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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第三十二話 接収された塔

北塔の扉には、二枚の命令書が張られていた。


 一枚は塔の接収。


 もう一枚は、収穫祭終了までの停止禁止。赤い封蝋が、朝の光を鈍く返している。


「北結界塔は代官庁の直接管理下へ置く。許可なき入退場、設備操作、記録の持ち出しを禁ずる。収穫祭および王都使節団滞在中、北塔の出力低下ならびに停止を禁ずる」


 衛兵隊長が読み上げた。


 その背後で、北塔の鉄扉が閉じる。錠が落ちる音は、鐘より小さかった。それでも蓮人には、町を二つへ割る音に聞こえた。


 扉の内側にはミナ、ガルド、リク、ハンス、エド、ノア。外側には蓮人とセラ、それに守備隊員たち。結界庁主任だけが扉の内側と外側を行き来する許可証を持っていた。


「停止禁止の根拠は」


 セラが尋ねた。


「代官閣下の行政命令だ」


「行政命令では設備の温度は下がらない」


「収穫祭の中止による混乱を防ぎ、王都使節団の安全を確保するためだ」


「塔が壊れた場合の安全は」


「塔は正常稼働している」


 衛兵隊長は扉脇の赤い確認灯を指した。


 運転信号受理。


 上書き管は外したはずだった。だが代官庁の術師が、接収直後に別の確認灯を取り付けていた。塔内の監視環ではなく、入口圧と結界出力だけを受け取る簡易表示だ。


 その二つが規定内なら、赤く光る。出口温度も、弁の振動も、南塔への逆流も見ていない。


「正常ではありません」


 蓮人は言った。


「見ていないだけです」


 衛兵隊長が目を細める。


「身元不明の拘置対象が、代官命令へ意見するな」


「だから監視につき添っている」


 セラが蓮人の腕をつかんだ。


 支えるためなのか、前へ出るのを止めるためなのかはわからない。治癒院を出るとき、医師は歩くなと言った。


 蓮人は歩いて北塔まで来た。


 頭の奥では、まだ鈍い痛みが脈打っている。線は見えない。見ようとすると、視界の端が白くなる。


「接収時の塔内読み値を確認させてください」


「記録の持ち出しは禁止だ」


「持ち出しではない。扉の前で読み上げてもらうだけです」


「塔内との連絡も許可しない」


「火災が起きても?」


 衛兵隊長は答えなかった。


 代わりに、扉の前へ二人の兵を立たせた。鉄と人で、情報の流れまでふさぐつもりだった。北塔の壁越しに、水輪の音が聞こえる。


 低く、一定。


 いまのところは。


 蓮人は塔を見上げた。


 上階の細窓に、人影が動いた。


 すぐに消える。


「中に六人です」


 蓮人が言った。


「知っている」


 セラが答える。


「許可証は主任だけ。食事と水は」


「昼と夕方に衛兵が運ぶ」


「交代は」


「許可されていない」


「夜勤は」


「決まっていない」


「外へ伝えられる警報は」


「鐘楼は接収対象外だ。だが塔内から鐘楼への試験信号は主任が止めた」


 蓮人は質問を止めた。


 四つの欠落が並ぶ。


 水。交代。夜勤。警報。


 設備の接収に見えて、実際に奪われたのは運用だった。


「全部、書け」


 セラが部下へ命じる。


「接収時刻。塔内人数。交代不許可。連絡遮断。停止禁止。命令者の名もだ」


 守備隊員が携帯板へ記す。


 記録は塔の外でも作れる。


 扉の向こうで、何かを引きずる音がした。


 続いて、真鍮の小鐘が鳴る。


 一度。


 少し間を置き、二度。


 また間を置いて、四度。


「何の音だ」


 衛兵の一人が扉を見る。


「工具を落としたんじゃないか」


 もう一人が答えた。


 違う。工具なら、あんなに等間隔には落ちない。北塔上部、左の排熱窓から青い布が垂れた。


「冷却系統、測定継続」


 蓮人は口にしてから、自分の推測に気づいた。


 布の意味を知っているわけではない。ただ、左窓は冷却輪の真上にある。青は、少なくとも緊急停止ではない。


 セラが布を見る。


「鐘の数は」


「一、二、四。十二ではない。区切り方が違う」


「時刻かもしれない」


 守備隊員が携帯板を見る。


「接収から一刻二十四分です」


「なら、記録番号百二十四」


 蓮人は首を振った。


 全部を自分で解こうとするな。ガルドなら、外にいる誰かが解ける形にする。


 誰が音を知っている。


 北塔の夜勤へ同行した者。


「点検鐘の合図表はありませんか」


「守備隊の塔別手順書を調べる」


 セラは部下を走らせた。


 答えを自分で作らず、答えが残っている場所を探す。それだけで、蓮人の頭痛は少し遠のいた。やがて戻った隊員が、古い木札を持ってきた。


『一打、入口。二打、出口。三打、監視。続く打数は暫定上限との差』


「出口温度、上限より四低い」


 セラが読み解く。


 塔内の読み値と外の記録が、細い音でつながった。


「返信は」


「守備隊側は旗です。白、受信。黄、再送。赤、避難準備」


 セラは白旗を上げさせた。


「次の鐘も、全部こちらへ回してください」


 蓮人が言うと、セラは合図表から顔を上げた。


「全部とは」


「回数、間隔、布の位置、前回との差。俺が照合します。俺の確認前に返信を変えないでください」


 白旗を持つ隊員の手が止まった。


「また一人で持つ気か」


「読み違えれば、中の六人が止め時を失います」


「だからお前が読み違えたときにも止まらない形にした」


 扉の向こうから、短い鐘が二度鳴った。間を置かず、中央窓へ青布が出る。


 蓮人が意味を組み立てるより先に、別の小窓から木札が下ろされた。ミナの字で、番号と温度だけが大きく書かれている。守備隊の記録係が読み、合図表を持つ隊員が照合し、セラが白旗を上げさせた。


「待ってください。前回との差を――」


「塔内で確認済みだ」


「外側でも俺が」


「外側の確認者は二人いる。お前だけを三人目に足せば、返事が遅れる」


 正しい指摘だった。


 それでも蓮人の手は、木札を受け取ろうと伸びたまま止まらない。


「ミナさんに、判断の根拠を全部書かせてください」


「扉が開いたら自分で言え」


 セラは旗を隊員へ返した。


「いまは、彼女たちが決めた運用を、お前の不安で止めるな」


 蓮人は手を下ろした。


 納得したわけではない。


 扉の向こうのミナも、次の木札へ返事を書かなかった。鐘と旗の運用だけが、二人のあいだに残った言葉を置き去りにして続いていった。中央の排熱窓からも青い布が垂れた。


 塔の中で誰が何を決め、誰が布を用意したのかは見えない。


 それでよかった。


 扉が閉じても、蓮人が知らなくても、必要な運用は始まっていた。衛兵隊長が旗を奪おうとする。


「接収命令への妨害だ」


「守備隊の点検合図だ」


 セラは旗竿を離さない。


「塔内との連絡は禁止した」


「命令書に書かれていない」


「口頭で命じた」


「記録者」


 セラが呼ぶ。


 携帯板を持つ隊員が声を張った。


「代官庁衛兵隊長、塔内外の点検合図停止を口頭命令。根拠条項、提示なし」


 通りに集まった住民が、一斉に隊長を見る。


 市場の商人。


 治癒院の運搬係。


 水桶を持つ清掃係。


 北塔を止めた後の町を一緒に考えた人々だった。


 隊長は旗から手を離した。


「祭りの混乱を起こせば、守備隊長も処分対象だ」


「混乱を起こすのは鐘じゃない」


 セラが答える。


「鐘を鳴らす必要があるのに、鳴らせないことだ」


 昼を過ぎると、祭りの準備音が町を満たし始めた。


 広場では太鼓の試し打ち。


 迎賓館では厨房の炉へ火が入り、排気筒から甘い煙が上がる。市場の冷蔵箱が一斉に動き、石畳の下で魔力流路が低く唸る。北塔の水輪音が、一段太くなった。


 小鐘が鳴る。


 二度。


 間を置いて、三度。


 出口温度、暫定上限より三低い。


「上がっています」


 蓮人が言った。


「祭りはまだ始まっていない」


 左の窓から、青い布が下がる。そのすぐ下で、代官庁の術師が取り付けた赤い確認灯は、変わらず点いていた。衛兵隊長は新しい命令書を扉へ重ねた。


 収穫祭中の停止禁止。


 違反者は拘束。


 命令は増えた。


 塔が安全かどうかを確かめる項目は、一つも増えなかった。

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