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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第2巻 第十四話 冬種の期限

冬種は、見た目だけならただの灰色の袋だった。


 レントは南門の外で、その袋を荷車から下ろす手伝いをした。転移門が止まり、種籾は北の乾いた倉から陸路で来た。車輪には泥が厚く付き、御者の頬は風で裂けている。袋の口を開けると、籾からまだ冷たい土の匂いがした。


「一日遅れた」


 農夫の女、ハナが言った。


 怒鳴ってはいない。ただ、手のひらで籾をすくい、指の隙間から落とす。その落ち方を見ていた。


「蒔けば育ちますか」


 レントは尋ねた。


「育つよ。育つから困る」


 ハナは袋の口を縛り直した。


「遅れた分、穂が出るのも遅れる。秋の雨に当たる。収穫が三日ずれれば、脱穀場が他の畑と重なる。四日なら、干す場所がない」


 門が止まって一日。帳簿の損失欄なら、運賃と御者の日当で済む。だが畑では、一日の遅れが秋の作業台の順番まで動かす。


 ハナは息子へ麻布を投げた。


「西畑から蒔く。水口は開けるな。土が重い」


 少年は受け取り、走った。家の裏では祖父が鍬を研いでいる。足を傷めているらしく、畑へは出ない。その代わり、縄で印をつけた細い杭を並べていた。


「門が開けば、明日には取り戻せると思っていた」


 ハナが言う。


「でも畑は、開いた日に戻らない」


 レントは返す言葉を持たなかった。


 彼らは畑へ入った。土はまだ湿り、靴が沈む。ハナは籾を一握りずつ、間を空けて落としていく。急げば撒きむらが出る。撒きむらが出れば、後で刈る手が余計にいる。急ぐために手順を崩すと、遅れの形だけが変わる。


 荷車の隅に、余った袋が二つあった。隣村へ回す分だという。


「あちらも待っている」


 御者が言った。


「日が傾く前に着かなければ、あの畑も一日遅れる」


 ハナは袋を見た。自分の畑に足りないわけではない。けれど種が余ったのではなく、遅れが増えていく先を、彼女だけが押し戻している。


「この車を使って」


 彼女は自分の荷車を指した。


「うちの馬は休ませる。隣へは、二人で押していけ」


「それでは明日の薪が」


 息子が言う。


「薪は朝に運ぶ。種は朝を待たない」


 レントは袋の数と、畑の筋を目で追った。淡い線が何本も見えても、どれが正しい順番かは教えてくれない。畑の持ち主が、翌日の薪と秋の乾燥場を比べて決めることだけが、この場で確かなことだった。


 ハナは荷車の柄を持ち、隣村へ回す袋を自分で押し出した。


「門を止めた人へ言って」


 彼女は振り返らずに言った。


「早く開けろ、とは言わない。何を先に通すか、畑にも聞いてから決めて」


 西畑へ落ちた籾は、夕方までに土へ隠れた。


 帰り際、ハナはレントへ小さな布袋を渡した。中には蒔けなかった割れ籾が入っている。


「これは食べる。畑へは出せない」


 袋は軽い。けれど、遅れた日に土へ入れれば、芽がそろわず、あとで畑の手を奪う。門の停止は、届かなかった袋だけでなく、届いても使えなくなった粒を作る。


 レントは受け取らなかった。


「代替輸送の紙に、種は『一日以内』と書きます」


「紙に書けば早くなるのかい」


「早くならない。遅れたとき、誰の都合で後ろへ回したかを、畑の外で決めないためです」


 ハナは少し考え、布袋を自分の腰へ戻した。


「なら、次は畑の名も書いて」


 彼女の息子は隣村への荷車を押して、もう見えなくなっていた。西畑には、夕陽の斜めの光が落ちている。土の中の籾は、門が止まったことを知らずに、季節の方へ進む。


 日が落ちる前、ハナの祖父は畑の端で杭を一本抜いた。遅れて蒔いた区画の印だという。そこだけは早い品種に替える。収穫量は少し落ちるが、全部の畑が同じ日に重ならないようにするためだ。


「種が来なければ、選べなかった」


 老人は言った。


「来たから、遅れ方を選べる」


 レントは、その言葉を手帳へ書かなかった。代わりに、御者へ隣村の到着予定を聞き、ハナの息子が戻るまで待った。予定より遅れていたが、袋は渡せたという。向こうも西畑から蒔くことにしたらしい。


 誰かの損をゼロにはできない。だが、どの畑へ遅れを集めるかを、門の前だけで決めないことはできる。レントは帰りの馬車へ、農家二軒の名と、種が必要な刻限を書いた木札を預けた。


 翌朝、レントはハナの家へ、代替陸送の御者を連れて戻った。御者は紙を嫌ったが、種の袋をどの家で何刻待たせたか、口で言うだけでは次の便に残らない。


 ハナは朝露の畑から上がり、濡れた手で木札を受け取った。札には荷の重さでなく、蒔き終える刻が書いてある。隣村、日暮れ前。東の畑、明朝。北の畑、馬を替えて昼前。


「門の順番とは違うな」


「門なら重さと札で並べます。車は、畑で使える時刻で並べたい」


 ハナは札を返さず、軒へ掛けた。


「なら、車が遅れたら、畑の者が止める。来ない荷を待って、勝手に種を替える前に」


 レントは御者へ顔を向けた。御者は渋い顔で、荷が遅れたら一度、荷場へ伝声石を入れると約束した。道で車輪が割れたときも、荷が消えたように扱わないためだ。


 ハナの祖父は、遅い品種の区画へ小さな札を立てた。秋に誰かが「ここだけ悪かった」と言い出したとき、遅れて届いた種を使った畑だと分かるようにするためだ。


 畑は失敗を責めない。けれど手を入れた日を、土の中に残す。レントはその杭の前で、門の再開だけを成功にしてはいけないと思った。


 ハナは昼の鐘で、畑の端へ座り込んだ。休むためではない。蒔いた筋を数えるためだ。西畑は十七筋、遅い品種へ替えたのが四筋、まだ土をかけていないのが二筋。指には籾の殻が刺さり、爪の間は黒い。


「今日のうちに二筋終えれば、明日は水を入れられる」


 彼女は自分へ言うように数えた。息子が運んだ水桶は半分しかない。祖父は鍬を研ぐ手を止め、次の筋の杭を打つ。門が開くかどうかは、畑の中央にいる彼らの足を軽くしない。


 レントも一袋を抱えた。肩へ食い込む重さは、荷役場の箱よりずっと軽い。それでも腰を曲げて籾を落とすと、十歩で指が痺れる。ハナは撒きむらを見つけるたび、彼の後ろから足で土を寄せ直した。


「急ぐなら、急ぐところを選びな」


 言われて、レントは袋を置いた。自分の手を増やすより、次の荷車が道で止まったとき誰へ知らせるかを決める方が、この畑には役立つ。


 夕方、隣村から使いが来た。種は届いたが、馬車の車輪が泥へ沈み、薪を運ぶ荷車を借りたという。ハナはその話を聞き、残った二筋を翌朝へ回した。今日のうちに全部を終えるより、隣村の車を返して明日の種を動かす方を選んだ。


 畑の遅れは、土だけで数えるものではなかった。


 夜、ハナは家の戸口で、濡れた靴を脱いだ。足の裏には泥が固まり、指の間が白くふやけている。夕餉の椀を持つ手も震えたが、食べ終えるとすぐ、翌朝の水口の札を書いた。祖父の文字は小さく、息子の文字は大きい。三人の字で、どの畑をいつ見るかが並ぶ。


 レントはその札を見て、代替輸送の予定に「到着」だけでなく「受渡し後の作業」を書くことにした。種が着いた瞬間に仕事は終わらない。袋を開け、畑へ出し、蒔ける人の手が残って初めて、遅れを小さくできる。


 ハナは灯を消す前、戸口の外の荷車を見た。隣村へ貸した車はまだ戻らない。明日の薪は少ない。それでも彼女は、荷車を返せと言わなかった。次の畑の一日を、ここで取り返そうとしなかった。


 朝の前、ハナは一度だけ戸を開け、畑の方を見た。霧で筋は見えない。それでも、昨日蒔いた場所と、今日蒔く場所は、足の裏が覚えている。


 レントは御者へ、荷が着かないときは荷主ではなく畑の札へ知らせるよう念を押した。荷場へ届いたという言葉だけで、農家が待つ時間を始めないためだ。


 祖父は鍬を肩へ載せ、暗いうちから西畑へ出た。遅れた種を待つのでなく、届いた種に追いつく手を動かすために。


 霧の中で、隣村の荷車の鈴が一度鳴った。ハナは立ち止まらず、次の筋へ籾を落とした。届く荷を見に行く者と、畑に残る者を、家族の中で分けた。


 ハナの手は冷えていた。それでも袋の口を閉じ、次の種を濡らさないよう軒へ移した。遅れた日にも、翌日のために守るものがある。


 遠くで朝の鐘が鳴り、畑の土が少し明るくなった。ハナはその音を合図に、次の袋を開けた。


 籾は、静かな土へ落ちた。


 その日の畑には、遅れた筋と、遅れを分けた筋が残った。


 一日遅れれば、収穫期がずれる。

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