↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
189/400

第5巻 第29話 閉鎖が放流になる

坑口の前には、止まった排水輪より重い沈黙があった。


 赤い封じ紐を掛けた槌と鑿は、夕方の光の中で動かない。けれど、その奥では、壁の裏を通る水だけが止まらずに鳴っていた。処理炉の煙も消え、沈め槽の縁には黒い泥が湿ったまま残っている。


 レントは、地面へ並べられた四組八本の瓶を見た。リナが町側の青い封印、オルドが鉱山側の白い封印を確認し、ミナとドロアが別の測定台で読んだものだ。四組は時系列組一から四と呼び、同時刻の五地点比較とは別の板に置かれている。


 一組目は、停止前に処理炉を通った水。色は薄い茶で、二つの測定台とも黄の手前に留まっている。


 二組目は、輪を止めてから坑内に溜まった水。


 三組目は、救助のために輪を短く回したとき、炉を通さず溜め場へ出た水だ。札には「溜め場・救助排水出口」と二つの呼び方が並び、同じ場所だと分かる。


 四組目は、その直後の下流で採った水だった。


 後ろの三組では、水番所の未使用石と鉱山外の比較器具が、どちらも赤へ寄った。今まで青を示していた現用石は、その横で青いままだ。青白の栓、箱、運搬帳の番号は各組で一致し、時刻不一致となった組四十から四十四はこの列に入れていない。


 同じ鐘で採り直した五地点の有効試料は、青白の組四十五から四十九だ。坑内、炉前、炉後、溜め場、下流という濃さの順は二つの測定台で一致している。四つの時系列組は停止前後の変化を、五つの同時刻組は水が通る場所の差を示す。レントは二つを同じ比較のように重ねなかった。


 マラが腕を組んだ。


 「だから、輪を回すなと言ってる。赤くなる水を外へ出すくらいなら、坑道に溜めておけばいい」


 「溜める場所が、あとどれだけあるかを見てください」


 レントは答えた。


 オルドが坑口の水位板を持って来る。停止直後の印は指二本、救助前は三本半、短い救助排水の後に三本まで下がり、再び止めてからは三本と半分へ戻っていた。板の横には、別の小さい札が立っている。溜め槽の縁まで、残りは指一本半だった。


 「一刻ごとに半分ずつ上がっている」


 オルドは言った。


 「壁から入る水は、採掘を止めても入る。ここが越えれば、槽の上から出る。出口の弁も、処理炉も通らん。低い捨て水路へ流れる」


 マラは水位板を見たが、すぐには頷かなかった。


 「それなら、槽を空にすればいい。町の川へ出さず、どこかへ運べないのか」


 「今、槽の中にある量を樽で運ぶなら、荷車が何台要るか。荷車を通す道は、代替水の荷車と同じです」


 レントは、坑口脇へ置かれた空の水樽を指した。


 「治癒院と火の見へ運ぶ樽を止めれば、町側の水が先に足りなくなる。運び出す方法を試すのは必要です。でも、溢れるまでの数刻を、それだけで越えることはできません」


 自分の言葉が、説明だけに聞こえないよう、レントは言い切ったあとで黙った。水位板も、赤へ寄った石も、ここにいる誰の不安も、彼の《連環視》だけから出たものではない。線は、坑内の水と炉を結んで見せた。だが、どれほど濃くなったかを教えたのはミナの皿であり、溢れる先を知っているのはオルドだった。


 ミナが炉の方を向いた。


 「処理炉を動かせば、何でも青に戻せるわけではありません。薬材が足りなければ、炉の後でも赤や黄が残ります。だから、処理を続けるなら、炉後の水を毎回測ります。赤なら外へ出さない。黄が続くなら、排水量を下げる」


 「出さないなら、また溜まる」


 リナの声は硬かった。彼女はマラではなく、瓶を見ている。


 「そうです」


 ミナは答えた。


 「だから、採掘と同じ量では動かしません。坑内へ入る分より少しだけ多く、処理できる分だけ抜く。足りないと分かったら、採掘を増やすのではなく、外から処理材と運搬の手を足します」


 オルドは坑口の脇から、泥のついた木箱を引き寄せた。箱の側面には三つの穴があり、一つには細い管、もう一つには布を重ねた小箱、最後には短い溝がつながっている。坑内の水がどこへ行くかを、以前に子どもへ教えるため作ったものだという。


 彼は上の穴へ、溜め槽から汲んだ水を半杯だけ注いだ。管の口を指で塞ぐと、水は箱の中へ溜まり、底に沈んでいた黒い砂を巻き上げた。少し待ってから指を離すと、濁り水が短い溝を勢いよく走る。布の小箱へ先に流せば、水はすぐには澄まないが、黒い粒の多くはそこで止まった。


 「これは本物の炉よりずっと小さい」


 オルドは言った。


 「だが順番は同じだ。溜めるだけなら、底の泥と水が混じる。あふれれば、この最後の溝へ行く。先に泥を沈め、処理材を通して、少しずつ抜くなら、流す量も見られる。俺は、鉱石を掘る輪を回したいんじゃない。こっちの順番を残したい」


 リナは溝の端から落ちた一滴を、指で触れずに見た。透明に見える上の水にも、黒い粒はまだ浮いている。


 「小さい箱でも、布を通したから飲めるとは言わないんですね」


 「言わない」


 オルドは答えた。


 「飲めるかは下流の瓶で決める。処理は、放してよい理由じゃない。選べない放流にしないための手だ」


 「言葉を分けても、炉の火を戻せば鉱山が戻る」


 町の年配の女が言った。


 「最初は泥を掻くと言って、次は荷車を動かす。そうやって、また夜に水を流すんじゃないのか」


 オルドの顔が固くなった。無記録放流を見逃した夜番のことを、鉱山側も忘れていない。レントは、オルドの代わりに弁明を重ねなかった。


 「疑われて当然です」


 レントは言った。


 「だから、ここで『鉱山を少し動かす』と決めないでください。残す仕事を、一つずつ決めます」


 彼は地面へ、板を三枚並べた。ノアが走り書きしてきた紙の裏を借りたものだ。一枚目には採掘、二枚目には排水、三枚目には処理と書く。


 「採掘は、止めたままです。槌、鑿、鉱石箱、荷車は封印を外さない。日当も鉱石の量では払わない」


 赤い紐を、レントは一枚目の板の上へ置いた。


 「排水は、人を出すためと、槽を越えさせないためだけに回す。回す刻は砂時計で決める。水位が下がったからといって、余分に抜かない」


 次に、空の砂時計を二枚目の板へ置いた。


 「処理は、泥を沈め、薬材を量り、炉後の水を測るために残す。炉を焚いた時間、入れた薬材、出た水の量は、鉱山の帳面だけでなく、町の紙にも書く」


 最後の板には、リナが採水瓶の封印紐を置いた。


 「三つを同じ人が持たないようにします。オルドさんは坑内の水位と排水輪を見る。ミナさんは処理の値を見る。リナさんたち町側は、封印と下流の水を確認する。採掘の封印を見られる人も、町側から一人出してください」


 「私が見る」


 マラが言った。


 強い声だったが、怒鳴る声ではなかった。自分の家の子に水を飲ませる側として、目を離したくないのだと、レントには分かった。


 「毎刻、全部見に来ればいいんですか」


 「毎刻でなくても、見ない刻を作らないようにします」


 レントは答えた。


 「町側を二人、鉱山側を二人にして交代させる。封印番号、水位、炉後の色、下流の瓶を、同じ板へ残します。誰かが来られないなら、その刻は排水量を増やさない」


 リナが、炉後の瓶を手に取った。


 「下流が黄なら、どうする」


 「外弁を閉めます」


 オルドが先に言った。


 「処理炉も止める。ただし、その前に槽の水位がどこにあるかを町側と読む。閉めた結果、あふれるなら、その危険も隠さず出す。赤が出たら止める、だけでは足りん。止めたあとに、どこから出るかまで一緒に見る」


 「採掘の封印が切れたら」


 マラが続ける。


 「その時点で、排水も処理も停止して、守備隊へ知らせる」


 セラが答えた。


 「封印を切ってまで採掘を戻すなら、それは段階操業ではない。命令違反として扱う。坑夫の生活を守るために残す仕事と、隠して掘る仕事を同じにしない」


 オルドは、少し遅れて頷いた。


 「処理炉に残る四人の名も、今ここで出す。泥掻き、薬材、輪、記録。交代は町側へ知らせる。夜番だけで弁は触らせない」


 坑夫の列にいた若い男が、一歩前へ出た。


 「俺たちの賃金は」


 その問いで、町の人も坑夫も同じ方を見た。水の話だけをしていれば、明日の食卓が消える。


 ノアが紙束を抱え、息を切らして戻って来た。


 「採掘日当を止めた分、処理と給水の臨時仕事へ回す案を作れます。領主庁の非常費に、まだ使っていない枠があります。ただし、今日のうちに人数と刻を出さないと、明朝の支払いに間に合いません」


 フェルドは少し離れたところで、その紙を見ていた。鉱山名を出せば融資が消えると言った男が、今は町の前で顔を背けなかった。


 「私が非常費の使用理由へ署名する」


 フェルドは言った。


 「採掘再開のためではない。汚れた水を増やさず、坑夫を処理と給水へ移すためだ。期限は七日。延ばすなら、公開の場で理由を出す」


 リナは、初めてフェルドへ目を向けた。


 「七日後に、また黙って決めない」


 「決めない。今日からの紙を残す」


 レントは三枚の板を見た。これで安全になったとは言えない。処理材が尽きれば、炉後の水はまた赤へ寄る。雨が来れば、水位の上がり方も変わる。町側が見張る人数を失えば、封印はただの紐になる。


 それでも、全面停止か全面再開かの二つだけを、皆へ押しつけずに済む形はできた。


 坑口から、バンの声が飛んだ。


 「水位、指四本!」


 さっきより、板の縁へ水が近い。


 オルドが砂時計を握り、リナは封印箱を閉じた。セラは守備隊へ、採掘封印の見張りと下流の伝令を振り分ける。マラは町側の見張りに、息子ではなく自分の名を書いた。


 レントは皆を見回した。


 「処理だけを残す段階操業にするか。完全停止のまま、どこからあふれるかを待つか。次に水位が半分上がる前に、決めなければなりません」


 坑道の壁の裏で、水が一度、大きく鳴った。


 段階操業案を選ぶ期限は、一刻しかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。