第2巻 第二話 十二人と三台
出発したのは、旅客十二人と荷車三台。
到着したのも、旅客十二人と荷車三台。
転移門管理所の黒板には、左右へ同じ数字が書かれていた。
左が王都中央門。
右がラグナ。
数字の間を、ノアが白い線で結んでいく。
旅客十二名。中央門からラグナ東門前。
荷車三台。王都地下荷役門からラグナ東門前。
同じ行き先。
到着先だけが違う。
旅客は北の旧巡礼門。
荷車は東の廃集積場。
「一つの便と呼んでいますが、出発門も別です」
ノアが言った。
机には、王都から伝送された写しが二束置かれている。旅客用の白紙と、荷送用の茶紙。紙の大きさも署名欄の数も違う。
「王都中央門と地下荷役門は、同じ建物ですか」
「地上の広場と地下の荷捌き場です。管理部署は同じですが、門番と台帳は別です」
「到着側は」
「東門前で人と荷を受け入れる予定でした。旅客門と荷受け門は隣接しています。こちらも門番は別です」
蓮人は黒板に二本目の線を引いた。
人の線。
荷の線。
出発から到着まで一緒だと思っていたものが、最初から分かれている。
「同じなのは便の名前だけですか」
「出発予定時刻、到着予定時刻、行き先、それから青麦回りの指定です」
「旅客にも青麦回りが?」
「旅客名簿の端に印があります」
ノアが白紙の右上を示した。
青い麦穂を輪にした小さな印。荷札に書き足されていたものより薄く、押印の半分が紙の外へ切れている。
「経路指定なら、もっと大きく書くものでは」
「現在の規則では、経路は門が選びます。利用者が指定できるのは行き先だけです」
「でも、印は残っている」
「荷主の組合印として扱われています」
ノアは古い台帳を開いた。
廃止印の下にある《青麦回り》。
王都地下の荷役門から、旧ラグナ下東継場へ伸びる線。その途中で、北の旧巡礼門へ枝が分かれている。
「昔は経路名だった。いまは組合印。見た目は同じ」
蓮人が言うと、ノアはうなずいた。
「正確には、同じものを別の意味で使っています」
管理所の奥では、ミナが乗門札を一枚ずつ布の上へ並べていた。到着した十二人から預かった札である。
真鍮の札は、門を通ると表面の一部が曇る。律式を一度使った印だと、ミナは説明した。十一枚は全面が白く曇っている。
一枚だけ、縁が青く残っていた。
「グレイさんの札です」
薬種商グレイは、管理所の隣室で聞き取りを受けている。名簿にはいなかったが、乗門札は本物だった。
「使用済みではある?」
「はい。ただ、通った門を示す消え方が違います」
ミナは自分の札を隣へ置いた。
「通常は、出発門が外周を、到着門が中央を消します。両方を通れば全体が白くなる」
グレイの札は、中央だけが白い。
「到着門だけを通ったように見えます」
「出発していない?」
「札の記録だけなら」
そのとき、隣室の扉が開いた。
グレイが門番に付き添われて出てくる。小柄な男だった。灰色の外套に乾いた泥がつき、左の靴だけ紐が切れている。
「私は王都から乗った」
聞かれる前に言った。
「朝の鐘が二度鳴ったあとだ。中央門の南列に並んだ。前は巡礼帰りの夫婦、後ろは赤い帽子の娘だった」
「赤い帽子?」
リオが壁際から身を起こす。
「ユナです。案内役は赤い帽子をかぶる」
「名前は知らん。門へ入る前、青い紐を結び直していた」
「妹はどこで列から外れた」
「外れていない。少なくとも、私が見た間は」
リオがグレイへ詰め寄る。セラが二人の間へ腕を入れた。
「順番に話せ」
「私の方が聞きたい」
グレイは自分の乗門札を指した。
「門をくぐったら、知らない森の前だった。巡礼門だと言われた。王都へ戻せと言っても門は止められた。荷も薬種も東門へ送ってある。私だけをここへ飛ばして、商売をどうしろという」
「あなたの名前が出発名簿にありません」
ノアが言った。
「門役へ札も通行料も渡した」
「控えは?」
グレイは外套の内側を探り、紙片を出した。
通行料の受領票。
時刻は、旅客便が出た二刻前だった。
「二刻前?」
ミナが読み直す。
「あなたの説明では朝鐘のあとです。この受領票は夜明け前になります」
「そんなはずはない」
グレイは紙を奪うように取り、目を細めた。
「王都の時計を見た。朝市が始まっていた」
「受領票の日付は今日です」
「なら、門役が時刻を間違えたんだ」
「門を通ったあと、何を見ましたか」
蓮人が尋ねる。
「光だ。転移門なんだから当然だろう」
「色、音、匂い。足元の感触でも構いません」
グレイは苛立った顔をした。
それでも目を閉じる。
「最初は白かった。いつもと同じだ。途中で、麦を煮たような匂いがした」
リオが顔を上げた。
「青麦回りの中継庫だ」
「知っている場所ですか」
「昔、荷を燻蒸した倉庫があった。虫よけに青麦の殻を焚いたって、親方から聞いた」
「途中で立ち寄る経路?」
「荷だけだ。人は通さない」
グレイは首を振った。
「私は歩いていない。白い光の中に立っていただけだ」
「匂いのあと、何がありましたか」
「床が揺れた。誰かが後ろからぶつかった。振り返ったら、赤い帽子の娘がいた」
リオの指が、肩の縄へ食い込む。
「ユナは何をしてた」
「子どもを抱えていた。列にいた子だ。泣いていたから、娘が抱き上げたんだろう」
「その子は、旧巡礼門へ着いています」
セラが到着名簿を見る。
七歳の男児。母親とともに保護済み。
「ユナさんは?」
「もう一度、光が強くなった。次に見たとき、私は森の前に倒れていた。娘はいなかった」
リオが机をたたいた。
並べられた乗門札が跳ねる。
「途中にいたんだ。ユナは途中まで来てた」
「グレイさんも、途中から入った可能性があります」
蓮人は青く残った札の縁を見る。
出発門の記録がない。
到着門の記録だけがある。
「私は中央門から乗ったと言っている」
「嘘だとは言っていません」
「なら、どういう意味だ」
「中央門から入ったのに、札は別のことを示している。どちらかを先に正しいと決めないという意味です」
グレイは不満そうに黙った。
ノアが受領票を、出発台帳の時刻へ重ねる。
「二刻前、王都地下荷役門から薬種箱が一つ出ています」
「私の荷だ」
「荷主名はグレイ・トルム。経路指定は青麦回り。到着先はラグナ東門前」
人の名簿にはいない。
荷の台帳には名がある。
グレイ本人は旅客門から乗ったと話し、札には到着門しか記録されていない。
「荷主の名前が、人の代わりに経路へ入った?」
ミナがつぶやく。
蓮人の視界に、淡い線が生まれた。
グレイの乗門札。
薬種箱の荷札。
二つの間を細い光がつなぐ。
答えではない。
同じ名前が両方に書かれているという、見落とせない関係だった。
反対側には、ユナの名簿行がある。
彼女の乗門札はない。
代わりに、リオが持つ青い案内紐と、旅客名簿の青麦印へ弱い線が伸びていた。青という色が同じだから見えているだけかもしれない。
蓮人は目を閉じた。
見えた線を、事実へ戻す。
「旅客名簿と荷の台帳で、同じ名前、同じ印、同じ番号を全部拾えますか」
「やります」
ノアが二束の紙を分けた。
「ミナさんは札の使用記録。リオさんは、縄の色と荷役の慣習を教えてください」
「俺はユナを捜す」
「そのために必要です」
リオはすぐにはうなずかなかった。
壁に貼られた到着名簿を見る。
「全部話したら、捜索へ連れていけ」
セラが答えた。
「安全が確認できればな」
黒板の左と右には、同じ数字が残っている。
十二人と三台。
その下へ、ノアが小さく二行を書き足した。
旅客経路印――青麦輪、半印。
荷送経路印――青麦輪、全印。
同じ便に押された二つの印は、濃さだけでなく、麦穂の向きが逆だった。




