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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第三十八話 最後の詰まり

北塔の壁には、耳を当てる場所が三十七か所あった。ガルドが白い石筆で印をつけた。


 水輪の出口。第一環の入口。壁内流路の曲がり角。点検口。


 古い図面にある場所が二十九。図面にないが、叩いた音の違う場所が八。


「三人で分ける」


 ガルドが言った。


「音がするか、しねえかだけ先に書け。原因は書くな」


「予想も?」


 リクが尋ねる。


「予想を書いたら、その音しか聞こえなくなる」


 リクは少し不満そうだった。


 それでも石筆を持ち、北側の壁へ向かった。


 ハンスは床下流路。


 ガルドは水輪から上階まで。


 ミナは入口圧と出口圧を一定間隔で測る。


 蓮人には役割がなかった。


「俺は」


「座ってろ」


 ガルドが言った。


「昨日倒れた者に言われたくありません」


「昨日倒れたのはお前だ」


「ガルドさんも寝ていないでしょう」


「俺は座ると腰が固まる」


 言い争っている間に、セラが椅子を二つ運んできた。


「二人とも、測定の合間に座れ」


「俺までか」


「命令だ」


「守備隊の命令が保守工房へ通るのか」


「塔が接収されたので、いまは私が現場安全を預かっている」


 ガルドは鼻を鳴らした。


 椅子は使わなかった。


 ただし、それ以上は言い返さなかった。


 最初の測定を始める。


 ミナが第一環へ、停止基準より十分低い魔力を送った。


「入力、十」


 水輪が回る。


 青い冷却灯が点く。


「出口、ゼロ」


「一番、音あり」


 ガルドが壁を叩く。


「二番、あり」


 リクの声。


「三番、あり」


 ハンスが床下から答える。


 番号と音だけが、ノアの紙へ並んでいく。


 十六番。


「弱い」


 リクが言った。


「ありかなしかで言え」


「……あり」


 十七番。


「なし」


 十八番。


「なし」


 十九番。


 ガルドが棒を当てたまま止まった。


「こっちも、なし」


 音は十六番と十七番の間で消えていた。


 図面では、そこに何もない。


 第一環の流路が、石壁の中をまっすぐ通っているだけだ。


「詰まりですか」


 ノアが問う。


「まだわからん」


 ガルドは十六番へ戻った。


 今度は金属棒ではなく、指の関節で石を叩く。


 高い音。


 少し右。


 低い音。


「空間がある」


 リクも並んで壁を叩いた。


「点検箱?」


「この高さにはねえ」


「古い配管なら」


「図面を持ってこい」


 床には三種類の図面があった。


 現在の結界庁図面。


 二十二年前の大改修図面。


 ガルドが工房に保管していた、さらに古い補修写し。どれにも、十六番と十七番の間の設備は描かれていない。


「代官庁の書庫に、建設当初の図面があるかもしれません」


 ノアが言う。


「探しに行きます」


「何刻かかる」


「見つかれば半刻。分類が違えば、もっと」


 南塔が迂回供給できるのは一刻。半分近くを、すでに使っている。


「先に現物を開ける」


 ガルドが工具を出した。


「待ってください」


 ミナが止める。


「壁内に流路がある状態で壊せば、漏れます」


「だから低出力のうちにやる」


「閉じられる場所を確認してからです」


「確認してる間に南塔が上限へ行く」


 二人の声が強くなる。


 以前のミナなら、ガルドに押し切られていた。ガルドも、説明せず工具を入れていた。


 ミナは確認石を見た。


「あと一回、圧を変えて測らせてください」


「何がわかる」


「詰まりが固定されているか、操作に反応するものか」


 ガルドは壁を見た。


 工具を下ろす。


「やれ」


 入力を十から十二へ上げる。


 入口圧は上がった。


 出口はゼロのまま。


 十六番の音が変わる。


「細かくなった」


 リクが言う。


「水が当たってる音だ」


 ハンスが床へ頬をつけた。


「流れてない。何かの手前で回ってる」


「固定の詰まりなら?」


 ミナが問う。


「圧が上がれば、音も強くなる」


 リクが答える。


「でもこれは、一度当たって戻ってる」


 ガルドが低くうなった。


「弁だ」


「閉じた弁?」


「半端に閉じた古い弁だ。水が板へ当たり、隙間から戻ってる」


「図面にはありません」


「だから古いんだ」


 ガルドは十六番の右下を指した。


「昔の水輪は逆流が多かった。停止したとき、第一環から水が戻らねえよう戻し弁を置いてた。大改修で不要になって、開いたまま固定したはずだ」


「固定が外れた?」


「十三分の停止か、新型の過圧で動いたか」


「確認方法は」


「壁を開ける」


 今度は止めなかった。


 ただし、手順を決めた。


 第一環を停止。


 入口圧ゼロ。


 青い冷却灯の消灯を確認。


 水輪側の主流弁を閉鎖。


 リクとハンスが二人で閉鎖位置を確認。そのあと、十六番と十七番の間の石を外す。ガルドが最初の石へ工具を当てようとした。


「俺がやる」


 リクが手を出した。


「場所を知ってるのは俺だ」


「親方が場所を指す。俺が外す。ハンスが奥を見る」


「狭いぞ」


「俺の方が腕が細い」


 ガルドは工具を渡した。


「縁を割るな。戻せなくなる」


「わかってる」


「わかってる奴は先に返事をしねえ」


「返事しなかったら怒るだろ」


 石の継ぎ目へ刃が入る。


 乾いた粉が落ちた。


 一枚。


 二枚。


 三枚目を外すと、壁の奥から冷たい空気が流れ出た。


 ハンスが灯石を差し込む。


「あった」


 真鍮の円盤。


 直径は両手を広げたほど。


 中央に古い操作軸があり、斜めの位置で止まっている。


「半閉だ」


 ガルドが言った。


「開放固定具は?」


「折れてる」


 リクが灯石を近づける。


 軸の根元に、黒い破片が挟まっていた。新型冷却核を切断したときに割れた絶縁材だった。流路を逆走し、古い弁へ入り込んだらしい。


「破片を取れば開く?」


「たぶんな」


「たぶんでは再起動できません」


 ミナが言った。


 ガルドは怒らなかった。


「軸が曲がってる可能性がある。開いても、また落ちるかもしれねえ」


「支えを作れますか」


 ハンスが問う。


「正式な部品はねえ」


「点検口の外枠に使った留め金なら、径が近い」


 リクが言った。


「二本組めば軸を押さえられる」


「熱膨張する」


「間に水車小屋の革を入れる。濡れても縮まない」


 ハンスが工具袋から黒い革片を出した。


 三人が床へ部品を並べる。


 ガルドが完成形を示す。


 リクが留め金を削る。


 ハンスが革の厚さを合わせる。


 同じ仕事をしている。


 だが、同じものを見てはいなかった。ガルドは古い弁の癖を知っている。リクは今ある部材で形を作る。


 ハンスは水と熱で部材がどう変わるかを知っている。蓮人の視界には、線は浮かばなかった。


 必要なかった。


「できた」


 仮の固定具を軸へ取り付ける。


 破片を抜く。


 三人で弁を開いた。


 重い音が、壁の奥で鳴った。


 ごん。


 円盤が開放位置へ収まる。


「警報閾値を戻します」


 ミナは、主任の変更命令書と六か月前の点検票を並べた。


「変更前は、出口温度差三で警告、四で停止準備。命令後は六まで無警告にされていました。変更前の値へ復帰します」


 警報盤の封印を切り、設定環を三の刻みへ戻す。ノアが点検票を読み上げ、エドが設定環の目盛りを指で追った。


「記録値、三」


「現物設定、三。確認者、エド」


「記録確認、ノア」


 二人が別々の印を押したあと、ミナは警報盤へ新しい封印を掛けた。


「試験します」


 ミナが言った。


「低出力、入力五」


 水輪が回る。


「十六番、音あり」


「十七番、あり」


「出口、一」


「入力十」


「出口、九」


 数値が初めて出口へ現れた。


 青い光が第一環の上へ昇る。


 ミナはすぐに起動しなかった。


 固定具。入口。出口。警報。南塔の残り時間。城壁からの退避完了。


 一つずつ、担当者の返答を確認する。


「北塔を低出力で再起動します」


 結界庁の術師が息をのんだ。


「判断者は」


「私です」


 ミナは起動紋へ手を置く。


「停止条件は変えません。入口と出口の差が三を超える。弁の固定具が動く。冷却音が途切れる。どれか一つで停止します」


 ガルドが壁へ棒を当てた。


 リクとハンスが点検口の前に座る。


 セラが城壁上から答えた。


『北壁、準備完了』


「北塔、再起動」


 赤い確認灯。


 青い冷却灯。


 第一環。


 第二環。


 第三環。


 光が、今度は天井を越えた。


 伝声石の向こうで、北壁の兵士たちが声を上げる。


『北側結界、接続!』


『南塔迂回を下げる!』


 ミナは確認石から目を離さない。


「入口三十二。出口三十一。固定具、変化なし」


「音もいい」


 ガルドが言った。


「リク」


「同じです」


「ハンス」


「漏れなし」


 三人の声を聞いてから、ミナは次の指示を出した。


「北塔、七割で維持。治癒院流路を接続してください」


 炉室の外で、待っていた伝令が走り出した。ほどなくして、治癒院の方角から白い布が上がる。生命維持床への供給が戻った合図だった。


 北塔の壁では、仮の点検口が開いたままになっている。その奥で、古い真鍮弁を支える二本の留め金が、水輪の振動に合わせて細かく鳴っていた。


 かち。


 かち。


 次に気づく者のための音が、壁の外まで聞こえていた。

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