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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第5巻 第20話 測る人を分ける

リナは、水番所の長机へ三本の青い紐を置いた。


 紐の端には、上流、中流、下流と書いた木札がある。上流は町の管が始まる前の川べり。中流は魚が岸へ寄った堰。下流は町へ入る橋の下。水を一つの名で呼べば、どこで変わったのかを誰も比べられない。だから、採る場所を三つに分けることだけは、もう皆が同意していた。


 問題は、誰が採り、誰が読むかだった。


 「鉱山の人が溜め場の水を採れば、町の人は都合のいい場所を選んだと思う」


 リナは上流の紐へ、もう一枚札を結んだ。


 「町の人が採れば、鉱山の人は弁も水位も知らない人が触ったと思う。だから、採る人と、測る人を分けます」


 水番所にはオルド、エダ、マラ、サナ、ドロア、ミナ、ノアが集まっていた。坑夫の家族代表として、ユードの妻も入口側の椅子へ座っている。彼女は字を書けない代わりに、採水箱を見た印を、紙へ自分の靴底の模様で残すことになった。


 「上流は、鉱山側が場所を示す」


 オルドが言った。


 「水路の外へ入らないように、場所指定者が岸を示す。町側の採水者が瓶を満たして封をする。水を運ぶ人が立会人になり、場所と封印を見て印を入れる。瓶へ触るのは、場所を示した俺ではない方がいい」


 「中流は、畑番が場所を示し、住民側の採水者が瓶を満たす」


 マラが続けた。


 「鉱山側の人に立ち会ってもらう。採水者だけで場所を選んだと言われないように、畑番のハグさんが堰の板と水位を示します」


 「下流は、水番所が場所を示し、橋で水を使う人が採る」


 リナは言った。


 「鉱山側からも立会人を一人出してもらいます。水番が場所指定、採水、立会いを全部担ったら、また自分の帳面だけで水を決めることになる」


 場所指定者、採水者、立会人は、三つの地点で組合せを変える。次に、その瓶を誰が読むかを、リナは紙の右側へ書いた。


 上流の瓶は、鉱山側ではなく水番所の測定台で読む。中流の瓶は、ミナが持つ古い未使用石と、隣領から借りる比較器具で読む。下流の瓶は、鉱山の外に設ける仮の机で、ドロアと治癒院の者が読む。採った人は、自分が採った瓶の色を先に読まない。


 「治癒院の者まで測るんですか」


 オルドが訊く。


 サナが答えた。


 「術式の色を決めるのはミナさんです。私が見るのは、瓶の番号と、症状の紙に書いた刻が同じ日に並ぶかどうかです。患者の話を石の色へ変えるつもりはありません」


 オルドは頷いた。自分の帳面が水の原因を決めるものではないのと、同じことだと分かったのだろう。


 リナは、三つの地点から二本ずつ採る案を出した。一方は採った場所と時刻を記したまま水番所へ行く。もう一方は、同じ内容を書いた控えをつけて別の測定台へ行く。二つの結果が違えば、どちらが正しいかを急いで決めず、採水からやり直す。


 「六本を、誰が毎日運ぶんですか」


 ユードの妻が訊いた。採水を公平にしても、荷車と人手が足りなければ、紙の上の約束で終わる。彼女の夫は採掘停止の日、空箱を運んだ。水の瓶も、誰かが山道と町の橋を越えて運ばなければ、測る机には届かない。


 リナは、上流から下流までの道を紙へ描いた。朝一刻に上流で二本、昼二刻に中流で二本、夕刻前に下流で二本を採る。同じ地点の二本は同じ刻に満たし、封印番号だけを分ける。同じ場所だけを一日に三度採るのではなく、三日ごとに採る者を交代させる。水番の人が上流を採った次は、鉱山側が中流の立会いをし、住民側が下流の箱を運ぶ。


 「運ぶ役も、採った役と別にします」


 彼女は言った。


 「ただ、山道を知らない人へ、急に上流の荷を任せません。鉱山側が道を示し、町側が箱を持つ。道を案内した人は、箱の中に触れない。箱を受け取る人は、着いた刻と、外側の傷を帳面へ書く」


 エダが、空箱の留め金を開け閉めした。


 「それなら、俺たちの夜番が増える」


 「増やしません」


 オルドが先に言った。


 「排水番と採水の立会いを同じ人へ重ねれば、どちらかが抜ける。坑夫側は、採掘を止めた日に日当を受けた者から、交代で一人を出す。採水の立会いも仕事として帳面に入れる」


 ユードの妻は、鉱山の欄に印をつけた。


 「家で待つ人の名簿も、同じ日に見せてもらう。立会いに出る人だけ賃金が残って、待機の人が消えるなら、また箱が軽くなる」


 オルドは頷いた。共同採水は、善意で早く来られる者へ押しつける仕事にしてはいけない。リナは町側の欄にも、洗い場、治癒院、給水の担ぎ手から一人ずつ交代で出すと書いた。手が震えるマラへ毎回帳面を任せず、包帯の仕事が重い日は別の者が立会いをする。


 「結果を読む刻も決めましょう」


 サナが言った。


 「夜に紙だけ届いても、次の朝、子どもの杯をどうするかが分からない」


 そこで、測定は受け取ってから一刻以内、二つの机の結果と症状の記録は日没前に同じ板へ写すことにした。結果がそろわなければ、「未確定。採り直し」と書く。遅れた方を隠したり、先に青が出た方だけを掲示したりしない。


 リナは、空欄の札を皆へ見せた。異常色なし、異常色あり、未確定、採り直し。この四つ以外の言葉は、今は書かない。安全、危険、鉱山の水、と先に結論の名を貼れば、次に違う結果が出ても、人は札の方を信じる。


 「水が足りない日に、未確定では困る」


 マラが言った。


 「はい」


 リナは答えた。


 「だから、未確定の間に使わない水と、どうしても使う水を別に決めます。治癒院の薬、火の見、家で飲む分は東の泉から。洗濯や桶洗いは、症状と結果を見て、その日の札で決める。待たせる側が、何を待たせたかも紙に残します」


 手順を増やすことは、水を遅くすることでもある。その遅れを、町の人だけへ払わせないために、誰が運び、誰が待機し、何を先に渡すかまで同じ紙へ書く必要があった。


 「陰性だったときも、二つとも出す」


 ユードの妻が言った。


 皆が彼女を見ると、彼女は靴底の印を押した紙を膝に置いた。


 「黒嶺の水で何も出なかった日を、黙っておかれたら困る。町で鉱山の名前だけが残る。でも、出なかったからもう見ないと言われても困る。娘の靴のことも、町の子が水を飲めないことも、どっちも噂で決められたくない」


 リナは、陰性結果の欄へ線を引いた。採水場所、採水時刻、器具、読む人、色、症状の有無。赤が出たときだけではない。青だったときも、同じ大きさで掲示する。掲示板には「安全」とは書かない。今日この手順で異常色なし、または異常色あり、と書く。


 「水番所の青い石は、どこに置く」


 ドロアが訊いた。


 現用石と予備石を、また水番所の棚へ戻せば、鍵を持つ者だけが箱を開けられる。鉱山へ渡せば、町は水を軽く見せるためだと思うかもしれない。領主庁の保管庫なら、遠くて水番の朝に間に合わない。


 ミナは、机の下から小さな木箱を出した。蓋に、二つの錠穴がある。


 「古い測定器具の箱です。一つの鍵では開きません。水番所と、町の代表が一つずつ持つ。鉱山の人は、箱を開ける時に立ち会う。次の月は、町の代表と鉱山の代表を入れ替える」


 「水番所が鍵を持つなら、また基準を決めるんじゃないか」


 オルドが言う。


 「水番所は、石を濡らすだけです」


 リナは答えた。


 「どの水で比べるか、いつ箱を開けるか、誰が結果を書くかは、三者で紙にします。私だけで石を青へ戻さない」


 ノアが、保管の紙を作り始めた。箱を開けた刻、鍵を持った人、取り出した器具、戻した器具、傷の有無。古い石は使ったあとに乾かし、現用石とは別の布へ包む。比較用の水は、日付と採取地を書いた細瓶のまま、冷えた土箱へ入れる。器具が欠けたり、布が濡れたりしたら、次の測定へ回さない。


 「交換は、毎回します」


 ミナが言った。


 「水番所の石をずっと水番所だけで読まない。鉱山側の机で使った器具は、次は治癒院側の机へ。読み方も、私が読む日と、隣領の鑑定師に読んでもらう日を分けます」


 リナは、その紙を聞きながら、少し怖くなった。自分の水番所で毎朝決めていたことが、急に多くの人の手を通る。遅くなる日もある。水を止める札を出すまでに、待つ人も出るだろう。


 「緊急のときは」


 彼女が訊く。


 ノアは紙の余白へ、別の欄を作った。


 「意識を失う、急に呼吸が苦しくなる、同じ刻に複数人が倒れる。重い健康兆候は、一つでも出たら水番と治癒院がすぐ一時停止の札を出す。そこまで重くない時は、異常色、症状の増加、魚が同じ場所で岸へ寄ることのうち二つが重なれば止める。どちらも次の測定を待って、水を使い続ける判断はしない。鉱山側にも、同じ刻に知らせる」


 オルドは、その条件を読み直した。


 「町の取水停止は待たせない。その停止と同時に、こっちは排水の水位を見る。坑道から濃い水が出るなら、町の一時停止と同じ紙に書く」


 「書きます」


 リナは頷いた。


 その場で、最初の共同採水の練習をした。空の細瓶を六本、上流、中流、下流の札へ分ける。オルドは上流の箱を持ち、マラは中流、リナは下流の箱を持つ。採る人は別の者、瓶を運ぶ人も別の者、測る机を受け持つ人も別にする。


 ところが、上流の一本を水番所の机へ渡すとき、エダの手が止まった。


 瓶の首には、採った場所と時刻を書いた札が紐で結ばれているだけだった。紐はほどける。札は付け替えられる。誰かが悪意を持たなくても、箱を受け渡す途中で別の瓶と入れ替われば、どこから来た水かを後で証明できない。


 「箱を二つにしただけじゃ、足りない」


 エダは言った。


 リナは瓶を受け取らず、机の上へ戻した。採った人を分け、測る人を分けても、間の道が誰にも見えなければ、また結果を信じてもらえない。


 試料を交換するときには、封印が必要だった。

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