第5巻 第3話 同じ震え
レントは、治癒院の廊下で三枚の紙を並べた。
一枚目は病棟の患者の紙だった。腹の痛み、手の震え、朝の水差し。二枚目は職員宿舎から届けられた走り書きで、朝食のあとに指が震えた者が二人いるとある。三枚目は洗濯場の当番表で、洗い水を替えた刻の横に、マラという名が小さく足されていた。
どの紙にも、水という言葉がある。
だからといって、水が原因だとはまだ言えない。病棟には薬がある。宿舎には同じ献立がある。洗濯場には薬も朝食もないかわりに、湯気と洗浄液がある。紙に同じ言葉が現れるときほど、その言葉だけを見ない方がいいと、レントは前の世界で覚えた。
彼は紙の余白へ、四つの見出しを書いた。食事、薬、水、洗浄。
「答えを決めるためじゃない」
傍らで紙を押さえていたイレナに言った。
「同じになっているものと、違うものを、先に聞きたい」
イレナは頷いた。彼女の目の下には朝より深い影があったが、患者の紙を取り上げる手は止まらない。
「病棟からにしますか」
「うん。症状が出た順番も聞かせてください。『朝から』ではなく、何をした後だったかを」
最初に話を聞いたのは、窓際の寝台にいた木工職人だった。彼は朝のパンを半分だけ残し、両手を膝に置いている。指先の震えは、じっとしていれば見えない。けれど、コップを持とうとすると、親指がかすかに外へ逃げた。
「朝、何を口にしました」
レントは、答えを急かさないように尋ねた。
「黒パン、水。薬はまだだ。腹が痛くなってから、スープは残した」
「水はどのコップで。どこから来たか、覚えていますか」
職人は枕元の水差しを指した。看護者が朝に置いたものだという。夜からあった古い水差しは、床の脇へ下げられている。レントは二つの底を見たが、片方だけが濁っているようには見えなかった。
「手ぬぐいは使いましたか。朝、手を洗ったとか」
職人は少し考えた。
「顔を拭いた。洗浄室の布だ。だが、それを言い出せば、ここにいる全員が何かしら使っている」
「その通りです。だから、使ったことも、使わなかったことも残します」
レントは、黒パン、朝の水差し、洗浄済みの手ぬぐい、薬は未服用と書いた。水を飲んだことが目立つ紙になったが、薬を飲んでいないことも同じ重さで残した。次の寝台の女性は逆だった。朝の薬湯を飲み、パンは食べず、水差しにはまだ手をつけていない。腹の痛みは彼女の方が先に出ていた。
「薬湯に使った水は、病棟の水差しと同じですか」
レントが聞くと、イレナが釜の方を見た。
「北水路から来る管は同じです。ただ、釜へ入る前に一度、洗い直した桶を通ります」
同じ、という言葉の後ろに、別の手順が隠れている。レントは紙に線を引かなかった。病棟の水差し、薬湯の釜、洗浄済みの布。その三つを並べ、患者ごとに触れた時刻だけを添えた。
十分に話を聞くあいだ、レントの視界の端には、淡い線がいくつか現れた。水差しから釜へ、釜から薬湯へ、洗浄室から寝台の手ぬぐいへ。線は、人が使ったものの間に生まれているだけで、何が症状を運んだかを教えてはくれない。彼はその光を、答えではなく、次に確かめる順番として見た。
職員宿舎は治癒院の裏手にある。昼の鐘が鳴る前、レントはイレナと一緒に小さな炊事場へ入った。火は落ち、朝の粥の鍋だけが石台に残っている。宿舎の世話役が、洗った椀を布の上へ伏せていた。
「震えた人は、同じものを食べましたか」
「粥と塩漬けの菜。けれど、夜番のニコは粥を食べていない。眠る前の薬を飲んで、朝は水だけだった」
「水は」
「北水路。ここの炊事も、病棟の釜も」
世話役は、鍋の蓋を指で持ち上げた。粥はすでに固まりかけている。
「菜は市場から買った。薬は人によって違う。椀と布は洗濯場から戻ったもの」
病棟と宿舎を重ねれば、食事は一致しない。薬も一致しない。水と洗った布は残る。だが、宿舎の者は病棟より早く椀を使い、病棟の者は薬湯を使う。水の使い方も、触れた時間も違う。
レントは世話役へ、震えた二人と何もなかった三人の朝を、同じように書いてもらった。何もなかった人の欄を空白にしないためだった。黒パンを食べて平気だった者、薬湯を飲んで平気だった者、粥を食べずに震えた者。その紙があれば、食事だけを指して終わりにはできない。
「水を止めるんですか」
世話役が尋ねた。
「まだ止めません。止めるなら、誰に何の水が届かなくなるかを先に数えます」
レントは、言いながら自分の紙へも書いた。止めない、ではない。止めるかどうかを決めるだけの材料がない。腹痛と震えの紙だけで、病棟の薬湯も、宿舎の粥も、洗濯済みの布も断てば、別の困りごとが増える。
洗濯場では、熱い湯気が梁の低い天井に溜まっていた。マラは桶の前にしゃがみ込み、腕まくりをした手を膝で押さえている。洗った包帯を絞るたび、指が言うことを聞かなくなるのだと、彼女は言った。
「朝からですか」
「朝二刻の少し後。布をひと山すすいでから」
「食事は」
「家で麦の粥。宿舎のものじゃない。薬も飲んでない」
「水は飲みましたか」
マラは首を傾けた。
「ここじゃ飲まないよ。洗い水を口にする趣味はない。家から持った茶を朝に飲んだだけ」
それでも、彼女の手は震えている。洗濯場の桶は北水路から汲まれ、いったん温められ、洗浄液と灰汁を混ぜて使われる。病棟の人が触った布も入る。水を直接飲むこと、湯気を吸うこと、濡れた布を絞ること、洗浄液に触れること。ここには候補が多すぎた。
レントは一つずつ聞いた。どの桶を使ったか。湯を沸かした刻はいつか。洗浄液を混ぜたのは誰か。最初に震えを見たのは本人か、隣の者か。マラは答えながら、使った桶の持ち手に残る札を見せた。朝二刻、洗い場裏、洗濯。リナの字ではない別の水番の印が、木札の裏にあった。
それでもレントは、北水路とだけ書かなかった。桶、釜、洗浄液、布、湯気を分けて紙へ置く。線は洗濯場から病棟の布へ伸びているように見えたが、それは同じ洗い場を通ったという印でしかない。線の太さで、人の苦しみを決めてはいけない。
レントは、病棟、宿舎、洗濯場の紙を床板の上に並べた。朝一刻、病棟の水差しが置かれた。朝一刻半、宿舎の粥が釜からよそわれた。朝二刻、洗濯場で最初の桶が温められた。それぞれの震えは、その後に記されている。時刻は近いが、同じではない。近いことは候補を残す理由にはなっても、原因を決める理由にはならなかった。
「マラさん。最初の桶を温めたとき、ほかの人は何をしていました」
「エナは包帯を仕分けてた。ユリはまだ廊下の方。私は灰汁を混ぜた」
「灰汁に触れたのは、あなた一人ですか」
「そう。でも、昨夜も同じ袋を使った。震えはなかった」
レントは灰汁の名を紙の端へ移し、昨夜も使用、症状なしと添えた。洗浄液を外せるとは限らない。ただ、今日だけのものと、いつもあるものを一緒に扱うわけにはいかない。
次に彼は、洗濯場の釜へ水を運んだ使いを呼んだ。使いは、治癒院の水差しと洗い場の桶を同じ荷車で運んだが、積んだ順番は別だったという。病棟の水差しを下ろしてから、洗濯場へ回った。荷車の底に敷いた布は、朝には乾いていた。
「覚えていることだけでいい」
レントが言うと、使いは少し安心した顔で、汲み口の札を思い出した。北水路・番所正面、朝二刻半。彼はその刻を、三枚の紙すべてへ同じように書いた。水の名だけで線を結ぶのではなく、誰がいつ運び、何に使ったかを戻れるようにするためだった。
《連環視》の淡い線は、その記録の上では光らない。だが、話を聞き終えたものだけが、次の質問の形になる。レントは線を追うのではなく、紙に残った空白を追った。清掃に出たユリは、まだ何を飲み、何に触れたかを書かれていない。
「ここにいた人で、何もない人は」
「エナとユリ。ユリは廊下の掃除に出た」
マラが答えた直後、入口の仕切り布が揺れた。桶を運んでいた若い洗濯女が、青い顔で中へ入ってくる。彼女はユリではなかった。指先を強く握り、息を整えようとしていた。
「エナ、どうした」
「分からない。急に腹が……」
レントは、紙の上の四つの見出しを見た。増えた症状だけでは、候補は減らない。エナが何を食べ、何を飲み、どの桶を使ったかを聞かなければならない。彼はイレナへ、病棟と宿舎の紙をここへ持ってくるよう頼んだ。比べる者が一人で済むなら、誰かを待たせないで済む。
そのとき、廊下の先で金属の柄が床へ落ちた。
掃除用の桶のそばに、ユリが片膝をついていた。彼女は床布を絞る手を胸元へ引き寄せ、震えを止めようとしている。レントが駆け寄ると、ユリは唇を噛んで顔を上げた。
「水は飲んでいません」
「朝から、何を口にしました」
「家の茶だけです。ここでは一口も。病棟の水も、粥も、薬湯も」
彼女の足元には、北水路の水で濡らした床布と、絞り終えた掃除桶があった。レントはそれを見たが、原因の名を口にしなかった。
飲まない清掃員にも症状が出て、飲水だけでは説明できないことが、そこで初めてはっきりした。




