↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
181/400

第5巻 第21話 三つの封印

ノアは、細瓶の栓を開けずに、机の上へ置いた。


 瓶の首には、昨日まで使っていた木札が紐で結ばれている。上流、朝一刻、立会いハグ。札の字は読める。だが紐をほどけば、同じ形の別の瓶へ結び直せる。瓶を運んだ人が悪意を持たなくても、箱の中で二本がぶつかり、札が外れたら、あとから水の場所を証明できない。


 「採った人が正しかったと言うだけでは、足りない」


 ノアは言った。


 水番所の机には、リナ、ミナ、オルド、マラ、エダがいる。今日は紙を作るためではなく、橋の下で採水の練習をするために集まった。


 「本番では、一地点につき一組二本を採ります」


 ノアは、空瓶をもう一本だけ机の端へ置いた。


 「今日は二本のうち一本だけを使って、封印が切れた時の扱いを練習します。本番の二本には別々の番号を振り、一方を水番所、もう一方を鉱山外の測定台へ送ります」


 「誰がいつ採ったか。誰が見たか。どの瓶がどの箱を通ったか。その三つが、瓶の外から追えないと、陰性の結果も異常の結果も、町へ出せません」


 ノアは、小さな蜜蝋の塊を三つ並べた。一つ目は瓶の栓へ押す。二つ目は瓶を入れた木箱の留め金へ押す。三つ目は、受け渡しの帳面を閉じる紐へ押す。


 「三つも要るのか」


 マラが訊く。


 「栓だけなら、瓶が別の箱へ替わっても分かりません。箱だけなら、中の瓶が替わっても分かりません。帳面だけなら、誰かが後から別の紙へ写せます」


 ノアは答えた。


 「だから、試料、箱、記録に一つずつ。三つの封印です」


 蜜蝋へ押す銅印には、番号が打ってある。今日の橋下の一本なら、青の組の十七。番号は水番所、鉱山、住民側の三冊へ同じように書く。時刻は鐘の音だけでなく、橋の影が欄干の割れ目へ届いたところまで記す。立会人は名を書けなければ、鍬の欠けや靴底の模様を印にする。


 「番号を決めるのは、誰ですか」


 リナが訊いた。


 「毎朝、水番所だけで決めません」


 ノアは、布袋から木札を出した。


 「前日に、上流・中流・下流の組を三者で引く。朝、採水の前に、札と番号を三冊の帳面へ写す。採ったあとに都合のいい番号を選べないように」


 オルドが木札の一枚を拾った。


 「番号が先に分かれば、鉱山の水だけ避けた瓶へ入れたと疑う者もいる」


 「だから、瓶は採水前に全員で空を確かめます」


 ノアは言った。


 「空の瓶の底の傷、栓の形、箱に入れる順番まで書く。番号を知ることと、水を選ぶことを一人の手へ置かない」


 橋の下には、朝の水運びのミラと、火の見の老人が来ていた。二人は水を使う町側の立会人として、欄干のそばに立つ。オルドは坑夫側の立会人として、エダとともに少し離れた場所から水面を見ている。採水するのはリナではなく、今日はマラだ。水番が毎回瓶を持てば、手順が正しくても、水番所の水になる。


 ノアは帳面を三冊、石の上へ開いた。


 「朝一刻半。橋の北側、欄干の三つ目の割れ目から下流へ二歩。瓶は青の組十七、一番」


 ミラが読み、マラが空の瓶を皆へ見せた。底には小さな気泡の跡がある。エダは栓の縁に欠けがないことを確認し、火の見の老人は自分の杖で、採る位置の石を一度叩いた。言葉だけでなく、同じ場所をあとから探せるようにするためだった。


 マラは長い柄の瓶を流れの中央へ沈めた。口を下へ向け、水面の泡を入れないよう中ほどで返す。瓶が満ちると、誰にも渡さず石の上へ置く。オルドが栓を差し、リナが蜜蝋を温めた。


 「番号を読んでください」


 ノアが言う。


 「青の組十七、一番」


 リナが答える。蜜蝋へ銅印を押すと、丸の中に十七の字が残った。マラは栓へ触れず、帳面へ時刻と場所を書く。ミラは靴底の印を、火の見の老人は杖の先でつけた丸を紙へ残す。鉱山側の欄には、オルドとエダの名が並ぶ。


 瓶を木箱へ入れ、留め金へ二つ目の蜜蝋を押す。ここまでは、誰も戸惑わなかった。


 問題は、箱を水番所の机へ渡すときに起きた。


 運び役のユードが、箱を受け取ろうとした。だが、留め金に押した蜜蝋が、まだ柔らかい。箱を持ち上げた拍子に、蓋の縁へ触れ、十七の下半分がつぶれた。


 「待って」


 マラが言った。


 ユードの手は箱の下で止まる。誰も、ユードが壊したと責めなかった。蜜蝋が固まる刻を決めず、持ち上げる順番も決めずに、受け渡そうとしたのは皆だった。


 ノアは、つぶれた印を見た。


 「このまま運んだら、受け取る側は、途中で開けたのか、最初から崩れたのかを分けられません」


 「もう一度、ここへ蝋を足せばいい」


 エダが言った。


 「だめです」


 リナが首を振った。


 「一度つぶれた封印の上へ、同じ番号を押しても、最初の瓶だったとは言えない。採った時刻も、立会いも、封印の状態も、最初からやり直します」


 ミラは、少し困った顔をした。治癒院へ運ぶ桶の時間がある。それでも、箱を見たまま頷いた。


 「私も、もう一度見ます。最初のは、失敗したって書いておいて」


 ノアは帳面の青の組十七へ、横線を引いた。消さない。朝一刻半、箱封印破損、運搬前、試料使用せず、と書く。つぶれた瓶は測定台へ送らない。水を捨てる前に、栓の封印と箱の封印を皆へ見せ、別の桶へ移して洗い場用にも回さないことを確認する。


 封印がつぶれた箱を開ける役は、最初に箱を持ったユードではなく、火の見の老人にした。老人は留め金へ触れる前に、帳面の十八ではない十七の番号を読み上げる。ノアは、箱の端に残った蜜蝋の形を紙へ写した。丸の下が崩れ、数字の一部が木の留め金へ貼りついている。次に同じ失敗があったとき、ただ「壊れた」と書くより、何が壊れたかを比べられるようにするためだった。


 「瓶の栓は、まだ十七のままです」


 ミナが言った。


 「なら、栓だけは使えるんじゃないか」


 エダが訊く。


 ノアは、首を振った。


 「栓が無事でも、箱を開けたあとに、どの時点で誰が瓶へ触れたかを、次の人は証明できません。三つの封印は、強い方が残れば足りるものではない。どれか一つが切れたら、その試料は比較の列から外します」


 オルドは、言葉を挟まなかった。放流鐘の帳面で、一つ抜けた刻がどれだけの問いを残したかを知っている。ミラも、治癒院へ向かう桶の柄を持ったまま、失敗した瓶を見ていた。水が足りない町では、一瓶を捨てることさえ惜しい。それでも、使ってはいけない水を、調査の結果にだけ使えば、次に誰も封印を信じなくなる。


 「この水は、どこへ行くんですか」


 ミラが訊いた。


 「測定には使いません。飲む水にも、洗う水にも戻しません」


 リナは答えた。


 「失敗した試料として、土へ返します。明日からは、箱の蝋を押したあと、固まるまで持ち上げない台を橋にも置きます」


 火の見の老人は、橋の欄干の下に平たい石を見つけた。雨が当たりにくく、荷車の道からも外れている。そこへ箱を置く台として、目印の白線を引く。次に採る人が急いで腕に抱えず、封印の冷える刻を待てる場所だった。


 ノアは紙へ、封印後の待ち刻を足した。蜜蝋が冷えたかどうかを、指で触って確かめるのではない。印を押してから砂時計の細い管が半分落ちるまで待つ。そのあいだ、箱のそばには採水した人と立会人のどちらか一人が残る。待つ人を決めなければ、また皆が次の仕事へ急ぎ、封印だけが置き去りになる。


 マラは、その欄の横へ「待機も仕事」と書いた。洗い場で、包帯を乾いた石台に置く者を決めたのと同じだ。何もしないように見える刻でも、次の人が安心して手を出せるように守る仕事がある。


 「失敗した瓶を、なかったことにしないんですね」


 マラが言う。


 「失敗したことも、次に箱を持つ人が知る必要があります」


 ノアは答えた。


 二度目は、朝二刻に採った。場所は同じでも、朝一刻半の水ではない。ノアは帳面へ、その違いを先に書く。新しい番号は青の組十八。瓶の栓を封じたあと、箱の蜜蝋が冷えるまで、ユードは箱を石の上へ置いたまま待った。ミラは杖の影が欄干の割れ目を越えたことを記し、オルドは箱を持ち上げる前に、封印の十七ではなく十八の数字を声に出して確かめた。


 三つ目の封印は、水番所の受付で行う。ノアが運搬帳を閉じ、青の組十八の紙を革紐で綴じる。受け取るミナは、瓶の栓、箱の留め金、帳面の紐に、同じ十八があることを見た。それから初めて、帳面へ受領の刻を書いた。


 「これなら、陰性だったときも追えます」


 リナが言った。


 「どの場所の、どの水を、誰が運んで、どの器具で読んだか。青だったことを、後で都合よく消せません」


 オルドは、橋の下流を見ていた。水は今日も透明で、町へ向かう荷車は止まらない。だが、今から作る紙には、鉱山の水だけを疑うためではなく、疑われた水が違ったときも残る道ができ始めている。


 「坑道の中の水は、俺が採る」


 オルドは言った。


 皆が彼を見る。


 「外の者を、低い支坑へ入れて瓶を持たせるわけにはいかない。水位が上がれば、弁の道も狭い。だが、俺が一人で採って、これが坑内の水だと言うだけにもしたくない。坑の入口で空の瓶と番号を皆に見せる。中で採ったら、最初に外へ出たところで封を見せる。俺の手で採る分は、俺の記録も一緒に出す」


 ノアは、坑内採水の欄を新しい帳面へ足した。


 オルドが、坑道内採水を自分で担うと決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。