↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
169/400

第5巻 第9話 調査許可証

許可証は、黒嶺の門を開ける札にはならなかった。


 レントは領主庁の会議机に、その紙を置いた。通れる道、採水地点、同行人数はある。それでも坑夫たちは門を開けなかった。排水を担う人と、賃金が遅れた家を守る条件がなかったからだ。紙の端には、門前の泥が乾いて残っていた。


 ノアは許可証の端に付けた小さな印を、机の中央へ向けた。公表を見直す刻。緊急時に誰が知らせを出すか。先日の会議で空いたまま残した二つの印だった。


 フェルドは、許可証を見ずに言った。


 「条件を増やせば、調査に入れると思うか」


 「入れるとは限りません」


 レントは答えた。


 「でも、今の条件では入れない理由を、坑夫たちへ渡したままです。鉱山の名を伏せることだけを書いて、水が危険になったとき誰が何を知らせるかを書いていない。調査権を守るために、住民の知らせを遅らせる紙にはできません」


 机の向こうにはフェルド、ノア、リナがいる。イレナは治癒院から、夜の水差しの紙を持ってきていた。今日も腹痛を訴えた者と、何もなかった者が同じ帳面に並んでいる。鉱山とのつながりは、まだどこにも書かれていない。


 「名を出せば、融資が逃げる」


 フェルドは言った。


 「出さなければ、住民は自分で名を作る」


 リナが答えた。水番の帳面には、北水路、洗い場、治癒院、東の泉と、場所だけが並んでいる。彼女は苦みを最初に書いた者として、噂がどの速さで自分の言葉を越えるかも見てきた。


 「今、黒嶺と断定しないことは必要です。でも『何も分かりません』だけを繰り返すと、町は一番怖い名前を選ぶ。水番所の前で、子どもまで鉱山の話をしています」


 フェルドの手が、融資帳の上で動いた。


 「なら、黒嶺の名を出さずに、何を出す」


 レントは、紙を裏返した。表にあるのは通行の条件だ。裏に必要なのは、調査が町の人を待たせるための札にならない条件だった。


 「まず、非公表の終わる刻です」


 「三日間の調査許可は、もう書いてある」


 「三日後に、何をするかが書いていません」


 レントは言った。


 「三日後までに原因が分からなくても、非公表を続けるなら、その理由と次の期限を出す。期限を延ばす人も、名前で残す。そうしないと、調査が長引くほど、住民は何を待っているか分からなくなります」


 フェルドは眉を寄せた。


 「期限を掲示すれば、商会も三日後を待って融資を止める」


 「商会が止める恐れは、今もあります」


 ノアが言った。


 「だから、期限と一緒に、現時点で鉱山は原因と確定していないこと、調査は水路の複数地点を見ること、賃金や操業の停止を決める紙ではないことも出します。隠している名前だけが町を歩くより、役所が何を決めていないかを出した方が、少なくとも書き換えられます」


 フェルドはノアを見た。先日の会議で期限を求めた若い書記が、今度は鉱山を守る文も書こうとしている。ノアは、鉱山の名を伏せることへ賛成したわけではない。原因のない名で、坑夫の家が先に罰を受けないための文を、紙の外に残したくなかった。


 イレナが、治癒院の紙を机へ置いた。


 「期限まで待てないときもあります」


 彼女は言った。


 「患者さんの症状が増えた。水を使った場所で急に倒れる人が出た。そんなとき、鉱山の名を出すかどうかより先に、どの水を使わないでほしいかを伝えなければならない」


 「それは北水路の停止で足りる」


 フェルドが答える。


 「止める水が増えれば、代替水も増やさないといけません」


 イレナの声は静かだった。


 「治癒院だけに渡せば、西区の釜が空く。町へ危険を知らせるのは、怖がらせるためではなく、どこへ水を運ぶかを一緒に決めるためです」


 レントは、イレナの言葉を許可証の裏へ短く書いた。緊急時は、原因の名を決めなくても、利用停止と代替水の優先を知らせる。知らせる内容を、原因の公表と同じ箱へ入れない。


 「緊急時の例外は、二つに分けます」


 レントは言った。


 「一つは、住民へすぐ出す知らせ。使わない水路、代替水の受け取り場所、治癒院の優先、症状が出たときの連絡先です。これは鉱山名を出さずに、今ある記録で出せます」


 リナが頷いた。水番所の前へ貼る札の形が、彼女の頭の中にあるのだろう。


 ノアは、許可証とは別の小さな紙を引き寄せた。住民へ出す緊急札の下書きである。北水路を使わないこと。水を受け取れる刻と場所。腹痛や震えがあれば治癒院へ知らせること。原因は調査中で、特定の場所や仕事を決めていないこと。


 「『上流の水に異常』と書くのはどうですか」


 リナが訊いた。


 フェルドはすぐに首を振った。


 「上流と書けば、黒嶺だけでなく、上流で畑を作る家も疑われる」


 「では、『北水路の利用を止めています』なら」


 「それなら、水番が見た事実です」


 イレナが紙をのぞいた。


 「症状を書くなら、『水を飲んだ人だけ』とは書かないでください。洗い場で手を震わせた人もいる。利用を止める札が、飲水以外を安全だと言う札になってはいけない」


 ノアは文を削り、利用停止の横へ「飲む、調理する、洗う水を含む」と加えた。代わりに、北水路の水へ触れた人が皆同じ症状になるわけではないことも、短く添える。怖がらせないために曖昧にすれば、洗い物や薬の水だけが抜け落ちる。断定しないために何も書かなければ、住民は自分の家で判断するしかなくなる。


 「この札なら、坑夫の名を出さずに、町が今日することは出せます」


 フェルドは言った。


 「だが、鉱山へ来たことまで隠す紙ではない。水路を調べていることは書け」


 彼は最後に付け足した。無用な風評を避けるために、調査そのものまで隠せば、坑夫は結局、役所が何をしているか知らないまま疑われる。レントは、その一文を残した。鉱山の名を守ることと、調査を見えなくすることは、同じではなかった。


 「もう一つは、鉱山名を含む公表です。水路の停止だけでは住民を守れないとき、または採水の結果と現場の状態を、複数の人が同じように確かめたときに出す」


 「複数とは誰だ」


 フェルドが訊く。


 レントは答える前に、机の人々を見た。自分一人が決めれば早い。だが自分は水の味も、坑道の水位も、患者の息の苦しさも、紙越しにしか知らない。


 「水番のリナさん、治癒院のイレナさん、領主庁ではフェルドさんか、あなたが指名する代理です。三人のうち二人が、緊急の利用停止が必要だと見たら、水路の知らせは出す。鉱山名を出す判断は、三人の記録と、採水に立ち会った者をそろえてからにする」


 「私が反対なら」


 「水路の知らせは止めません」


 レントは言った。


 「ただし鉱山名は、止める水路と同じ速さで出さない。名前が必要になる理由を、紙に残してからです」


 フェルドは椅子の背へ体を預けた。非公表の条件は、鉱山を守るための壁だった。いまレントは、その壁に扉を付けようとしている。扉があれば、住民は危険から出られる。だが鉱山の名も、扉の隙間から出ていくかもしれない。


 「誰が解除を決める」


 フェルドは、低く言った。


 ノアが新しい欄を引いた。


 「非公表の解除は、フェルドさんと、領主庁が記した代理人。二人の名をここへ書きます。延長するなら、次の期限と理由も同じ欄へ。緊急の水路の知らせは、リナさんとイレナさんの二人が必要と判断した時点で出せる」


 「鉱山の名は」


 「現場の記録を含めて、解除した人が理由を署名する」


 ノアは言った。


 「誰かが後で、名前だけを先に出したり、期限だけを黙って延ばしたりできないように」


 フェルドは、しばらく紙を読んだ。そこには鉱山の無用な風評を避けるための非公表と、住民へ水の危険を知らせるための例外が、別の行として並んでいる。どちらか一方だけを守れば、もう一方の人が先に困る。


 「三日後、ここで見直す」


 フェルドは言った。


 「延長するなら私か代理が理由と次の刻を書く。水路の緊急札は、水番と治癒院が出す。鉱山名は、調査の記録と現場の立会いを添えて、私が解除する」


 ノアが、その言葉を許可証へ移した。レントは、紙に書かれた名前を見た。調査班が門を入るための紙ではある。だがそれだけを守る紙ではない。水を止めるとき、誰が住民へ言うか。名を出すとき、誰が坑夫の家に残る損を引き受けるか。その二つを、同じ机で逃げずに決めるための紙だった。


 フェルドは新しい印を押した。


 「これで、鉱山は入れると言うかもしれない」


 「言わないかもしれません」


 レントは答えた。


 「でも、拒む理由を紙の外へ追い出さない形にはなります」


 会議が終わり、リナは許可証の写しを手に、水番所へ戻るはずだった。ところが扉の前で足を止めた。窓の外には、上流へ続く道が見える。黒嶺へ向かう道よりさらに細く、許可書の地図には線すら引かれていない道だった。


 「レントさん」


 リナは言った。


 「許可の外ですけど、もっと上流へ一緒に行ってほしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。