第九十一話 魔制炉
「魔制炉?」
僕が聞き返すと、おばあちゃんは静かに頷いた。
「フロワは、これがなかったらとっくにモンスターが押し寄せてるさね」
アーミさんが少しだけ、肩をすくめる。
「昔からこんな技術があるんだから、当時の人は本当にすごいよ」
たしかに、純粋に技術として聞けばそうだと思う。
でも、おばあちゃんの顔は晴れなかった。
「フライは、モンスターと心を通わせているって言ったさね」
「うん」
「ムーたちはみんな、フライの友達なのん」
ムーが机の上で、ぷるんと揺れながら言った。
おばあちゃんは、その小さな体をそっと指先で撫でる。
「少し酷な話になるかもしれないさねぇ……」
その言い方に、胸の奥が小さくざわつく。
「フライは、モンスターは討伐する対象と思うさね?」
僕は、すぐには答えなかった。
考えなくても答えはある。
でも、簡単に言ってしまいたくなかった。
「確かに危険な存在はいる」
「でも、それだけじゃないよ」
「ムーみたいに、ちゃんと話を聞いてくれる存在もちゃんといる」
「そうさね」
おばあちゃんは、ムーを見ながら静かに頷く。
「私もこの子を見てると、そう思うさね」
「でも、脅威になる存在は放置できない考えもわかるよ」
僕は続ける。
「だから僕は、聞いて、見て、感じて決める」
「危ないだけのモンスターなら止めないと」
「でも、そうじゃないなら助けたい」
言葉にしてみると、僕が今までやってきたことは、たぶんそういうことだった。
おばあちゃんは、少しだけ目を細めた。
その顔は、どこか安心したようにも見えた。
「魔制炉は、三百年前の魔導研究の集大成さね」
「でも当時は、使用に反対の声も上がったらしいさね」
「今は、その存在は魔導院の上層部、一部の研究者しか関わることは許されていないさね」
「すごい研究なのに、どうして反対されたんだろ?」
僕が素直にそう聞くと、アーミさんが机に寄りかかるようにして口を開いた。
「動力だよ」
「雷力の講義でもやってたと思うけど、雷魔力の動力変換による利用」
「はい」
僕はすぐに頷く。
「魔導具を動かせるって」
「そう」
アーミさんが指を立てる。
「あの技術は、三百年前はなかったんだ」
「だから当時の人は、直接、魔力のあるモンスターを培養して、動力に無理やり変換させたんだ」
「それって……魔零派は」
そこから先は想像ができた。
「そう」
「魔零派を中心とした、反対派を押し切っての強行手段だったけど、それで実質フロワの魔力循環は保たれたらしい」
「でも暴動が起きて、魔零派と魔創派が激しくぶつかったそう」
僕は、心がざわついていた。
「そこからしばらくは研究も進み、モンスターを無理やり培養することなく、雷魔力の転用でなんとかなってる」
アーミさんは続ける。
「魔零派も、容認していて、そこまで過激な行動に出てない」
「でも」
おばあちゃんが、低い声で続けた。
「最近の魔制炉の実態は、そういうことにしているだけさね」
「魔制炉を普通にただ動かすには、転用で多分問題ないさね」
「しばらくは、きっとそうやってやってきた」
「それは本当さね」
「ただ、今の循環では、出力を上げないともう保てないさね」
「そうなると、どうしても計算式が合わないさね」
「そんな膨大な循環を制御できる転用は、生まれない」
研究者としての言葉だった。
「じゃあ……もしかして、今は」
アーミさんが僕を見る。
「モンスターを無理やり培養して、不安定に魔制炉を動かしている、と見るしかないね」
「しかも」
おばあちゃんが言葉を続ける。
「私の計算では、魔制炉で制御できる循環の許容は、それでも、もうすぐ限界値を超えるさね」
「そうなると……」
「魔力の循環が狂い、フロワにモンスターが押し寄せるさね」
部屋の中が静まった。
暖炉の火の音だけが耳に残る。
僕は二人を見て口を開いた。
「解決策は、何かあるの?」
「その研究を私達はずっとしていたんだ」
アーミさんが答える。
「でもね、どう考えても強力な魔力を持つ存在が必要になるんだよ」
おばあちゃんが続ける。
「魔導院の上層部が、今何を考えてるのかわからんさね」
「ただ、培養するモンスターを強力にするのか」
「その存在にどんなモンスターを使うのか」
「でも、強い魔力を使うとなると、都市型の大型設備に切り替えての運用になる」
「都市型?」
僕がそう聞くとおばあちゃんが答える。
「都市型運用は、言わば、街に回っている魔力もかき集めて魔制炉の動力にする機構」
「より強力な魔力で魔制炉を動かすために」
「そして、都市型運用に切り替われば、嫌でもモンスターの培養が魔零派にも知られるだろうさね」
「そうなったら、争いになることは目に見えてるさね」
僕は思わず声が漏れた。
「そんな……」
「じゃあ、おばあちゃん達は、それをどうにかしようと、研究を続けてきたんだね」
「そうさねぇ」
おばあちゃんは少し遠くを見るように笑った。
「ただ、昔はそんなフロワにもうんざりして、出てったさね」
「争いや派閥に、飽き飽きしてさね」
「そんな時に、ロイと出会ったさね」
おばあちゃんの声が少しやわらかくなる。
「そこから、長年アルミ村で過ごして、幸せであればあるほど思ったさね」
「フロワはどうなるんだろうと」
「気がついたら戻って来て、魔導院で研究の日々さね」
「だからおじいちゃんも詳しく語れなかったんだね」
「ロイは優しいさね」
おばあちゃんが小さく頷く。
「何も言わずに私を送り出してくれて、ちゃんと決着をつけたほうがいい、村は任せろって言ってくれたさね」
その光景が、少しだけ目に浮かぶ。
おじいちゃんなら、きっとそう言う。
寂しさも、不満も、心配も全部飲み込んで。
ただ前を見て送り出したんだろう。
「おじいちゃんらしいね……」
僕は少し笑った。
「その秘密は、僕たちにも一切言わなかったよ」
「ここにあんたを送り出したってことは、その解決の糸口を握るかもしれないと、ロイが思ったからさね」
「素敵な人ね」
アーミさんがぽつりと言う。
「だから私は、あの人に惚れたさね」
おばあちゃんがさらっと言ったせいで、部屋の空気が一瞬だけ緩んだ。
「おほん」
わざとらしく咳払いする。
「話が逸れたさね」
アーミさんが流れを戻した。
「この魔制炉のモンスター培養での運用は、隠されて来た」
「魔零派は多分、雷魔力の転用で動いていると思ってるはず」
「でも実は魔制炉が、モンスターを無理やり培養して動いていると知ると――」
「モンスターを神と扱う魔零派と、間違いなく争いになりますね」
僕がそういうと、アーミさんが頷く。
「それも、今日みたいな小競り合いじゃ済まなくなる」
「今は隠せてるから大丈夫」
「でも、これ以上循環が乱れるなら」
「大きな衝突が起こる」
アーミさんの言葉に、僕は息を呑んだ。
「どっちもフロワを守ろうとしているのにね……」
「そうさね」
おばあちゃんは頷く。
「魔創派は魔導具でこの地を救いたい」
「魔零派もフロワを救いたいが、それはモンスターの魔力の自然循環で成り立っているとするさね」
「神託と称して」
「モンスターは神聖なものとしているさね」
「なるほど……」
僕は小さく呟く。
「私は、この鍵を解くのは三百年前を知ることが必要だと思うさね」
「三百年前……それをどうやって」
僕がそう聞くと、アーミさんがまっすぐこっちを見た。
「フライ、君だよ」
「え?」
「モンスターの声を聞くことができる存在」
「これは多分、過去を暴く鍵になるさね」
おばあちゃんも、静かに言った。
「僕が……鍵に」
「詳しくは準備がいるから、少し待つさね」
おばあちゃんがそう言った時、ふと窓の外に目をやると、もう空はかなり夕暮れに傾いていた。
雪明かりの白さに、夕方の青が混じっている。
「まずい、そろそろ出ないと」
「閉院時間を過ぎて怪しまれる」
そう言うと、アーミさんが立ち上がる。
「明日からも魔導院に来て、講義には出てほしいさね」
「そこでちゃんと詳しく、何をするべきなのか話すさね」
「わかったよ」
僕は頷いた。
「会えて本当によかったさね」
「僕もだよ、おばあちゃん」
「本当は、こんな話じゃなくって、もっと笑って会いたかったさね」
「うん」
僕ははっきり言う。
「でも、きっと大丈夫だよ」
おばあちゃんは、少しだけ目を細めた。
「強く育ったさね」
「フェイスそっくりさね」
「お母さんはもっと逞しいよ」
そう返すと、おばあちゃんはほんの少しだけ笑った。
「じゃあまた明日さね」
「うん」
そうしてその日は、魔導院を後にした。
⸻
宿へ戻っても、頭の中では今日の話がずっと回っていた。
(魔制炉だってさ)
パンが静かに言う。
(すごいもの作るよね)
(そうだね)
僕はベッドに腰を下ろしながら答えた。
(少なくとも、三百年前にフロワで何かがあったことは確かなんだろうね)
(でも、そんなのどうにかできるのか)
パディットが器から聞いてくる。
(おばあちゃんとアーミさんは、僕の力が鍵になるかもって言ってた)
(力になれるなら、全力で応えるだけだよ)
(そうだね)
パンが頷くように言う。
(とにかく明日、また魔導院だね)
(じゃあ、大聖堂はどうしよう)
そう言ったところで、エルの心配そうな声が響いた。
(大聖堂も、それとなく行ってみるよ)
僕はそう言った。
(気になってることもあるんだ)
(でもリーザはいい顔しないのん)
(それはそうなんだけど……)
僕は小さく息を吐く。
(行かなきゃいけない気がするんだ)
そう考えて、その日は終わっていった。
⸻
次の日は晴れていた。
雪国の朝にしては珍しく、空が少しだけ明るい。
光が雪に反射して、街全体が白く眩しく見える。
僕は身支度を整えると、宿を出た。
けれど、通りへ出た瞬間、何かおかしいと分かった。
街が騒がしい。
中央通りまで出ると、あちこちから断片的な声が聞こえてくる。
「魔零派だって……」
「いや、でもなんで……」
「魔導院に抗議してたって……」
そんな声がいくつも重なっていた。
(なんだろ)
僕は通りの脇で売り込みをしていた商人に声をかけた。
「あの、何かあったんですか?」
「ん、ああ」
商人は少し声を潜める。
「この先で魔零派の人間が襲われたんだとよ」
「重症らしい」
「え……」
思わず声が漏れた。
「魔零派の、例のローブ姿だったそうだ」
「なんでも昨日から魔導院に抗議してた一人じゃないかって噂でな」
昨日の受付で騒いでいた男たちの顔が、すぐに頭に浮かんだ。
(もしかして……昨日の受付で騒いでた人かな)
「魔零派は大騒ぎだ」
商人は肩をすくめる。
「さらに大きい抗議が起こるんじゃないかってな」
「教えてくれてありがとうございました」
「いいってことよ」
商人は少しだけ眉をひそめた。
(フライ、どうする)
パンの問いに僕はすぐに答える。
(アーミさんに話を聞かないと)
魔制炉の話を聞いたばかりだからこそ、余計に嫌な予感がした。
僕はそのまま、魔導院へ向かう足を早めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




