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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第四章 フロワ編

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第九十二話 神鳥への道

 魔零派の男が襲われた。


 その噂を聞いた僕は、胸の奥に重たいものを抱えたまま、魔導院へ向かっていた。


 晴れているはずなのに、街の空気は重かった。


 中央通りを抜け、魔導院の尖塔が見え始めた頃には、もう遠目にも異変が分かった。


 入口の前に、人だかりが出来ている。


(なんだろう?)


 僕は思わず足を止めた。


(中に入れるか?)


 パディットの声が響いた。


 近づいていくと、白灰色のローブがいくつも見える。


 魔零派だ。


 その前に立っているのは、魔導院へ入ろうとして足止めされている人たちや、困った顔で様子を見ている魔創派の人たちだった。


 入口の周りは完全に塞がれている。


「昨日のが気に食わなかったからだ!」


「抗議は正当なはずだ!」


 怒声が、石造りの壁に反響する。


 僕は人垣の端から、中の様子をうかがった。


 魔零派の信徒たちは昨日より明らかに多い。


 仲間が襲われたという事実が、そのまま熱になって噴き出しているように見えた。


 しばらくすると、入口の奥から、一人の男性が姿を現した。


 レバンさんだった。


「お引き取りください」


 レバンさんは静かに言った。


「抗議は考慮いたします」


「しかし、今回の件と魔導院は無関係です」


「しらばっくれるつもりか!」


「レバン、貴様には神罰が下るぞ!」


「魔導院しか考えられない!」


 いくつもの声が飛ぶ。


 レバンさんは眉ひとつ動かさない。


「関係ないと言っています」


「それを言うなら、抗議の口実欲しさの魔零派の自演とも取れますよ」


 その言葉に、場の空気が一瞬で凍った。


「なっ……!」


「よくそんなことが言える!」


「魔導具に染まって心まで無くしたか!」


 魔零派の男たちがさらに前へ出ようとする。


 だがレバンさんは一歩も引かなかった。


「いいだろう」


 その声音が、さっきより少しだけ低くなる。


「教えといてやる」


「秩序を守るのに、心など必要ない」


「このまま居座るのなら、こちらにも考えがある」


 その瞬間、魔零派の前列がわずかにたじろいだ。


「お、おどしだ……!」


「そうやって口封じする連中なんだ!」


 声はまだ強い。


 けれど、さっきより一歩だけ後ろへ下がっている。


「これ以上は無意味」


 レバンさんは淡々と言う。


「もし続きをやりたいなら、この後、直接零の大聖堂まで行くがどうする」


「く、来るなら――」


 その時だった。


 抗議の列の後ろから、落ち着いた声が差し込んだ。


「そこまでは許可していないが?」


 ざわつきが止まる。


 人の壁が、自然に左右へ開いた。


 そこをゆっくり歩いてきたのは、長身の男性だった。


 白灰色の上等な外套。


 整った顔立ち。


 年は三十代後半ほどだろうか。


 ただ立っているだけで、他の信徒たちと格が違うのが分かる。


「あ、アレイシス様……」


 アレイシスと呼ばれた男性が、レバンさんの前まで来ると、一度だけ軽く頭を下げた。


「すまなかったな」


「こちらも色々穏やかではなくってな」


 その視線は、鋭くレバンさんを射抜いていた。


「……アレイシス」


 レバンさんが低く言う。


「迷惑をかけてすまなかった」


 アレイシスさんはレバンさんの言葉を遮るように続ける。


「ここは引かせていただく」


「だが、真実は必ず暴いて見せる」


「真実など何もない」


 レバンさんは即答した。


 アレイシスさんは短く息を吐き、それ以上は言わなかった。


「では」


 その一言で、周囲の魔零派たちが動き出す。


 さっきまであれほど熱を上げていたのに、一言で列が整い、ぞろぞろと引いていく。


 やはりただの暴徒じゃない。


 魔零派は、統率のある集団なんだと分かる。


 レバンさんはすぐに周囲へ向き直った。


「皆さん、ご迷惑をおかけいたしました!」


「本日も予定通りに講義がありますので、どうぞ中へ」


 その声とともに、入口の前で止まっていた人たちが一斉に動き出す。


 僕もその流れに乗って、ようやく魔導院の中へ入った。


(何かますます穏やかじゃないね)


 僕は小さく呟く。


(昨日の話の後だから、余計に心配なのん)


 ムーが不安そうに揺れる。


 魔導院の中は、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。


 廊下を歩く研究員たちも、小声で何かを囁き合っている。


 僕は受付を済ませ、いつも通り休憩所へ向かった。



 休憩所でも、今日の話ばかりが飛び交っていた。


「襲われたって、誰にだろう」


「いや、それも噂だけかも」


「でも昨日、抗議に来てた人間らしい」


 あちこちから断片的な声が聞こえる。


(ついに襲われる人まで……)


 僕は窓際の席に腰を下ろしながら言った。


(まだ、どういう状況からわからないよ)


 パンの声は落ち着いていた。


(ちゃんと確認しないとなのん)


 ムーも真面目な声で続ける。


 その時だった。


 受付の方から、女性の声が響く。


「えー、ご連絡です!」


「貼り紙を出しましたので、ご確認ください!」


 ざわざわと人が立ち上がる。


 僕も掲示板の方へ向かった。


(えーっと……)


 紙にはいくつも文字が並んでいる。


 講義変更。


 時間変更。


 本日の講義変更のご連絡。


(予定していた四階でのアーミ教授の――)


 そこまで目で追った、その時だった。


 ぽん、と肩を叩かれる。


「フライ」


 振り向くと、アーミさんが立っていた。


 いつもより険しい顔をしている。


「すぐに師匠の研究室へ」


「はい」


 僕が返事をするより早く、アーミさんはもう踵を返していた。


 まるで、立ち止まっている暇もないみたいに。


 僕もすぐにその背を追った。



 僕はそのまま、おばあちゃんの研究室へ急いだ。


 扉を開けると、部屋の中にはすでにおばあちゃんとアーミさんがいた。


「来たさね」


 おばあちゃんの顔は、昨日よりもさらに厳しい。


「フライ、まずいことになったさね」


「今朝の件だよね……」


「とうとう事が起こり始めてしまったさね」


 おばあちゃんが低く言う。


「魔零派の情報部、エジルが襲われたさね」


「情報部って、どういう……」


 僕が聞き返すと、アーミさんが答えた。


「情報部はその名の通り、情報を集める魔零派の耳担当」


「エジルはこっちの動きを探っていて、よくここに来てた人」


「昨日、抗議に来てた人は、まさにそのエジル」


 昨日の受付で怒鳴っていた男の顔が、はっきり思い浮かぶ。


 何かを知っているみたいな言い方もしていた。


「話では、大聖堂の近くで倒れていたそうさね」


「……」


「誰がやったかはまだ分かってないんだよね」


「分かっていないさね」


「でもね」


 アーミさんが一歩前へ出る。


「正直、問題はそこじゃないんだよ」


「誰がやったとか、どうやってそうなったとかより、エジルが襲われたって事実の方が重要なの」


「そうさね」


 おばあちゃんも頷く。


「こうなったら対立はもう止まらないさね」


「魔零派は、魔創派の仕業と決めつけるさね」


「そんな……」


「フライ」


 おばあちゃんが僕を見た。


「もう悠長にやってる時間はないさね」


「ちょっと、着いて来ておくれさね」


「わかったよ」


 そう言うと、おばあちゃんは立ち上がり、研究室のさらに奥にある小部屋へ向かった。


 そこは薄暗く、物置みたいに見える。


 おばあちゃんは迷いなく壁際の金庫の前へ進む。


 重たい錠を外し、扉を開ける。


 中から取り出されたのは、古びた設計図だった。


 黄ばんだ紙。


 細かな文字。


 古いのに、丁寧に保管されていたのが分かる。


 おばあちゃんはそれを机の上へ広げた。


「これは、三百年前に作られた魔制炉の設計図さね」


「ここを見てほしい」


 アーミさんが、紙の一部を指で示す。


 そこには、見覚えのある鳥が描かれていた。


 翼を広げた姿。


 細長い嘴。


 礼拝堂の御神体にそっくりだった。


「見たことある」


「この鳥は、ニヴァリスというモンスターさね」


「ニヴァリス……」


「そしてこの設計図は、三百年前の魔制炉製作当初のもの」


「三百年前のモンスターってこと?」


「そうさね」


「でも、なぜこれが重要なの?」


 僕がそう聞くと、おばあちゃんはまっすぐ言った。


「それは、ニヴァリスはまだ生きとるからさね」


「封印されたままさね」


「えっ!?」


 すると、アーミさんが少し顔をしかめた。


「魔零派のモンスター信仰はニヴァリスから始まったんだ」


「巫女が封印されらニヴァリスの声を聞き、大地が加護を受けるという伝説」


 僕は眉をひそめる。


「声を聞くって、そんなテイムみたいな」


 アーミさんは苦い顔のまま答えた。


「伝説めいたものは、どんどん真実を歪ませる」


「実際には多分声を聞いたというより、モンスターが来るとか、予兆を言い当てたとかだと思うよ」


 僕は少し迷ってから口を開いた。


「でも、そんなことがわかっても」


 おばあちゃんが小さく頷いて言う。


「いや、フライ、テイムを持つあんたなら」


 おばあちゃんが、僕を真っ直ぐに見て言う。


「ニヴァリスの本当の声を聞けるかもしれないさね」


 そこで沈黙が落ちる。


 しばらくして、おばあちゃんが、気の進まなさそうに目を伏せた。


「魔零派なんて、気は進まないし、行って欲しくないけれど」


 そこで、静かに言葉を継ぐ。


「ニヴァリスに会うには、零の大聖堂に潜り込むしかないさね」


 僕は思わず聞き返した。


「魔零派に潜り込むってこと?」


 おばあちゃんは小さく頷く。


「ニヴァリスは封印されたまま、魔零派が匿っているという情報があるさね」


「ペール山にさえ行ければ」


「でも、一つ問題があるの」


 アーミさんの表情が引き締まる。


「そのペール山は、聖護衛のアレイシスが管理してるの」


「今日、来ていた人ですね」


「そう」


「誰でもペール山に近づかないように監視しているの」


「でも、もうすぐ巡礼が始まるさね」


 おばあちゃんが言った。


「巡礼?」


「そうさね」


「魔零派が巫女を連れ、ペール山に行き、全員で祈りを捧げ加護を貰うという儀式さね」


「なるほど……じゃあ、魔零派になってその巡礼に潜り込めば」


「ニヴァリスに近づける」


 アーミさんが頷く。


「あとはフライのテイムで話をするだけ」


「三百年前に何が起こって循環が狂ったのか」


「謎が解けるかもしれないさね」


 おばあちゃんの声は静かだった。


 僕はすぐには答えなかった。


 魔零派になり内部に潜る。


 危険じゃないはずがない。


 しかも今は、襲われた人が出た直後。


 でも、ここで止まったら、たぶん全部が手遅れになる気がした。


「わかったよ」


「おばあちゃん、アーミさん」


「行くよ」


 僕が言うと、おばあちゃんが俯いて言う。


「そうか……こんな話になってすまないさね」


「……本気で危ないと思ったら」


 僕ははっきり答えた。


「大丈夫、心配させないから」


「何かあったらすぐ教えてね」


 アーミさんが言う。


「出来る手助けはなんでもするから」


「ありがとうございます」


 そうしてその日は宿に戻った。



 部屋に帰ってからも、しばらく眠れなかった。


 神鳥ニヴァリス。


 魔制炉。


 いったい三百年前に何があったのか。


 窓の外では、フロワの青白い灯りが雪に滲んでいる。


 考えを巡らしながら、夜は少しずつ更けていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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