第5巻 第22話 公開採水
黒嶺の入口に、空の細瓶が十本、二本ずつ五組に分けて並んだ。
オルドはその前で、手袋を外した。五組にはそれぞれ、坑内、外側の溜め場、上流、中流、下流の札がある。同じ地点の二本も、青の組と白の組で瓶、栓、箱の番号を分ける。札はまだ瓶へ結ばれていない。採水の直前に番号を読み、空であることを皆が見てから、初めて水を入れる。
入口の外には、坑夫とその家族、町から来た水運び、洗い場の人、治癒院の看護者がいる。水番所のリナとミナ、領主庁のノア、畑番のハグも、今日のために山を上ってきた。誰もが、瓶の中の水より先に、瓶の外で何が起きるかを見に来ているようだった。
「坑内の二本は、青の組二十三、白の組二十三」
ノアが読み上げる。
「採水者、オルド・ガイゼ。入口立会い、リナ・セイル、マラ・ドーン、エダ・リュース。空瓶二本確認、午前一刻」
オルドは二本の瓶底を光へかざした。薄い気泡の跡、栓の欠け、瓶の首の小さな擦り傷。リナは水番所の帳面へ、マラは住民側の紙へ、エダは鉱山の板帳へ、青と白を分けて同じことを書いた。ユードの妻は、入口の石へ靴底を押しつけ、紙に残った模様と見比べる。
「中で待つ人はいない」
オルドは言った。
「低い支坑は狭い。二本を組箱で持つのは俺だけだ。同じ溝で同じ刻に満たし、青と白の栓を取り違えない。戻る前に別の瓶へ替える余地はない。出たとき、最初にここで栓をする。箱へ入れるまで、俺は組箱を誰にも渡さない」
リナは頷いた。坑内を見せないことが、隠すことと同じにならないように、入口で見せるものを増やす。安全のために一人で入る場所にも、外から追える線は作れる。
オルドは灯を持ち、坑道へ入った。
中へ降りると、外の声はすぐに水の音へ消えた。沈め槽の前ではバンが泥を掻き、エダの代わりの夜番が排水輪の軸を見ている。今日、採掘はいつもの半分だけに落としている。共同採水のために水位を止めることはできない。水位を止めようとすれば、坑の中で働く人の足元が危うくなる。
オルドは、低い支坑の端にある集水溝へ近づいた。水は石の間から細く流れ、沈め槽へ落ちている。ここで採る瓶が、坑内に入る水そのものをすべて表すわけではない。雨のあとには別の割れ目からも水が来るし、泥を掻いたあとには流れが変わる。それでも、今日この刻、この溝で採った水だと残せば、次に比べる場所になる。
彼は二本を続けて流れへ沈めた。口を下へ向け、泡を入れずに返す。同じ鐘の刻に満たし、青と白の栓を差し込んだが、蜜蝋はまだ押さない。坑内で封をすれば、外の者は封を始めた時を見られない。二本を組箱へ戻し、灯を落とさないよう階段を上がる。
入口の明るさが見えたとき、待っていた人々が一度に息を止めた。
オルドは誰にも組箱を渡さず、石台へ置いた。リナが二本の栓と番号を確認し、ノアが戻った刻を読む。マラは、瓶の外側に泥がついていることも青と白の欄へ書いた。泥がついたから異常とは書かない。ただ、坑内から出た瓶が、外のきれいな瓶と同じには見えないことを残す。
蜜蝋を温めるのはミナ、銅印を押すのはマラにした。青と白の栓を別番号で封じ、それぞれ別の箱へ入れる。オルドは少し後ろへ下がる。自分で採った瓶へ、最後まで自分の印だけを重ねないためだった。
青の組二十三の印が、栓へ残った。
外側の溜め場は、エダが二本を同じ刻に採水した。オルドは立会いとして、弁の柄から手を離して見ている。上流は薪運びの夫婦が二本を持ち、ハグが取水口の石を指す。中流ではマラが堰の下へ柄を伸ばし、昨日まで魚が寄っていた草の根を避けて流れの中央から二本を満たした。下流はミラが橋の影の下で、治癒院へ向かう桶とは別の二本を満たした。
場所ごとに、採る人も、見ている人も、箱を運ぶ人も変わる。同じ地点の青と白は同時刻でも、瓶、栓、箱の番号を共有しない。それぞれの栓、箱の留め金、運搬帳の紐には、自分の組の番号が三つずつ並ぶ。封印が冷えるまで待つ石台も、橋と堰と坑口に用意された。今日は、朝の失敗を急いで忘れないための採水でもあった。
昼過ぎ、五組十箱のうち青の五箱が水番所の机へ、白の五箱が鉱山の外に置いた仮の机へ届いた。ミナは青の箱の封印を読み、石の色を見る。隣領から借りた比較器具は、別の卓でドロアが白の箱を開いて扱った。採った者は、自分の瓶の前に立たない。オルドは坑内の二本から離れ、下流の帳面を読む役に回った。
最初に色が出たのは、坑内の水だった。
未使用石は、昨日の中流で見せた赤へ寄らず、淡い青の範囲で止まった。比較器具も、定めた範囲から外れない。外側の溜め場、上流、中流、下流も同じだった。濁りのある溜め場には、沈殿を待った刻が別に記されたが、色は基準外を示さない。
「全地点、今日の仮基準内です」
ミナが言った。
誰も、すぐに声を上げなかった。
ノアは、結果を書く前に五組十本の帳面を並べた。坑内は、午前一刻に採ったこと、入口で封じたこと、採掘半量の日であること。溜め場は、沈殿を待ったこと。上流は、薪運びの夫婦が立ち会ったこと。中流は、草の根を避けて中央から採ったこと。下流は、橋の影が欄干の割れ目を越えた刻であること。青という一文字の後ろに、同じ日に同じ条件ではなかった水がある。
「古い石は、昨日は赤でした」
マラが中流の欄を見て言った。
「今日は青です」
「昨日と今日で、何が違うかは、まだ決めません」
ミナは答えた。
「雨のあとか、流れの量か、採った刻か、石の置き方か。今日は、少なくとも箱と瓶は追えます。次に違う色が出たら、今日の条件と比べられます」
オルドはその言葉を聞き、坑内の板帳へ水位を書き足した。採掘を半分にした日なら、普段の排水と同じではない。共同採水のために働く者を危険へ近づけたくなくて選んだ量だが、その選択も、水が青だった理由の候補から外してはならない。
「坑内の水位は、指二本。外の弁は午前に一回だけ開けた」
彼はノアへ言った。
「これも、掲示に入れろ。鉱山がいつも同じ水を出しているように、今日の青を使われたくない」
ノアは、掲示の端へ短く書いた。採掘半量、弁一回、水位指二本。町の人がそれだけで坑道の安全を知れるわけではない。だが、書かなければ、今日の結果を明日の通常操業へ勝手に延ばす人が出る。
橋の掲示板へ集まった人の中から、パン屋の使いが訊いた。
「じゃあ、北水路を開けるのか」
リナは、掲示の紙を貼る手を止めた。
「開けません。今日の組は、町の水路を開くための試験ではありません。飲む水を戻す条件は、比較用の水と、症状の記録と、違う日の採水がそろってから決めます」
「青だったのに」
「青だったことを、消さないために貼ります。でも、青だった一回を、安全の札へ変えないためにも貼ります」
使いは不満そうだった。パン屋の朝は、水がなければ始まらない。東の泉から買う樽は高く、粥を炊く家にも回る。待つ側にとって、未確定という言葉は、ただ遅い言葉に聞こえる。
オルドが、坑口の方から言った。
「鉱山も同じだ。今日、赤が出なかったから、明日から全部掘れるとは書かない。水位と弁を見て、次の採水を待つ。待つ間の賃金を、今日の青で消すつもりもない」
パン屋の使いは、鉱山の男を見た。すぐに頷きはしなかったが、掲示の下にある番号をもう一度読んだ。青の組二十三から二十七。自分の町の水を見た人の名と、鉱山の坑内を採った人の名が、同じ紙に並んでいる。
エダは、ようやく肩から力を抜いた。坑内の水が赤なら、弁を止めるか、坑夫をさらに上へ出すかを、今日のうちに考えなければならない。ユードの妻も、靴底の印を見ながら息を吐く。黒嶺の名前に、また一つ赤い札が増えなかったことは、家へ帰ってから話せることだった。
けれどリナは、青と書かれた行の横へ、雨なし、採掘半量、採水午前一刻から昼二刻、と書いた。今日の水が基準内だったことは、昨日も明日も同じだという意味ではない。雨の翌日に反応が消えたことも、夕方に苦味が強いと感じたことも、瓶の外へ追い出してはいけない。
サナは、症状の紙を机へ置いた。
「今日は、朝の震えを言った子が一人います。昨日より少ない。でも、ここで色が出なかったから、その子の話を終わりにしません」
オルドは、坑内の瓶を見た。自分が採った水が青だったことに、安堵がなかったわけではない。だが、瓶が青いから、放流鐘の空白が埋まるわけでもない。町の子が杯を持てなかった朝が、なかったことになるわけでもない。
「掲示に、何と書く」
彼が訊く。
リナは、用意していた白い紙を開いた。
「坑内、溜め場、上流、中流、下流。五組十本の今日の共同採水では、二つの測定台とも仮基準外の色は出ませんでした。採った刻、青と白の封印番号、読む人、症状の紙の有無を一緒に出します」
「安全とは」
「書きません」
「黒嶺と関係ないとも」
「書きません」
リナは言った。
「陰性の結果も公開する約束を、今日、守るための紙です。原因が消えたと宣言する紙ではありません」
ノアはその文を、鉱山側と町側の掲示用に二枚写した。片方だけへ先に貼らない。ミラが橋の掲示板へ運び、ユードの妻は坑口の板壁へ貼る紙を受け取る。どちらの紙にも、青と白の組二十三から二十七までの番号がある。
オルドは、坑口の紙が風でめくれないよう、釘を打った。
全地点が基準内だった日を、誰かの疑いを消すためではなく、次の比較へ残した。




