第2巻 第三十八話 二重照合
ミナは、余った一行を指で押さえた。
紙の端に、ユナの字で「オルダ・ミレア」とある。本人は目の前にいる。川の道を案内し、徒歩班と一緒に仮設台へ着いた。それでも王都の出発記録にも、ラグナの住民台帳にも、その名を受ける欄がない。
「出発門は、どこですか」
ミナが尋ねると、オルダは濡れた靴を見た。
「門は使っていない。村から川沿いを歩いた」
「では、到着門は空欄のままにします」
「空欄なら、着いていないことになるのか」
「いいえ。徒歩到着と別に書きます。門を使っていない人へ、門の名を作らないためです」
余った一行は、人数の間違いではなかった。現地から歩いてきた住民を、旅客名簿だけでは受けられないという不一致だった。
「出発側と到着側を、もう一度分けます」
彼女は三枚の板を置いた。一枚目は王都中央門の出発記録。二枚目はラグナの本来の到着記録。三枚目は、ユナがミレアで作った滞在記録だ。
さらに、細い札を二色に分けた。白は人、茶は荷。一人につき白札を一枚だけ作り、持っていた荷は別の茶札へ書く。名前が同じでも先に重ねない。
出発側は、王都の門役が読んだ名をノアが読み上げる。到着側は、仮設台か搬送先で本人から聞いた名をミナが読む。二人の声が同じになってから、間に一本の紐を渡す。年齢や綴りが違えば、紐を結ばず机へ残す。
「ゲイル・ハル。王都中央門」
「ゲイル・ハル。西荷役門から先行帰還。治癒院で本人確認。ミレア滞在」
「荷、なし」
「子供の鞄を一時所持。持ち主へ返却」
白札はつながり、茶札は子供の行へ戻る。一つ済むたび、到着確認の鐘を鳴らさない。音で急かされると、疲れた旅客が前の答えをまねるからだ。代わりにミナが紐の結びを指で引き、外れないことを確かめた。
母子の姓は、王都側で母だけが記されていた。子供は「同伴一」とある。仮設台では二人がそれぞれ名を言った。
「同伴一を、子供の名前へ書き換えますか」
書記が尋ねる。
「元の欄は消さないでください。出発時に名前を聞かなかった事実を残します。その隣へ、到着時申告として書く」
母親が子供の肩を抱く。行方不明の数に入っていたのに、出発時の紙では一人の人として名を持っていなかった。
「同じ人を、同じ一行へ先に重ねないでください。名前だけでなく、誰と来たか、何を持っていたか、声を聞いた人がいるかを分けて書きます」
旅客たちは疲れていた。それでも、一人ずつ答えた。最初の王都出発名簿十二名は、初日に宿へ移った十一名と、いま戻ったユナの札がつながった。
ミレア滞在名簿は別に照合する。流れ着いた旅客十二名とユナの十三枚は、先に門から戻った四名、徒歩で戻った九名へ分かれ、こちらもすべての白札がつながった。二つの十二を同じ束へ重ねず、ユナの札だけが双方に関係することを細い青紐で示した。
そのあとに、オルダ、サナ、ルクの札が残る。三人は余った人ではない。門の外から来たため、出発門と到着門の二欄では暮らしていた場所を記せなかった。
次に、ミレアの住民を照合する。王都台帳には村の名そのものがない。ラグナの門番台帳には、廃番七号の近くに「季節小屋三戸」とだけある。戦時台帳には、ミレア集会所、住民二十七、と残っていた。
オルダの名前は、どの台帳にもなかった。サナも、ルクもない。三人は仮設台で自分の名を言い、ユナの滞在記録にも同じ字がある。それでも出発地の欄へミレアと書くと、王都台帳の照合印が押せない。
「印がないと、宿屋へ入れませんか」
サナが尋ねた。宿主はすでに鍵を三つ用意している。だが宿泊費の補償を申請する紙には、誤着旅客か登録住民かを選ぶ欄しかない。
「今夜は入れます」
ミナは答えた。
「補償欄は、どちらにも印をつけません。現地申告と、仮設台到着確認を添えます」
「宿の人が払われないなら、同じことだ」
オルダの言葉に、ミナは紙から顔を上げた。住民を受け入れたと書くだけでは、宿主へ損を移して終わる。
ディーンが停止席の紙を持ってきた。
「誤着救助の仮払いへ入れる。村の登録が決まるまで宿へ立て替えさせない」
「組合が払うのか」
「組合と守備隊で半分ずつ。どちらの責任かは、その後で争う」
セラが確認印を置いた。未登録だから支払えない、という順を逆にする。今夜眠る場所を先に確保し、責任の線は人を外へ出さずに引く。
「二十七人」
オルダが言った。
「いま、村に残っているのは十九人だ。冬前に山へ移った者もいる。死んだ者もいる。だが、三戸ではない」
サナがパン種の袋を握る。
「村が無いことになっているなら、今年の薪も、小麦も、誰が数えるの」
ミナは十九人の内訳を、オルダの口から聞いた。歩ける大人、寝床から動かせない老人、子供、山の小屋へ移った者。名前を急いで現行台帳へ登録済みとはしない。だが人数だけを「十九」と書けば、薪を割る手と、火を必要とする身体の違いがまた消える。
「井戸は一つ。冬は凍るから、集会所の炉で雪を溶かす」
ルクが言った。
「薪は、あと何日」
「乾いた分は十二日。濡れたのを割っても、ひと月はない」
ミナは到着板とは別に、現地確認の板を作った。住民名、冬の滞在先、火、水、食料。正式な登録を待つ間にも、十二日後の炉は消える。その期限を、未登録の一語の下へ隠さない。
サナは宿屋の炊事場を借り、持ってきたパン種へ粉を足していた。村へ戻すまで火を絶やせば、次のパンが焼けないという。宿主は帳簿にない村の種を自分の粉でつなぐ代わりに、使った量を仮払い札へ書いた。ここにいることを記す作業は、今夜の食事からすでに始まっている。
焼き上がった最初の小さなパンは、名簿を取る机ではなく、宿の奥で眠る子供へ運ばれた。
ミナには答えられなかった。術式の数字は読める。灯の意味も、止める条件も知っている。でも、記録から消えた人へ、どうやって水や薪を届けるかは、今日の門の操作だけでは決まらない。
ノアが戦時台帳を閉じた。
「まず、現地確認をします。ミレアを地図へ戻すと書く前に、住民と冬の必要を確認する」
「また紙を増やすのか」
オルダの声には疲れがあった。
「増やします。ただし、あなたたちがいない紙にはしません」
ミナは到着札の新しい欄へ、ミレア住民・現地申告、と書いた。仮の呼び方だ。登録済みとは書かない。未登録とも書かない。ここにいて、何を必要としているかを、次に確かめるための印だ。
次に、門前で使う到着板を作り直した。人の名、出発門、到着門。その横に、本人確認と到着側確認の二つの空欄を置く。荷は同じ板へ書かず、別札の番号だけを添える。
「出発側の印があれば、到着側は要らないと思っていました」
若い書記が言う。
「今回、出発側にない子供の名が到着側にありました。到着側にないユナさんの名を、出発側だけで見つけられませんでした」
ミナは二つの空欄へ、まだ印を押さない。
「どちらかが正しいと決めるためではありません。違ったときに、人がどこまで来たか探せるように、両方を残します」
門は閉じた。だが、名前はまだ閉じない。
その日の夕方、三枚目の板へさらに一行が加わった。ミレアの冬季配給欄は空白だった。空白の横に、王都からの割当番号だけが残り、供給量は、ゼロと記されていた。




