第九十六話 神山ペール
信徒たちは慣れた様子で列を作っていった。
僕もその流れに紛れ、前すぎず、後ろすぎずの位置へつく。
先頭から少し離れたくらいの位置。
巫女やコヤン祭司の姿は後ろの方にある。
フリールは雑務班の方へ回っているらしく、今は見えなかった。
⸻
零の大聖堂を出ると、巡礼の列はそのままフロワの街を北へ抜けていった。
ペール山は、街から北へ半日ほど進んだ場所にある。
フロワの中にいる時は大きく見えていたが、近づくにつれてその存在感はもっと増していく。
曇り空の下にそびえる白い山。
(始まった)
僕は歩きながら、意識だけは広く張る。
(探知だけは広げておかないと)
白い息を吐きながら、列はゆっくり進んでいく。
誰も無駄口は叩かない。
そんな中、異様な隊列はペール山へ向かって、着実に歩みを進めていった。
(みんな、どうかな?)
意識の中で仲間たちへ声をかける。
(今のところ、気配はない)
ネールの返事は短い。
(クロープ、周囲は?)
(このままペール山まで大丈夫そうだよー……)
(じゃあ、ひとまず安心か)
そうして列は止まることなく進み続け、やがて山の麓へ辿り着いた。
アレイシスが先頭で立ち止まる。
「全体に伝えよ」
その声が前から伝わってきた。
「これから神山へと入る」
「まずは祈りを」
巡礼の列が、一斉に止まる。
白い雪の前で、全員がまた祈りの形を取った。
僕もそれに倣う。
入山前に、こうして全員で祈る。
その行為自体が、この山をただの山ではなく神域として扱っているのだと分かった。
(ここからはさらに慎重に探知してね、みんな)
みんなが頷くような気配が伝わってきた。
そして巡礼の列は、ペール山へと足を踏み入れた。
⸻
最初のうちは、まだ人が歩けるだけの山道があった。
けれど進むにつれて、その道もどんどん雪に埋もれていく。
踏み固められた白い斜面。
足を置くたびに、雪が沈む。
歩きにくい。
しかも、進むほどに空気は薄く冷たくなっていった。
(前方の右方向、奥にモンスターだ)
ネールが警戒を告げる。
(パディット、そっちはまだ確認できないか?)
(こっちはまだだな)
(列とぶつかるかな?)
僕が聞くとネールが答える。
(動く気配はない)
(ただ、じっとしている)
(それなら放置で大丈夫だよ)
(了解)
気配はある。
でも、今のところこちらへ向かってくる様子はない。
こうして魔力の高い場所に、何体も何体もモンスターが潜んでいるのだと思うと、やはり気は抜けなかった。
巡礼の列は、雪山を進んでいく。
祈りを捧げながら進む者。
無言でただ前を見て歩く者。
そうして、半日ほど歩き続けた。
(やっぱり、雪道だと流石にきつくなってくるね)
足が重い。
吐く息も、少しずつ荒くなっていく。
(大丈夫なのん?)
ムーが心配そうに聞く。
(頑張るよ)
そう返した、その時だった。
(何か強い魔力が眠ってるー……)
クロープの眠たげな声が響いた。
(ニヴァリス……かな?)
(可能性は高いね)
パンが言う。
(まだ、あんなに高い位置まで行かないといけないのに)
(ここからでも魔力を感じるのか)
パディットが低い声で言った。
(とにかく、警戒は続けていこう)
列はそのまま、休憩らしい休憩もなく雪山を登っていく。
前を見る。
白。
横を見る。
白。
ただひたすら、曇った空と雪だけの世界だった。
⸻
「もうすぐ開けた場所に出る」
前方から、アレイシスの声が飛ぶ。
「そこで夜を越す」
「下の者にも伝えよ」
その声は列の後ろまで伝わっていた。
しばらくして、視界が少し開ける。
そこは周囲より広く、比較的雪も穏やかな場所だった。
今夜の野営地らしい。
(今日はここで休憩らしいけど、みんな大丈夫?)
(今のところはね)
パンが返す。
(ただ、やはり上に行くほど魔力が濃い)
パディットの声が続く。
(出会わないように進めればいいけど、こう一本道じゃね)
(大丈夫なのん)
ムーが言う。
(出会いそうになったらムーたちが倒すのん)
(ありがとう)
広場では、魔零派の人たちが慣れた手つきで雪山用のテントを張っていった。
小さく、背の低いテントがいくつも並ぶ。
その中に、雑用をしているフリールの姿も見えた。
ローブの上から荷を運び、指示に従って忙しそうに動いている。
与えられたテントは、三人がようやく休めるくらいの広さだった。
床はシートとマットが敷かれているだけで、底冷えはする。
それでも、雪の上で直接休むよりはずっとましだった。
体を横たえると、思った以上に疲れが出ていたらしい。
気づけば、僕はそのまま眠りに落ちた。
⸻
目が覚めた時には、もう朝だった。
外は相変わらず曇っている。
薄い光が、テントの布越しに差し込んでいた。
外へ出ると、空気は前日よりさらに冷たい。
吐く息が真っ白に広がって、すぐに消える。
「引き返したものは何名だ」
近くでアレイシスの声がした。
「はい、確認できるのは十四名です」
雑用の男が答える。
「今回は随分残っているな」
アレイシスの目が細くなる。
「巫女様は大丈夫か」
「はい、大丈夫です」
「コヤン祭司様とウルモイ様がついておられますので」
「……ならいい、任せよう」
「何かあったらすぐに知らせてくれ」
(あの巫女の女の子、すごいね)
僕は思わず言った。
(ちゃんとここまで登ってこられるんだ)
(途中、何度かおぶってもらってたけど、すごい胆力だよ)
パンが返す。
「ではそろそろ出る」
アレイシスの声が再び全体へ響く。
「神鳥様の祭殿はもうすぐだ」
その掛け声で、再び列を作る。
ローブの群れは、また山の上へと進み始めた。
⸻
しばらくは、ただ雪道が続いた。
足を取られながら進む。
空気は重い。
周囲は静かすぎる。
その静けさの中に、ふいにクロープの声が器に響いた。
(パディット、そこから右の奥に、列に進んでくるモンスターがいるー……)
(わかった、対処する)
次の瞬間、雪の下から気配がした。
(地面からなのん……)
ムーが声を上げる。
(ムー、くるぞ)
パディットの声と同時に、雪の下から何かがすごい勢いで突っ込んできた。
白い雪を跳ね上げ、蛇みたいな長い体が現れる。
だが、ただの蛇じゃない。
太い胴に、雪を掻くためみたいな短い手が生えていた。
体長は五メートルほど。
目は細く、牙は鋭い。
ホワイトサーペントだ。
(行かせないのん)
ムーがすぐに前へ出る。
「〈〈アイスシールド〉〉」
透明な氷の壁が生まれる。
ホワイトサーペントはそのまま勢いよくぶつかり、鈍い音を立てて止まった。
「シャアアアアアアアア!」
威嚇の声が、雪の奥で響く。
「〈〈エレク〉〉」
パディットの雷が、頭部へ向かって走る。
だがホワイトサーペントはぎりぎりで首をひねり、その雷をかわした。
(結構早いな)
「じゃあ動きを止めるのん」
「〈〈アイシクルバインド〉〉」
ムーの魔法で、足元から分厚い氷柱が伸び上がる。
ホワイトサーペントの胴と手が、そこで一気に拘束された。
(よし、行ける!)
パディットが飛び込む。
鋭い爪が、ホワイトサーペントの側面を深く切り裂いた。
「シャアアアアアアアア!」
ホワイトサーペントの目が光る。
次の瞬間、地面から雪が反り立ち、何本もの槍になって飛び出した。
(あんまり派手にやるとバレるんだけどな……)
(いいのん、やるのん)
「〈〈ハイ・エレク〉〉」
放たれた雷が枝分かれするようにあらゆる方向へ走り、雪土の槍を全て撃ち落とす。
さらに、そのままホワイトサーペントの全身へ直撃した。
雷光が一瞬だけ雪の影を青く染める。
そして、ホワイトサーペントは完全に沈黙した。
(こっちは大丈夫だよ、バレてない)
(よかった)
パディットが短く返した、その時だった。
(……次は空からだぞ)
ネールの声が落ちてくる。
(やっぱり多いな、ネールさん頼めますか)
(任せるがよい)
ネールが上空から急降下する。
その先にいたのは、羽根に氷をまとった大きな鷲型のモンスターだった。
ホークアイス。
全身から冷気と雷気を漂わせている。
ネールは堂々とその前へ出た。
「私はネール、空の支配者――」
だがホークアイスは、その名乗りを無視した。
真っ直ぐパンの方へ突っ込んでいく。
「ほう、私を無視するか……」
(大丈夫だよ! 任せて!)
「〈〈エクスプロージョン〉〉」
次の瞬間、目の前で炎が大爆発した。
どん、と雪山全体が揺れるような衝撃。
僕のところまで振動が伝わる。
周囲の巡礼者たちが、さすがにざわついた。
(……パンさん?)
(ごめんごめん、出力がまだ安定しなくって)
しかしホークアイスは、寸前で致命傷を避けていた。
炎をすり抜けるように飛び、今度はネールへ向かう。
「ほう、今度は向かってくると」
ホークアイスの目が光る。
羽根に氷が張り巡らされ、そこへ雷が流れる。
「ピュウウウウウウウウウウ!」
鳴き声とともに、凍える雷がネールへ向かって飛んだ。
「その程度の魔力で、私が止められるとでも?」
ネールは余裕で羽根繕いをすると、そのまま魔力を放つ。
「〈〈サンダーバード〉〉」
全身に雷をまとったネールが、一気にホークアイスへ突っ込んだ。
ホークアイスの魔法がぶつかる。
だが、ネールはまるで意に介さない。
僕たちから見ると、それはまるで空から雷そのものが落ちるように見えた。
次の瞬間、ネールはホークアイスを貫いていた。
「ピュウウ……ウウウウウ」
そのままホークアイスは煙を上げながら、雪の上へ落ちていった。
(やったね、ネール)
(パンの魔法も凄かったぞ)
(あのー……)
僕は内心で少しだけ困りながら言う。
(盛り上がってるところ申し訳ないですが、もう少しだけ抑えて倒してもらうことってできますか……)
自分の周りは、まだざわざわしていた。
さっきの爆発と雷鳴が、巡礼の列まで伝わっていた。
その時だった。
前方にいたアレイシスが、わずかに目を細めた。
「あの魔力……」
小さく、そう呟く。
僕の背中に冷たいものが走る。
だがアレイシスは、それ以上何も言わなかった。
「……まぁいい」
視線を前へ戻し、強く声を張る。
「鎮まれ、ただの雷だ」
「先を急ぐ」
その声に押されるように、巡礼の列は再び雪山を歩き始めた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次話も読んでいただけると嬉しいです。
ホワイトサーペント
大きさ:5m
蛇型:雪道をもろともしない体
生息:雪原、ペール山
魔力:地寄り、氷小
アーススティング(地面からの鋭い棘を放つ魔法)
ホークアイス
大きさ:2m
鷲型:冷気と電気を翼に纏う
生息:ペール山
魔力:水寄り、雷中
アイシクルボルト(氷に雷の魔力を纏わせて放つ)




