝声石を」


 彼は言った。


 返事は遅れた。石臼の音が大きいのだろう。ようやく出た男の声は、粉に咳き込んでいた。


『ブラムだ。いま石臼を回してる。何だ』


「ミレア治療所へ非常送流を入れます。そちらの灯が落ちる可能性があります」


 少しの沈黙。


『粉は朝までに三村へ出す。止まれば、明日のパンがない』


 エマが伝声石へ近づいた。


「弟が凍えてる。治療所に子どももいる」


『知ってる。だから止めろとは言わない。止まるなら、何刻か教えろ』


 レントは管理人を見る。


「まず半刻。青の警報灯が上がる前に切る。製粉所の冷却灯が消えたら、こちらも止めます」


 ミナが中止条件を復唱する。治療所の温度が上がらない。製粉所の冷却灯が消える。送流器の管が熱を持つ。そのどれかで、綱を戻す。


 送流器の留め具が閉じた。


 北へ伸びる線が明るくなる。しばらくして、ミレア治療所から伝声石が入った。


『青灯が戻った。炉の脇の子が泣いた』


 同時に、西村から石臼の音が途切れた。


 送流を切ったあと、蓄魔庫の青灯は一つも消えなかった。管理人はその明るさを見て、余りをもっと出せるのではと言いかけた。


「灯が残っていても、管の先が耐えるとは限りません」


 ミナは送流器の銅管へ濡れ布を当てた。布が乾く速さを見て、次の半刻を決める。エマは治療所から届く声を聞きながら、製粉所へ戻す熱がいつ必要かをブラムへ尋ねた。


『日の出前だ。粉を挽くのはその時だ』


 村の治療所は今、製粉所は朝。必要な熱の時刻がずれている。レントはそれを紙へ二つの線として書いた。量を奪い合う前に、時間をずらせるか確かめるために。


 だが石臼の止まった音は、もう戻らなかった。


 送流器を開く前に、ミナは北山の流路弁を三度確認した。大きな弁を一度に回さず、補助弁を指二本分だけ開ける。管の継ぎ目へ濡れ布を当て、乾く早さで熱の逃げを見た。


「青灯が点いても、治療所の患者が安全になった印ではありません」


 彼女はレントへ言った。


「受取側の炉が温まり、術師が患者を見て、初めて次を決めます」


 エマは伝声石の前に立った。村の治療所には、炉番のカナが残っている。石を繋ぐ前に、エマは受取合図を決めた。青灯が一度明るくなれば受入準備、二度目で炉の脇の布を外す。言葉が途切れても、灯と布で止められるように。


『こちら、ミレア治療所。炉の前に子ども二人、老人一人。窓を閉めました』


 伝声石の向こうで、女の声がした。


 レントは送流器の栓を持たなかった。管理人が弁を回し、ミナが流れを見る。エマが受取側の名を呼び、ノアが開始の刻だけを書いた。誰か一人が「送る」と決めた形にしないためだ。


 銅管の中で、水音に似た低い響きが走る。青の冷却灯が規定まで上がり、赤の確認灯が短く点いた。遠隔の信号を受けただけの赤を、誰も成功とは呼ばない。


『青灯、一度。布を外す』


 カナの声が返る。ミナは濡れ布を指で押さえた。


「管の温度、範囲内。次は受取側の炉です」


 治療所の青灯が二度目に明るくなった。


 開始から半刻を待たず、ミレア側から鐘が二度鳴った。


『治療所の補助具が動いた。老人の胸の灯が戻った』


 カナの声は弾んでいた。だが次の息で低くなる。


『集会所の炉はまだ冷たい。家の方へは届いていない』


 エマは伝声石を握ったまま、返事を急がなかった。治療所だけへ送ると決めた熱が、村全体の火になったように聞かせないためだ。


 ラグナの送流器では、濡れ布が思ったより早く乾いた。ミナが管の目盛りへ顔を寄せる。


「流出が大きい。半分閉じます」


 管理人が弁を戻す。銅管が一度鳴り、青の冷却灯の明るさが落ち着いた。閉じすぎれば治療所の補助具が止まる。開けすぎれば、同じ枝のどこかが先に冷える。


 ノアは三本の流路へ、決めていた時刻の鐘を求めた。ミレア治療所は二鐘。北坂の共同井戸は一鐘。西村の製粉所は、石臼が回る間だけ三鐘。


 北坂から一鐘が届く。井戸の汲み上げ具は遅くなったが、まだ動く。


 ミレアから二鐘。老人の補助具は続いている。


 西村からは、三鐘が来ない。


 レントは伝声石へ顔を寄せた。返事の代わりに、石と石が擦れる音が一度だけ低く伸び、そこで切れた。


『ブラムだ。灯が落ちた。臼を止める』


 遠い場所で、石臼の回転が止まった。


 伝声石の向こうで、ブラムが石臼の下へ手を入れる音がした。止まった臼の隙間から、まだ粉になっていない麦を掬い、布袋を外している。


『白い袋は粉。茶の袋は麦だ。混ぜるな』


 彼は誰かへ言いながら数えた。粉は西村に三袋、北坂へ一袋半、ミレアへ一袋。未挽きの麦は六袋あるが、朝まで臼が動かなければ鍋へ回すしかない。


『粉だけなら、明朝のパンは三十七軒分足りない』


 レントは弁へ手を伸ばしかけた。送流を戻せば臼は動くかもしれない。だが伝声石のもう一方で、カナが老人の呼吸を数えている。


『補助具は動いてる。熱の子はまだ震えてる』


 どちらかだけを聞いて弁を戻せない。レントは管理人へ手を上げた。


「次の判断は、半刻後。臼の袋数と、治療所の脈をもう一度聞くまで、弁はこのまま」


 ブラムが粉袋の口を結び、カナが湯袋を替える音が、同じ伝声石から別々に届いた。


 西村では、朝の粉を受け取りに来た母親が空袋を抱えたまま立っていた。臼が止まったと聞いても、子どもの朝粥を待つ家へ空のまま戻れない。


 ブラムは未挽きの麦袋を一つ開け、家ごとに小さく分けた。


『家庭の小臼がある家へ回せ。粉にはならん。粗く挽いて、今夜は粥にしろ』


 母親は麦の入った小袋を受け、空袋を折り畳んだ。明日のパンはない。それでも鍋へ入れるものを持って帰る。


 ラグナで、レントは送流器の横に置いた札を裏返した。片面には「治療所送流、成功」と書かれていた。裏には、墨で「未完了」とあった。


 患者の補助具は動いた。だが粉袋は足りず、家の小臼へ麦を分けている。どちらかを見ない札のまま、弁を次へ回すことはできなかった。


 半刻後、ノアが砂時計を伏せた。


 まずミレア治療所へ繋ぐ。カナは老人の胸の補助具を外して脈を取り、熱の子の額へ新しい布を当てていた。


『老人は眠った。子の震えも減った。送流を切れば、また下がると思う』


 次に西村。ブラムの返事の後ろで、家庭用の小臼がぎいぎい鳴っている。


『三十七軒分は挽けん。小臼は一軒ぶんを半刻かけて、やっと粥にする程度だ』


 送流を続ければ治療所は守れる。続けなければ石臼が戻るかもしれない。エマは伝声石へ手を伸ばした。


「ブラムさん。送流を続けさせてください」


 言ってから、続けた。


「西村へ熱を返す時刻は、私が村の名で聞きます。粉が足りない家と、麦を受け取れた家を教えて。次の半刻に、治療所の脈と一緒に読み上げる」


 ブラムはすぐに答えなかった。石臼の前で、未挽き麦の袋を数えているらしい。


『条件がある。西村の粉を、ミレアの子だけへ隠して回すな。足りない三十七軒を、同じ紙へ置け』


「置きます」


『次の半刻で、治療所の子が安定しているなら、十分の一でも熱を返せ』


「ミナさんと確認して、返せる量を伝えます」


 エマは返事を終え、伝声石をノアへ渡した。弟を守る熱を求めながら、粉を待つ家の数も自分の声で聞く。村長代理の札は、懐ではなく机の上に置かれていた。


 エマは伝声石を取り直した。


「ミレア治療所、炉番のカナさん。送流を受けた老人と熱の子を見ている」


 次に西村へ向ける。


「西村、製粉所のブラムさん。粉を待つ三十七軒の代表として聞いている」


『聞いた』


 ブラムの声が返る。


「次の半刻で、カナさんの側だけを残したことにしない。三十七軒の粉だけを後回しにしたことにもしない。脈と袋を、同じ刻に聞く」


『なら、袋を数えて待つ』


 カナも、炉の脇から一度だけ鐘を鳴らした。


 ブラムは空袋へ、次の確認刻を炭で太く書いた。


 製粉所が停止した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。