表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/215

第三十九話 朝市の鐘

翌朝、市場で最初に売れたのは魚ではなかった。


 氷だった。


「薄いの三枚で銅貨一枚!」


「北通りはまだ冷蔵箱が半分だ! 持って帰って桶へ入れな!」


 氷屋が板氷を布で包み、列へ渡していく。魚屋は昨日売れなかった川魚を塩へ漬けていた。隣のパン屋では、発酵しすぎた生地を薄く伸ばし、硬焼きパンとして並べている。


「祭り用より安いよ!」


 店主が声を張る。


「形は悪いが、スープには入る!」


 子どもが一枚買い、その場で割った。


 乾いた音がする。


 朝市は、いつもの品揃えではなかった。それでも人は歩き、値段を尋ね、銅貨を渡していた。学校の教師が、十人ほどの子どもを二列にして市場を横切る。


 校舎の北棟は結界停止中に窓を割られ、まだ使えない。午前は南棟と組合会館へ分かれ、午後は休校にして家の片づけを手伝うことになったという。


「赤い縄から出ない。帰りの合流場所は井戸前。家族が迎えに来ても、名簿へ印がつくまで列を離れない」


 教師が言うと、先頭の少女が後ろへ同じ言葉を伝えた。


 授業は戻った。


 元の時間割ではなく、次に迷子を出さない手順ごと戻ってきた。


 北塔の上で、小鐘が鳴る。


 市場再開の合図。


 今度は三度とも鳴った。


 蓮人は通りの端に立っていた。昨日まで町を覆っていた歓迎紋はない。王都使節団の旗も、祭り広場の大照明も撤去されている。


 代わりに、各店の軒先へ小さな札が下がっていた。


『北流路・半分』


『冷蔵箱・一列のみ』


『井戸水・飲用優先』


 何が使えるか。


 何をまだ使わないか。


 誰にでも読める言葉で書かれている。


「読めないのは、お前だけだな」


 セラが隣で言った。


「数字は少しわかるようになりました」


「札を逆さに持っていたぞ」


「あれは店の人が渡した向きです」


「言い訳が増えたな」


 セラの左腕には、また白い布が巻かれていた。十三分の戦闘で、治りかけた傷を開いた。


 剣は鞘に収まっている。


 刃へ火をまとわせた術者魔力は使い切り、今日は小さな火花も出せないという。


「腕は」


「昨日より上がる」


「治癒院へ」


「行った」


「本当に?」


「確認したければ医師へ聞け」


 蓮人は口を閉じた。


 セラが横目で見る。


「聞きに行かないのか」


「担当者の報告を信じます」


「少し気味が悪いな」


 治癒院の前では、五つの寝台に使っていた蓄魔石が日光に干されていた。一つずつ、残量と使用時刻を書いた札がついている。窓際の寝台にいた老女は目を覚まし、娘に支えられて湯を飲んでいた。


 供給が戻ったから、すぐ元気になったわけではない。それでも呼吸のたびに床の光が弱くなることは、もうなかった。北塔の点検口では、リクとハンスが仮固定具を正式な部材へ替える寸法を取っている。


 ガルドは二人の後ろに座っていた。


 口は出す。


 工具は持たない。


「そこは三分残せ」


「二分で足りる」


「熱が入ったら詰まる」


「革を厚くします」


「厚くすりゃ水を吸う」


 言い合いながら、最終寸法はリクが紙へ書いた。


 ガルドは消さなかった。


 代官庁前には、昼前から人が集まっていた。王立監察官イザーク・ヴァレインが、調査結果を読み上げるためだ。


 玄関前に机が置かれている。


 その上には、三部の封印文書。切断した結晶線。警報閾値の変更命令書。そして、ガルドの革張りの手帳。


 ノアが一つずつ封印を照合した。


「三部、同文です」


 声は少しかすれていた。


 命令原本を公開したことで、代官庁書記官としての任用は停止されている。監察が終わるまで、給与も出ない。それでも彼は机の前から退かなかった。


 イザークが文書を閉じる。


「ラグナ代官バルガス・エンデルを、本日付で罷免する」


 広場がざわめいた。


 歓声を上げた者がいた。


 黙っている者もいた。


 市場の一部からは、不安そうな声が上がった。


「冬の配給は誰が決める」


「祭りの損失補償は」


「次の代官が来るまで税はどうなる」


 代官一人がいなくなっても、町の仕事は消えない。バルガスは玄関の脇に立っていた。


 宝石の指輪は外されている。


 昨日まで彼の後ろにいた庁員は、一人もそばにいなかった。


「異議は」


 イザークが問う。


「ない」


 バルガスは答えた。


「命令書へ署名した。報告件数を減らせと命じた。新型冷却核の接続も、私が急がせた」


 住民から罵声が飛んだ。


 バルガスは顔を上げなかった。


「ただし、監察官殿」


「何だ」


「障害を正直に九件報告した年、王都は北辺予算を二割削った。故障が多い町へ新しい設備を与えても無駄だ、と」


 広場が静かになる。


「翌冬、保守職人を二人減らした。蓄魔石の交換を延ばした。私は同じ査定を受けないため、報告を三件へ抑えた」


「それが住民を危険にさらした責任を消すと思うか」


「思わない」


 バルガスは初めて顔を上げた。


「だが私だけを替え、査定表を残せば、次の代官も同じ数を作る」


 イザークはしばらく彼を見た。


「その点も調査対象に入っている」


 監察結果の続きが読み上げられる。障害報告件数を予算査定へ直接使用していた王都規則。異常を申告した職員を守る制度がなかったこと。


 夜間三設備を一人で巡回させた人員配置。王都規格と辺境規格の接続試験を定めていなかったこと。停止責任者を置かず、事故後にだけ責任を求める契約。


 結界庁主任は停職。


 北塔の新型冷却核は、王都技師を含む再試験が終わるまで使用禁止。ラグナには、半年間の臨時監察班が置かれる。


「最後に」


 イザークが蓮人を見た。


「クゼ・レント」


「はい」


「貴殿を、ラグナ辺境連環局の仮設調整官に任ずる」


 聞いたことのない組織名だった。


「いま作った役職ですか」


「いま作った組織だ」


「権限は」


「設備を直接操作する権限はない。結界庁、守備隊、保守職人、代官庁の記録を横断して確認し、担当が抜けている問題を会議へ上げられる」


「停止判断は」


「ミナ・アルフェンが保持する」


「任期は」


「半年」


「勤務時間は」


 イザークの眉が動いた。


「最初に確認するのが、それか」


「重要です」


「朝鐘から夕鐘。夜間呼出しは週二回まで。休暇は六日に一日」


「呼出しを断る人は」


「当番外なら断れる」


「俺も?」


「特に貴殿だ」


 広場のどこかで、セラが笑った。


「条件がもう一つあります」


 蓮人は言った。


「俺がいない日に、記録と判断が止まったら、任期終了前でも仕組みを見直してください」


「自分を不要にする契約を求めるのか」


「不要にはなりません」


 蓮人は北塔を見る。


 開いた点検口。


 壁の外まで聞こえる仮固定具の音。その前で、ガルドではなくリクが作業票を書いている。


「俺にしかできない状態を、仕事の完成にしないだけです」


 イザークはノアへ命じた。


「追記しろ」


 ノアは新しい紙を出した。


 仮設調整官。半年。勤務時間。夜間当番。休暇。代行者。終了条件。


 ノアが契約文を最初から読み上げ、セラが自分の写しと一文ずつ照合する。ミナは勤務表と終了条件の数字を指で示した。蓮人は、契約書の末尾へこの国で使う署名を置き、その横へ日本語で「久瀬蓮人」と書いた。


 第八話で封じた二種類の署名と、ノアが照合する。


「同一人物の署名と確認しました」


 ミナは、まだ証人欄へ筆を下ろさなかった。


「契約の内容には同意します。でも、塔を接収された日に、外の確認を全部自分へ集めようとしたことは別です」


「はい」


「あなたが倒れたあとも、私たちは判断しました。その結果を見たあとで、また取り上げようとした」


 広場の声が二人の間を通り過ぎる。


「すみません」


 蓮人は理由を足さなかった。不安だった、間違いが怖かった、守りたかった。どれも、ミナの仕事を奪ってよい理由にはならない。


「謝ったから、すぐ許すとは言いません」


「はい」


「でも、あなたのいない日に止める権限は、私が持ちます」


「お願いします」


 ミナはそこで初めて証人欄へ名を書いた。セラも隣へ署名し、筆を蓮人ではなくノアへ返した。


 仲直りの印ではない。同じ仕事を続けるために、まだ残っている亀裂の位置を二人で確かめた印だった。


 最後に、小さな木札が渡された。


 片面に連環局の仮印。


 反対側に、蓮人の名。


 読めない文字を指でなぞる。


 朝市の鐘が鳴った。


 魚屋が塩漬けの桶を開ける。


 パン屋が硬焼きパンを籠へ積む。井戸番が「洗濯用も一桶まで」と札を書き替える。鐘の四打目に重なって、北塔の点検口から、留め金の音が返ってきた。


 かち。


 町が動いている音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ