↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
77/400

第2巻 第三十七話 同じ場所へ

蓮人は、仮設台に並べた空の毛布を数えた。


 白い輪を一度開いたが、人は通さなかった。戸板を近づけた時点で赤の警報灯が点き、テオとミナが止めた。門を開けたことではなく、人を危険へ入れる前に閉じたことが、最初の結果だった。


 先に西門の隙間から戻ったゲイル、マルタ、エド、ルウは、すでに治癒院にいる。四人の到着札は仮設台の左端へ留め、これから徒歩で来る九人とは重ねない。ミレアから同行する住民三人には、出発門のない別札を用意した。


 毛布は十二枚。治癒院へ直行する者の荷車を一台、宿へ向かう者の荷車を一台。足を洗う湯と、名前を聞く前に渡す温かい茶。人が来る前に受け入れの順を決めても、傷と家族を見れば変える。そのため、白い布で三つの待機場所だけを作り、誰の名も先に書かなかった。


 リオは左の荷台へ、ミレアから先に届いた品を並べた。子供の鞄、片方だけの靴、青縄で括られた小箱、持ち主不明の布袋。ゲイルが持って出た子供の鞄は、本人が戻るまで封をせず、見つけた場所だけを札へ書く。


 伝声石が鳴った。セラだ。


『徒歩班、ミレア住民と合流。滞在名簿の残りは九人。負傷者一人を担架、ユナを含む八人は歩ける。ミレアの住民三人は別に数える。北門まで一刻半』


 蓮人は息を吐いた。先に門から戻った四人と、徒歩班で来る九人。ユナの滞在名簿十三人は合う。ミレアの住民三人は、出発門のない別札で受ける。


「住民三人の位置は」


『集会所に、オルダとルク。薪と火を見てから追う。サナはパン窯を消してから来ると言っている』


「三人とも、こちらで受けます」


『伝える』


 石の向こうで水が跳ね、誰かが「上げる」と号令した。蓮人はセラへ急かす言葉を飲み込む。


「担架の状態は」


『脚を固定。斜面は二本縄で上げる。熱のある者へ残った湯を渡した。歩ける者は子供を挟んで一列』


「こちらは北門外に荷車二台。治癒院一台、宿屋一台。到着した順に分けません。傷を見て乗せます」


『了解。ユナが名簿を読んでいる。曲がり角ごとに人数を数え直す』


 伝声石が切れたあと、蓮人は仮設台の外へ白い布を三本張った。右は治療を急ぐ者、中央は湯と毛布を受ける者、左は荷を探す者。人を分類して置き去りにするためではない。到着直後に全員が同じ机へ群がり、負傷者の道を塞がないためだ。


 リオは左の台へ、ミレアから先に届いた荷を並べた。子供の鞄、片方だけの靴、青縄で括られた小箱、持ち主不明の布袋。荷札が読めない物には勝手に名を書かず、見つけた場所だけを添えた。


「ユナのは」


「まだない」


 リオは小箱を二度見てから答えた。妹の物を先に探す手が動きそうになり、そのたび別の荷へ戻る。待つ間にも、帰ってくる人の場所を作っていた。


 レントは紙へ数字を書きかけて、手を止めた。三人は、救出の対象である前に、村の火を消し、戸を閉め、自分の暮らしを残してくる。急げとだけ言えるものではない。


 東門の方から、薬便を受けた王都の返書が届いた。トーマ老人は薬を飲み、息が楽になったという。リオがその文を読んで、目を閉じた。


「よかったな」


 蓮人が言うと、リオは頷いた。


「よかった。でも、まだ妹は来てない」


「はい」


 どちらかの喜びを、もう一方の不安で消さない。蓮人はそう思ったが、言葉にしなかった。


 午前の終わり、雪が降り始めた。細い粒が仮設台の板へ落ちる。守備隊が道の方角から現れ、担架の前後を支えていた。その後ろに、青い紐を腰へ巻いたユナがいた。


 最初に見えたのは、セラの赤い外套ではなく、木々の間を上下する担架の竿だった。前の兵が泥へ滑るたび、後ろの兵が腰を落とす。担架の男は戸板ごと布縄で固定され、片手に自分の靴を抱えていた。


 仮設台の兵が駆け出しかける。


「道を空けろ。迎えは布の内側で」


 蓮人が止めた。狭い坂へ人が増えれば、最後の数歩で担架を傾ける。治癒師が右の白布の内側に膝をつき、運ばれてきた者の顔色を遠目に見る。


 担架が台へ着く。次に、熱のある旅客がオルダの肩を借りて歩いてきた。その後ろでは、二人の子供が一本の青い紐を間に持っている。片方が遅れると、もう片方も止まる長さだ。ユナは列の最後尾ではなく、曲がり角へ残る人がいないか振り返れる位置を歩いていた。


 リオは走った。ユナも走りかけ、すぐに隣の子供の手を離さないため歩き直す。兄妹は仮設台の手前で抱き合った。ユナは泣かなかった。リオの肩へ額を押しつけ、名簿を潰さないよう背中の後ろへ手を回した。


「待たせた」


「薬、届いた?」


「届いた」


「よかった」


 最初の言葉がそれだったことに、リオは何も返せなかった。


 リオは妹の顔を両手で確かめるように見た。煤で黒い頬、切れた唇、右手の指へ巻かれた布。


「手は」


「薪で擦っただけ。先にあの人の脚」


 ユナは抱きついた腕を解き、担架の方へリオを向けた。再会を短くしたのではない。自分が戻るまで守ってきた順番を、ここでも終わらせようとしている。


 治癒院の荷車が負傷者を乗せて出る。門前の石を越えると車体が大きく揺れ、荷役が左右から支えた。母子を乗せた車は、その後ろへつく。宿屋へ向かう者には、宿主が乾いた履物を籠ごと持ってきた。


 薬便の返書を握っていたリオは、荷車が曲がるまで見送った。トーマ老人へ薬が届き、ミレアの負傷者が同じ治癒院へ向かう。先にしたものと後にしたものが、ようやく一つの道へ入った。


 セラはオルダたちの前へ立つ。


「ここへ来た者は、到着確認をする。台帳にない人も同じです」


「門の役人に、村へ帰れと言われないか」


 サナが聞いた。パン窯の煤が頬へ残っている。


「帰るか、ここへ残るかを、いま決めさせることはしない」


 ノアが答えた。


「まず、あなたたちがそこにいたことを記録します」


 人が一人ずつ、仮設台へ入り、名前を言う。出発門。到着門。家族。持ち出した荷。リオは荷役の目で、青縄の束を見分け、持ち主へ返す。サナの布袋には、パン種が入っていた。オルダの背には網。ルクは、薪割り斧を持っている。


 子供の鞄は本人へ戻ったが、中に入っていた赤い手袋が片方足りない。ユナが名簿の余白を見る。


「集会所の炉の横。熱のある人へ貸した」


 母親が荷車の中から、毛布の下を探した。赤い手袋が出てくる。子供は受け取ろうとして、母親の冷えた手を見て首を振った。


「治るまで貸す」


 荷札では追えない貸し借りを、ユナが名簿へ小さく書く。荷を元の持ち主へ戻すことと、必要な人からすぐ取り上げることは同じではない。


 青縄の小箱は、誰も名乗り出なかった。リオが縄の結びを見る。


「これは王都の荷役結びじゃない。ミレアで結び直してる」


 ルクが箱の側面を確かめた。


「集会所に流れてきた薬瓶だ。割れなかった分をまとめた」


 薬師が封印を見て、治癒院へ送る荷の板へ移す。出発した荷、誤着した荷、現地でまとめ直された荷。それぞれの経路を分けて書き、最後の受取先だけを同じ治癒院へつなげた。


 ユナが紙束をノアへ渡した。


「こっちで書いた名簿。着いた人と、途中で来た人」


 ノアは元の旅客名簿と並べた。蓮人は横から見ないようにした。今は、数の合わなさより、到着した人へ湯を渡すほうが先だ。


 湯の椀が全員へ回り、最後の荷車が治癒院へ出たところで、蓮人は三枚の板の前へ戻った。出発した人、門から戻った人、徒歩で戻った人。ユナがミレアで新たに書いた人。数字だけを先に足さず、一行ずつ声と荷を重ねる。


 それでも、ミナの呼びかけが聞こえた。


「レントさん。旅客と案内係の照合は合いました。でも、到着札が余ります」


 雪が紙の端を濡らす。


 ユナがミレアで作った滞在名簿は、ユナ自身と流れ着いた旅客十二名の十三名。先に門から戻った四名と、徒歩班で戻った九名を合わせ、十三人は名前と声まで揃っている。


 王都の最初の出発名簿も別に照合した。十二名のうち、十一名は初日に北の旧巡礼門から宿へ移っている。残るユナがいま戻り、こちらも全員の所在が揃った。名簿外で到着した薬種商グレイは、出発名簿へ混ぜず、別札のまま確認を続ける。


 蓮人はそこで初めて、ユナへ「全員戻った」と伝えた。


 だが、徒歩班にはミレアから歩いてきた住民が三人いる。旅客名簿に載らないのは当然だった。それでも仮設台の到着札へ名前を書けば、王都とラグナのどの住民台帳にも照合先がない。


 紙の最後に余った一行は、オルダ・ミレア。出発門も到着門も、空欄だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。