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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第5巻 第28話 濃くなる排水

ミナは、地面に置かれた五組十本の瓶を二列へ分けた。


 地点は固定した。坑内の滞留水、処理炉へ入る前の水、処理炉を出た後の水、外側の溜め場、下流の川水。溜め場は、救助のために排水輪を回した水が最初に出る場所だ。帳面には「救助排水出口」とも書き、同じ地点を別の試料のように数えない。


 各地点には青と白の二本がある。青の五箱は水番所へ、白の五箱は鉱山外の測定台へ別の者が運ぶ。瓶、栓、箱、運搬帳には、それぞれの組番号を残した。青を採った者は白を運ばず、白を測る者は青の色を先に聞かない。


 最初に採った青白の組四十から四十四は使わなかった。坑内の水位が上がり、救助排水出口の二本だけが予定より早く満たされた。下流の班が箱を閉じたとき、炉前の班はまだ空瓶を持っていた。同じ刻の比較ではない。


 ミナは五組の番号へ横線を引いた。消さずに、時刻不一致、比較対象外、と書く。


 「採り直します。使わない十本も、先に皆へ見せます」


 水が足りないのに、と誰かが息をのんだ。ミナは瓶の水を川や洗い場へ戻さず、調査用の廃水桶へ移した。失敗した試料を生活用へ混ぜず、空いた瓶も次の組には使わない。


 採り直しは青白の組四十五から四十九にした。四十五は坑内、四十六は炉前、四十七は炉後、四十八は溜め場、四十九は下流。五班は水位札の前で待ち、排水輪を砂時計半分だけ止める。次の鐘で坑内から順に合図を送り、同じ鐘の余韻が消える前に二本ずつ満たした。片方の封印が遅れた地点は、二本とも比較列から外す条件も先に置いた。


 処理炉の壁は、火を落とした場所だけ黒く湿っていた。炉床の泥は乾かず、沈め槽の底では黒い粒が水面まで舞い上がる。薬材の袋は口を縛ったまま積まれ、計量匙には前の粉が白く残っている。泥掻きの鍬が止まり、薬材が入らなければ、水は炉を通っても色だけ薄くなる。泥と水が長く触れたあとに救助の輪を回せば、濃くなった水が一度に溜め場へ押し出される。


 水番所では、ミナが青の五本を同量の皿へ移し、同じ水温になるまで待った。現用石と未使用石の順は札で入れ替える。鉱山外では、ドロアが白の五本を隣領の比較器具で読んだ。互いの結果を閉じてから、リナとユードの妻が二枚を同時に開く。


 現用石は五地点とも青のままだった。未使用石と外部比較器具は、坑内、炉前、救助排水出口で同じ濃い反応を返し、炉後では少し下がる。下流はさらに薄いが、何もないとは言えない。青白の二系統で、色の段階と地点の順は一致した。


 ミナは、処理を動かす前に、閉じた卓上だけで確かめられることを分けた。炉前の有効試料を三つの蓋付き杯へ同量ずつ入れる。一つはそのまま、二つ目は泥が沈むまで待つ。三つ目には、帳面どおりの割合で処理材を入れ、火を使わずに同じ回数だけ混ぜた。誰も味を見ない。杯から出た水も川へ戻さず、番号を付けた廃水壺へ入れる。


 泥を沈めただけの杯は、上澄みが澄んでも未使用石の赤が残った。処理材を入れた杯は黄へ戻ったが、青にはならない。白の測定台でも、外部比較器具の反応は同じ順だった。小さな杯で黄へ下がったから、炉を動かせば安全になるとは言えない。けれど、泥を分ける手と処理材が、何も変えない作業ではないことは見せられる。


 リナは三つの杯を住民用の板へ描いた。そのまま、沈めただけ、処理材あり。色の横には、飲用不可、川へ戻さず、と同じ字を書く。良くなった一つだけを掲げれば、鉱山が安全を証明した札に変わる。変わらなかった二つも並べて、処理が届く範囲と届かない範囲を残した。


 廃水壺の封印は、ミナ一人では閉じなかった。リナが町側の番号を読み、ユードの妻が壺を保管棚へ運ぶ。翌日の再測定が終わるまで、処理炉へ戻さず、別の水と混ぜない。卓上試験の都合のよい色だけを残し、赤かった水を消すこともできない形にした。


 廃水壺の番号も、五組十本と同じ公開紙へ加えた。


 オルドは処理材の袋を数えた。炉を一刻動かす量はあるが、夜通し続ける量はない。追加が届かなければ、水位を下げられても処理が追いつかなくなる。ミナは、残量を停止条件へ加えた。次の一刻分を切ったら、新しい排水を始めない。袋が尽きてから、坑内の水位を理由に無処理で出す形へ戻さないためだった。


 採掘の槌は、最初から封じられている。今の濃さを作ったのは採掘の再開ではなく、全面停止で泥を分け、薬材を入れる手まで一緒に止めた順番だった。だから必要なのは槌を戻すことではない。水を外へ出す前に、処理の手を残せるかを決めることだった。


 別の板には、停止前、停止後の坑内、救助排水出口、救助直後の下流で採った青白の四組を保存した。それぞれの時刻は違うため、同時刻の五地点比較とは混ぜない。四組の番号と時刻は、次に閉鎖を続けた場合の変化を比べる列として残した。


 夕方、坑口の前で住民の集まりが開かれた。


 「再稼働するんだな」


 マラの言葉に、何人かが頷いた。再稼働という語には、槌の音、荷車、無記録の放流まで一緒に戻る響きがある。


 「採掘は再開しません」


 オルドは赤い封じ紐を持ち上げた。槌と鑿、荷車の留め具には同じ番号が残る。


 「処理炉だけを動かす。泥掻き、薬材、排水、水位と退出記録の役を置く。まず、その四人へ日当を出す。鉱石一箱にも賃金を付けない」


 「設備を動かせば、また町の水を使う」


 「町の取水停止は続けます」


 リナが言った。


 「下流の未使用石が赤へ寄ったら外弁を閉じる。炉後の水が黄を越えたら処理も止める。薬材の量、泥を掻いた刻、排水の量は町側の紙へ出す。採掘工具の封印が切れたら、その時点で全部止める」


 セラは住民へ訊いた。


 「それでも足りない停止条件は何ですか」


 治癒院から来た母親が、子どもの杯を両手で持っていた。


 「炉を動かして、また朝に手が震えたら、誰が止めるんです。石が青になるまで待つんですか」


 洗い場のマラは、濡れた手袋を見せた。


 「私は水を飲まなくても手が震えた。下流だけ見て、炉の後の水が黄なら使っていいと言われても、包帯をすすぐ人には分からない」


 火の見の老人は、空の消火桶を足元へ置いた。


 「水を全部止めれば、次の火で使う桶がない。だが処理の水を火へ使って、子どもの家へ流したくもない」


 三人は同じ再開に反対しているのではなかった。薬を飲む朝、包帯を触る手、火を止める桶。それぞれが違う場所で、同じ水の先を怖がっている。


 ミナは地面へ三本の杭を並べた。炉の後、下流、町の取水口。


 「処理を動かすなら、この三地点を同時に見ます。炉の後で未使用石が黄を越えたら、薬材を増やす前に輪を止める。下流で赤なら外弁を閉じる。取水口で青でも、治癒院の症状が増えたら町の水は開けない」


 リナは掲示板用の紙を出した。


 「取水停止は続けます。炉後、下流、取水口の色と、薬材、泥掻き、排水の刻を日没前に貼る。紙が出ない日は、処理も続けない。陰性でも、今日の条件として出します」


 オルドは赤い封じ紐の前へ、処理担当の名札を置いた。バン、泥掻き。エダ、輪。セト、薬材。自分は水位と退出時刻。名札の横には日当と、炉を離れる刻が書かれている。


 「この四人以外は坑内へ入れない。槌と鑿は封じたまま。退出が遅れれば、次の班は入れない。賃金は鉱石でなく、処理と救助の刻へ払う」


 セラは命令書を開いた。


 「全面停止命令は、排水を含む設備停止です。私は採掘再開を許可できない。救助と溢水回避のための最小処理を領主庁へ確認する。許可が届く前に、炉へ火は入れさせません」


 住民は札と封印を見た。条件は増えた。だが、子どもの杯も、包帯の手も、空の消火桶も、その場で軽くはならない。


 ノアは条件札を一枚ずつ板壁へ留めた。炉後が黄を越えたら止める札にはミナが印を置く。下流が赤なら閉じる札にはリナとマラが印を置く。取水口の水を開けない札には治癒院の母親が杯の底を押し、火の見の桶の札には老人が杖の印をつけた。


 オルドも、採掘工具の封印を破らない札と、処理班が退出刻を越えたら輪を止める札へ名を書いた。セラは領主庁の許可が届かない限り火を入れない札へ、守備隊の印を押す。


 誰も、停止する権利を他人へ渡さなかった。


 最後にノアは、いちばん下の欄を開いた。処理開始に同意する者、と書かれている。鉱山側、町側、治癒院側の三つの印を置く枠は、夕方の光の中で白いままだった。


 オルドは筆を持たず、リナも母親も手を伸ばさない。条件を読んだからといって、濃い排水をもう一度動かしてよいと決められるわけではない。


 返事はすぐに出なかった。処理だけなら、と納得した者もいる。だが、子どもの震えを見た母親は、炉の煙が上がるだけで川へ何かが出ると思う。


 住民は、まだ頷かなかった。

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