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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第5巻 第23話 雨上がりの川

雨が止んで二日目の川は、昨日より低く、それでも晴れの日より速かった。


 レントは中流の堰に立ち、杭へ刻んだ水位の線を見た。雨の翌日、未使用石の色は青の範囲に戻り、共同採水でも全地点が仮基準内だった。だが、魚が岸へ寄った日の帳面には、雨のない朝と、遅い流れが残っている。


 「水位は、昨日より指二本下です」


 ハグが言った。畑番の老人は、堰の板へ藁を挟み、畑へ回す水を量っている。


 「でも、朝の普段よりは一枚上だ。雨の水が山から降りるのは、まだ終わってない」


 リナは水番所の帳面を開き、雨量を読み上げた。雨の夜は水桶二杯半。翌朝は一杯。共同採水の日の朝は半杯。町の管へ入る流れは、雨のない日のほぼ二倍だった。


 その数字だけでは、川の速さは分からない。レントは堰の上から、折れた葦の茎を一つ流した。ハグが、川べりの二つの石の間へ張った糸を見ている。一つ目の石から二つ目まで、普段なら子どもが息を十数える間に流れる距離だ。今日の葦は、八つ数える前に糸を越えた。


 「昨日は六つだった」


 ハグが言った。


 「雨の翌日は、もっと早い。水を畑へ回す板を少し上げても、町の方が先に持っていく」


 リナは、葦が糸を越えた刻を帳面へ足した。流速を正確な数で測れるわけではない。けれど、雨量だけで「水が多い」と書くより、同じ石の間を水がどれだけ早く通ったかは残せる。


 その間に、橋の下からミラが空の桶を抱えて上がってきた。共同採水の日は、いつもより橋下の水を運ぶ荷車が少なかったという。


 「治癒院へは東の泉の樽を回したからね。橋下の水は、洗い場だけだった」


 彼女は言った。


 「下流で青が出た日も、町の人が飲んだ量は少ない。水が薄かったのか、使った人が少なかったのか、どっちか一つじゃないだろう」


 レントは、その言葉を操業量の紙の隣へ書いた。陰性の結果は、川の中だけで起きるものではない。誰が、どれだけ、何のために使ったかが違えば、症状の帳面の見え方も変わる。


 オルドは、鉱山の板帳からもう一枚、荷車の出入りを記した紙を出した。通常操業の日には、午前に三台、午後に四台の鉱石箱が坑道を出る。共同採水の日は、午前一台、午後二台だった。箱を運ぶ荷車が減れば、坑内で掘った石を洗う水も、沈め槽へ流す泥も変わる。


 「弁を一回しか開かなかったのは、水が少なかったからじゃない」


 オルドは言った。


 「掘る量を落としたから、槽へ送る泥が少なかった。水位も低かった。青が出た日を通常の日と比べるなら、この紙も一緒に置け」


 レントは頷いた。雨が異常を薄めたのかもしれない。採掘を落としたことで、川へ出るものが変わったのかもしれない。町が北水路を使わなかったことで、症状が少なく見えたのかもしれない。どれも、今ある紙と同じ日に重なっている。


 《連環視》には、葦の流れから堰の板、鉱石箱から沈め槽、橋下の桶から治癒院の水差しへ線が出た。線の多さは、原因が一つではないかもしれないことを示すだけだ。レントは、光の先にある黒嶺を指さなかった。


 「雨が異常を隠した、はまだ仮説です。今日の紙だけで、昨日の川を決めることはできません。だから、晴れた日も必ず同じ紙で、同じ刻に見て比べ、毎回の違いをきちんと残して確かめ続けるんです」


 彼は紙の上へ、はっきり書いた。


 「でも、雨後の陰性を『何もなかった』として捨てない。雨量、流速、採掘量、弁、使った水の量を、晴れた日の同じ欄へ並べます。違いが一つずつ見えれば、次に何を変えるかを決められる」


 サナは、そこへ症状の紙を重ねた。


 「聞き取りも、朝と夕方を分けます。杯を落とした時間、洗い場へ手を入れた時間、薬を飲んだ時間。晴れた日に誰も来なければ、それも残す。来なかったから平気だと決めず、どの水を使ったかを聞く」


 ミラは、東の泉の樽の札を見せた。共同採水の日、治癒院と家で薬を飲む人へ回った数だ。雨の水と、代替水と、町の水は、同じ町の帳面では別々に扱われなければならない。水が足りない日に、何を飲まなかったかまで残して初めて、陰性の意味を比べられる。


 オルドは、鉱山側の板帳を持っている。


 「共同採水の日は、採掘を半分にした。外の弁は一回。坑内の水位は指二本だった」


 「魚が寄った日は」


 レントが訊く。


 「雨なし。採掘は通常。外の弁は夜と朝で二回。水位は低かった」


 四つの紙を地面へ並べる。雨量、川の流速、水の採取時刻、鉱山の操業量。どれか一つだけを見れば、昨日の青は安心に見える。だが、雨が多い日に川が速く、採掘が半分なら、同じ水が同じ濃さで下流へ来るとは限らない。


 レントは《連環視》を使った。堰の板から畑の溝、上流の川、黒嶺の水路、町の管へ淡い線が延びる。線は、雨が増やした流れと、弁から出た水が同じ川で混じる候補を示す。だが、何が混じっているかも、どれだけ薄まったかも光は教えない。


 「雨が異常を消したのではなく、薄くしたのかもしれません」


 レントは言った。


 ミナが、採水瓶を見た。


 「雨の翌日に苔の反応が消えたこと、共同採水で色が出なかったことは、その仮説と合います。でも、同じ日の水を雨のない日に比べたわけではありません。石の色が戻った理由が、流れだけとは言えません」


 「だから、晴れた日に同じ手順で見る」


 リナは言った。


 「ただし、鉱山をいつものまま動かすだけでは、町は怖がる。採掘量と弁を開ける刻を決めて、採る場所と時刻も先に出します」


 オルドはすぐに賛成しなかった。


 「晴れた日に操業を増やせば、赤が出たとき、坑夫はまた自分たちの水だと言われる。赤が出なくても、採掘を減らしたからだと言われる」


 「どちらも、言われます」


 レントは答えた。


 「だから、最初に条件を書きます。何を変え、何を変えないか。操業量を上げる理由は、鉱山を守るためではなく、雨の水で薄まる前の状態を確かめるため。中止する条件は、結果が出る前に決める」


 サナが、症状の紙を広げた。


 「子どもの震えが増えたら、石の色を待たずに止めたいです」


 オルドは反論しかけ、紙を見た。トワの朝の前兆、マラの手の震え、洗い場の赤い手。症状は水だけで決まらない。けれど、待ってから困る人がいる。


 「何人で増えたとする」


 「昨日と比べるだけでは足りません」


 サナは言った。


 「朝の震えを記録した子が三人増える。治癒院で腹痛か手の震えを新しく訴える人が五人を越える。洗い場で、同じ水を使った二人が仕事を替えなければならなくなる。このどれかが起きたら、症状が増えたと数えます」


 サナは言い直した。


 「これは、重くない症状が『増えた』と数える基準です。誰かが意識を失う、急に呼吸が苦しくなる、同じ刻に複数人が倒れる。その重い兆候は、一つでも出たら数を待たずに止めます」


 「魚は」


 マラが訊く。


 「中流で、流れの中央ではなく岸へ五匹以上寄る。死んだ魚が一匹でも出たら、魚の異変が出たと数えます」


 オルドは、弁を止めるという言葉へ目を落とした。


 「弁を閉じるなら、排水輪を止めるわけではない。坑内の水位が指二本半を越えたら、採掘をさらに落とし、排水だけは続ける。外へ出す量を減らせないなら、処理の槽を先に空ける」


 「その水位も、町の紙に書く」


 リナが言った。


 「一時停止は、鉱山を見捨てる札ではない。町の水を止める札と同じように、何を続け、何を止めるかを出す」


 ノアは、晴天試験の紙へ欄を引いた。雨量ゼロが続いた日。川の水位が杭の下から二枚目へ戻った日。採掘量は通常の七割。外の弁は午前一回、午後一回まで。上流、中流、下流、坑内、溜め場を、朝・昼・夕に採る。採水者、立会人、封印番号、測定者は共同採水と同じく分ける。


 「重い健康兆候は一つで即時停止。それ以外は、異常色、今決めた症状増加、魚の異変のうち二つが重なれば停止」


 ノアは、前に決めた条件と同じ文を紙へ写した。


 「中止の札を出す人は」


 ノアが訊く。


 「重い兆候なら、水番か治癒院のどちらか一人」


 リナが言った。


 「先に町の取水を止めて、もう一方と鉱山へすぐ知らせます。重くない複数兆候なら、水番と治癒院が二つの記録を照合して札を出す。鉱山の水位で、排水を続ける形を決めるのはオルドさん。町の取水停止を待たせず、同時に坑内の安全を確認します」


 オルドは、紙の端へ自分の名を書いた。


 「停止したとき、坑夫の賃金も書く。試験のために採掘を落とす者、排水を続ける者、待機する者。水が赤なら、町だけでなく坑夫の家も待つ」


 レントは、紙に並ぶ条件を見た。前世なら、条件が多いと誰かが言ったかもしれない。だが、ここでは川の流れ、坑道の水位、子どもの杯、冬靴の代金が同じ日に動く。一つを簡単にすれば、別の誰かの暮らしが欄外へ落ちる。


 「陰性だったら」


 ミナが訊いた。


 「同じように出します」


 リナは答えた。


 「晴天、採掘七割、弁の刻、症状の数、全地点の色。赤が出なかったから終わりではなく、雨の後と何が違わなかったかを残すために」


 夕方、雲の切れ目から山の稜線が見えた。明日も雨は来ないと、畑番は言う。川の水位はゆっくり下がり、杭の二枚目の線へ近づいている。


 オルドは、黒嶺の方へ戻る前に、堰の紙を見た。


 「晴れたら、動かす」


 誰も、それを原因を見つける約束とは言わなかった。


 晴天試験操業を実施することになった。

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