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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第2巻 第十話 門番の復唱

朝鐘のあと、蓮人が東門へ着くと、試験は始まっていなかった。


 門役が七人、石輪の前に並んでいる。


 ミナは門を動かさず、札を読むところだけを一人ずつ再現させていた。


「ラグナ東門前。旅客門二番。受け入れ先、東門宿場」


 一人目の門役が読む。


 札を台へ置く。


 右手で出発印を確かめる。


 左手で呼び鈴の綱を一度引く。


 鐘は鳴らない。試験のため、綱は途中で外されている。


「次」


 二人目。


 読む言葉は同じだった。


 札を置く向きが違う。最初の門役は文字を自分側へ向け、二人目は旅客側へ向けた。


 三人目は、呼び鈴を二度引いた。


「いつも二回ですか」


 ミナが尋ねる。


「一度目で門役、二度目で旅客へ知らせます」


「規則では一回です」


「人が多い便は聞こえないことがある」


 ミナは責めずに記録した。


 同じ手順書を使っていても、実際の動きは一人ずつ違う。


 蓮人は列の後ろから見る。


 札の読み方。


 置く向き。


 鐘の回数。


 指を離す順番。


 門を動かさない試験では、どれも結果を変えない小さな癖に見える。


「昨夜の試験は、誰が出発側と話しましたか」


「私です」


 四人目の門役が手を上げる。


「受け入れ側の読み上げは」


「管理所から届いた札を、そのまま」


「復唱は」


「出発側が行き先を読み、こちらが同じ名を返しました」


「それ以外に言ったことは」


「荷の重さ、箱数、封印」


 蓮人はミナの記録へ目を落とす。


 昨夜の試験箱二つは、現役門へ正しく着いた。同時に廃門が同じ荷札を浮かべた。


 荷札そのものだけでなく、読み上げた言葉が二つの門へ届いた可能性もある。


「出発側と受け入れ側で、同じ手順を再現できますか」


「伝声石で王都へつなぎます」


 ノアが応じた。


 王都地下荷役門の門役が石へ出る。


『試験札、確認』


 東門の門役が昨夜と同じ位置に立つ。


『送り先、ラグナ東門前。荷送門一番』


「受け入れ先、ラグナ東門前。荷送門一番」


『荷主、東門管理所』


「荷主、東門管理所」


『荷姿、樫箱一。鉄留め二。封印なし』


「荷姿、樫箱一。鉄留め二。封印なし」


 ミナは声の順番を記録する。


「昨夜と同じですか」


「同じです」


 門役は答えた。


 壁際にいたリオが首を振る。


「違う」


「どこが」


「昨夜は、荷姿のあとに縄を読んだ」


「縄?」


「黒黄、青なしって言った」


 門役は眉を寄せる。


「それは到着後だ」


「門が開く前に聞いた」


「記録にはありません」


 ミナが昨夜の紙を確かめる。


 荷姿、樫箱一。鉄留め二。封印なし。


 縄の色は到着確認欄にだけある。


「伝声石に残る音を聞けますか」


 蓮人が尋ねる。


「記録石があれば」


 門役長が棚の下から黒い小石を出した。


 伝声石の会話を、直近三回だけ蓄える補助具だった。


 一回目。


 さきほどの試験。


 二回目。


 西領への緊急持出し連絡。


 三回目。


 昨夜の試験荷。


 石から、小さく割れた声が流れる。


『荷姿、樫箱一。鉄留め二。封印なし』


 間。


『縄、黒黄。青なし』


 王都側の声だった。


 東門の門役が復唱する。


『黒黄。青なし』


 リオの記憶どおりだ。


「手順にない情報が追加されています」


 ミナが言う。


「こちらが求めたのか」


 門役は覚えていない。


 王都側へ聞く。


『青麦印を外した試験だと聞いたので、念のため読みました』


「誰から聞きましたか」


『東門管理所の伝文です』


 ノアが伝文控えを探す。


 試験条件。


 同重量、同箱、青麦印なし。


 縄の色を読むようには書かれていない。


「王都側が気を利かせた」


 門役長が言った。


「よくあることです。札だけでは不安なとき、荷姿を多く読む」


「追加した情報が、旧門へ経路を教えた可能性があります」


 蓮人は黒板へ書く。


 青なし。


 青麦を使わないと伝える言葉が、逆に青麦という経路を呼び出したのかもしれない。


「では、次の試験では縄を読まない」


 ミナが条件を加えた。


「出発側にも、札にある項目だけを読むよう伝えます」


「門役全員で、同じ札を読んでください」


 七人の列が動く。


 ラグナ東門前。


 荷送門一番。


 荷主、東門管理所。


 同じ言葉。


 同じ順番。


 六人目までは、記録石の波が同じ形を示した。


 最後は、門番見習いのテオだった。


 制服の肩がまだ硬い。正式配属から二月だと、門役長が説明する。


「ラグナ東門前。荷送門一番。荷主、東門管理所」


 読み終える。


 札を置く。


 右手で出発印を確かめる。


 左手を呼び鈴の綱へ伸ばす。


 指が止まった。


「どうしましたか」


 ミナが聞く。


「いえ」


 テオは綱を一度引く。


 蓮人の視界に、淡い線が出た。


 乗門札から現役東門へ。


 それだけではない。


 テオの口元から、北の方角へ細い線が伸びている。


 息に混じるほど小さく、何かを復唱している。管理所の記録石が拾う音量より低かった。


「もう一度、同じようにお願いします」


 蓮人が言う。


 テオの顔が強張る。


「失敗しましたか」


「まだ結果は出していません。いまの動きを、同じに」


「同じにしました」


「確認するためです」


 テオは札を取り上げる。


「ラグナ東門前。荷送門一番。荷主、東門管理所」


 置く。


 印へ触れる。


 綱へ手を伸ばす。


 唇が、わずかに動いた。


「……ラグナ、東……」


 最後は息に消えた。


 ミナも気づいた。


「最後に、何を言いましたか」


「行き先を」


「規定の読み上げは終わっています」


「癖です。最後に、もう一度だけ確かめます」


「どんな癖ですか」


 テオは門役長を見る。


 助けを求めたのか、許可を求めたのかはわからない。門役長は険しい顔で、答えるよう顎を引いた。


「行き先を、もう一度」


 テオが言う。


「記録石が拾わないほど小さく?」


「はい」


「同じ名前を?」


「同じです」


 蓮人は断定しなかった。


 見えた線は、嘘を示すものではない。


 テオの微かな声、札を置く順番、鐘を引く手。そのどれかが北の旧巡礼門とつながる候補に見えただけだ。


「同じ癖がある人は」


 門役長が列を見た。


 一人目の門役が手を上げる。


「私も、旅客便では最後に小さく復唱します。聞き間違いを減らすためです」


「同じ札で再現してください」


 一人目がテオと場所を替わった。


 規定の読み上げ。


 札を置く。


 印へ触れる。


 綱へ手を伸ばす。


「ラグナ東門前」


 微声はテオより明瞭だった。


 蓮人の視界では、声から現役東門へ短い線が伸びた。北へ向かう線は出ない。


 違いが、話者なのか、言葉なのか、読み方なのかはまだわからない。


「次の試験は、テオさん以外の門役で」


 ミナが決めた。


 見習いの顔から血の気が引く。


「外すんですか」


「罰ではありません。差がある条件を、一つずつ分けます」


「僕が誤着させたと」


「まだ言っていません」


「でも」


 北の旧巡礼門から、伝声石が入る。


『門枠の残光、再上昇。転移操作なし』


 現役門は動かしていない。


 旧門の上昇が、いまの微声によるものか、昨夜の試験荷が残した遅い反応かもわからない。


 ただ、蓮人の視界では、テオの声から北へ伸びた線だけが、候補として消えずに残っていた。

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