表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/211

第三十四話 停止を宣言します

北塔の確認灯は、赤く光っていた。


 入口圧、規定内。結界出力、規定内。運転信号受理。壁へ埋め込まれた中央表示は、祭りの成功を祝うように同じ色を示している。


 ミナは確認灯から目を離し、出口管へ手を近づけた。触れなくても熱がわかる。金属棒を当てると、細かな泡が管の奥を引っかく音がした。


「出口温度、中央表示との差が三」


 エドが記録板を見る。


「さっきは二だった」


「一刻で一、増えています」


「それでも中央は運転信号を受けている」


「中央表示が見ている場所は、ここではありません」


 王都製冷却核を切り離したあとも、北塔には強制接続で生じた歪みが残っていた。出口の仮設石と古い警報紋は現場の熱を拾う。交換されていない中央表示だけが、入口圧と結界出力を受け続けていた。


 塔の外から歓声が上がる。


 歓迎紋が空に王家の紋章を描いたのだろう。色ガラスを透かした光が、北塔の細い窓を赤と金に染めた。その瞬間、水輪の音が一段高くなった。


 ガルドが床へ片膝をつく。金属棒を当てる場所を変え、耳を寄せた。


「泡が増えた。水が足りねえんじゃない。流れが細くなってる」


「どこでですか」


「まだ絞れん。接合部か、出口弁か、強制接続で傷んだ内壁だ」


 原因は一つに決まっていない。ミナは壁に張った停止基準を見る。一、出口温度と中央表示の差が三以上。


 二、水輪音の高音化が百数える間に二度。三、手動警報と中央表示の不一致。


 いずれか二項目で負荷低下。三項目、または冷却流停止で北塔停止。


 現在は二項目。


「歓迎紋を最低出力へ下げます」


 ミナが操作台へ手を伸ばした。


「触れるな」


 背後で、結界庁主任の声がした。


 主任は代官庁衛兵を伴っていた。そのさらに後ろから、バルガスが塔へ入ってくる。祭礼用の正装をしているが、額には汗が浮いていた。


「歓迎紋の試験は完了しました」


 ミナは手を止めなかった。


「いまは本稼働中です。出口温度差が停止基準へ達しました。負荷を一段下げます」


「中央表示は正常だ」


「中央表示と現場値が一致していません」


「仮設の測定石より、王都の正式設備を信用しろ」


「正式設備が現物を見ていないことを、昨日までに確認しました」


 主任の顔が硬くなる。


 バルガスは窓の外へ目を向けた。祭り広場では、空の紋章を見上げる人々が拍手している。


「王立監察官は迎賓館へ入った」


 代官が言った。


「使節団も、商会代表も、近隣領主も見ている。この時間に歓迎紋を消せば、ラグナが王命を拒んだと受け取られる」


「消さなければ、北塔が先に止まる可能性があります」


「可能性だろう」


「はい」


 ミナは答えた。


「原因箇所は、まだ確定していません」


 以前なら、その言葉を口にしたところで声が小さくなった。不確かな報告は未熟な報告だと、何度も教えられてきた。だが、いま必要なのは、正解を言い当てることではない。


「わかっている事実は三つです。出口の実測値が中央表示より高い。水輪音が百数える間に二度変化した。歓迎紋の起動後、差が広がっている。わからないのは、流れを絞っている箇所です」


「ならば、そこを見つけてから判断しろ」


「見つかるまで動かし続けた場合、安全だという根拠はありますか」


 主任は答えなかった。


 ガルドが金属棒を外す。


「三度目だ」


 水輪の高い音が、塔の床を震わせた。


 エドが仮設石を読む。


「出口温度差、四」


 停止基準の三項目目。


 ミナは操作台の前へ立った。


「北塔の負荷を下げます。歓迎紋を停止。市場、迎賓館、祭り広場の順に高負荷設備を切り離してください」


「命令権者は私だ!」


 主任が操作台とミナの間へ入る。


「お前は現場値を読むだけでいい。停止判断は取り消す」


「停止判断者を変更する場合、引継ぎ記録が必要です」


 ノアが作った文書を、ミナは台の上へ置いた。


「現在値、未確認事項、次の判断時刻、変更者の署名。この四つをお願いします」


「そんな紙に、いま何の意味がある」


「判断を引き取るなら、責任も引き取ってください」


 主任は紙を見た。


 署名はしなかった。


 塔の外で、訓練鐘が一度鳴る。セラが決めた事前合図だった。負荷低下準備。まだ避難命令ではない。


「鐘を止めろ」


 バルガスが衛兵へ言った。


「住民を混乱させるな」


「住民には、停止基準へ到達した場合は鐘を鳴らすと説明しています」


 ミナは答える。


「説明を許可した覚えはない」


「守備隊、商人組合、治癒院、結界庁が署名しています」


「代官の許可はない」


「住民の避難に、代官の体面は関係ありません」


 言ったあとで、膝が震えた。


 怖くないわけではない。主任の顔も、代官の印章も、処分という言葉も怖い。明日から結界庁に居場所がなくなるかもしれない。


 それでも出口管の音は、許可を待たない。


 伝声石が光った。


『北門詰め所、セラだ。現場値を報告しろ』


「出口温度差四。水輪音、高音化三回。中央表示との不一致継続。負荷低下基準を超過。停止基準まで、残り一項目です」


『住民避難に必要な時間は』


「祭り広場を空けるまで、最低百五十数え。治癒院を蓄魔へ切り替えるまで百。北塔を安全に止める準備は、ガルドさん」


「物理弁まで二百。冷却環交換なら、停止後に八百は要る」


『結界が消える時間は』


「交換が順調なら、十三分以内です」


 伝声石の向こうが静かになる。


 十三分。


 城壁から青い結界が消える時間だ。


『停止した場合と、しなかった場合の最大被害は』


「停止すれば、十三分間、北側結界がありません。守備隊が城壁を守る必要があります。停止しなければ、冷却環が焼きつき、復旧時間は推定できません。南塔への再伝播も否定できません」


『原因は確定しているか』


「いいえ」


『十三分で戻せる保証は』


「ありません。作業手順と中止条件はあります」


 ミナは自分の言葉を聞いた。


 確定していない。


 保証もない。


 それでも選ばなければ、設備が代わりに選ぶ。塔の入口に鎧の音が集まった。


 セラが守備隊員を連れて入ってくる。左手には避難配置表、右手には代官庁から届いた命令書があった。


「副隊長」


 バルガスが先に呼ぶ。


「ミナ・アルフェンを拘束しろ。王命に反し、祭礼設備を停止させようとした。結界庁主任の命令にも従わない」


 セラは命令書を開いた。


 代官印がある。


 その場で拒めば、セラ自身も命令違反になる。守備隊の指揮権を解かれれば、祭り広場の避難を動かせる者がいなくなる。


「ミナ」


 セラが呼んだ。


「はい」


「お前は、歓迎紋を止めたいのか」


「違います」


 ミナは息を吸う。


「止めたいかどうかではありません。基準に達したから、負荷を下げます。それで戻らなければ、北塔を止めます」


「誰かに言われたからか」


「私が読みました。ガルドさんに設備の状態を聞き、治癒院と守備隊の影響を確認しました。その上で、私が決めます」


「間違っていたら」


「記録を残します。次の人が、どこで間違えたか確認できるようにします」


 セラはミナの顔を見た。


 それから命令書を二つに折り、胸当ての内側へ差し込んだ。


「拘束はする」


 守備隊員が動く。


 ミナの指が冷たくなった。


「ただし、いまではない」


 セラは続けた。


「守備隊規則では、結界異常時の現場要員を、引継ぎなしに持ち場から離してはならない。ミナは現在、停止判断者だ。代替者が署名し、現場値を引き継ぐまで拘束できない」


「詭弁だ」


 バルガスの声が低くなる。


「では主任に署名していただきます」


 セラは引継ぎ紙を主任へ向けた。


「原因未確定、出口温度差四、水輪音変化三回。この状態で運転継続を判断すると書いてください。守備隊は、その判断に基づき避難配置を決めます」


「私を脅すのか」


「住民をどこへ逃がすか決めたいだけです」


 主任は筆を取らない。


 セラは伝声石を持ち上げた。


「北門より全隊。第一避難配置へ移行。祭り広場を東西に分け、北門へ向かう流れを止めろ。治癒院護衛二名、蓄魔切替を確認。城壁班は局所術式へ移行準備」


『副隊長、避難命令ですか』


「まだだ。準備命令だ。百数え後に再判断する」


 確証が出るまで動かないのではない。戻せる範囲で先に動き、条件が変われば判断を変える。


「代官閣下」


 セラはバルガスを見る。


「私はミナを逃がしません。危機が去ったあと、命令書に従って身柄を引き渡します。それまでは、住民避難の責任を優先します」


「その言葉も記録されるぞ」


「ノアに頼みます」


 塔の外で、鐘が二度鳴った。


 準備開始から百。


 エドが出口管へ顔を近づける。


「音、止まりました」


 誰も息をしなかった。


 水輪そのものが止まったのではない。水が流れる音だけが消えている。仮設石の青が、黄色へ変わった。


 中央表示は赤いまま。


 三つ目ではない。


 停止条件そのものだった。


 ミナは伝声石を取り、祭り広場、北門、治癒院、北塔の全回線へつないだ。


 手の震えは止まらなかった。


 震えたまま、言った。


「北結界塔、冷却流停止。現時刻をもって、停止基準へ到達しました」


 塔の全員が彼女を見る。


「停止判断者ミナ・アルフェン。北塔の停止を宣言します」


 三度目の鐘が、町じゅうへ鳴り響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ