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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第四章 フロワ編

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第九十話 初めまして

「ちょっと今から時間ある?」


 講義室のざわめきの中で、その一言だけがはっきり耳に残った。


「ええ、このあとは何もありませんけど……」


 僕がそう答えると、アーミさんは少しだけ真顔になる。


「じゃあ、ちょっと着いて来てほしいところがあるんだ」


 僕が何も返せずにいると、アーミさんはさらに一歩だけ距離を詰めた。


「その前に、少し質問させて」


「はい」


 アーミさんは僕の目を見た。


「アルミ村って知ってるよね」


 その一言で、空気が止まった気がした。


⸻


 少し前。


 魔零派が魔導院で騒ぎを起こした、あのすぐ後のこと。


 魔導院五階。


 魔導研究所三号施設、その奥にある教授の間。


 その奥で、リーザは机に片肘をついたまま、じっと何かを考えていた。


「……また、魔零派が来てたらしいですよ」


 アーミは、部屋に入るなり言った。


「わかってるさね」


 リーザは視線を上げないまま言う。


「じゃあ……」


 アーミは言いかける。


 けれどリーザは、その言葉を切った。


「魔制炉がまだ動いている限りは、とりあえずは大丈夫さね」


「そんな悠長では、手遅れになります」


 アーミの声に、抑えきれない熱が混じる。


「師匠がそんなふうに動けないでいる間にも、事態は進んでいます」


「この地の存続すらかかっています」


 リーザはその言葉に、ようやく顔を上げた。


「……言うようになったさね」


 リーザは、苦く笑った。


「確かに、これがアルミ村に生まれた運命と思うしかないさね」


「いや」


 アーミは首を横に振る。


「わたしは、希望だと思っています」


 その言葉に、リーザは一瞬だけ目を閉じた。


 そして、小さな声で呟く。


「後悔は、やってからさね」


 アーミは何も言わずに待つ。


 しばらくして、リーザは机の上の紙束を指先で揃えた。


「わかった、話をするさね」


 その一言で、アーミの顔がわずかに緩んだ。


「師匠……」


 リーザはただ窓の外を見ていた。


 降り続く雪の向こう。


 遠い昔に、自分が離れてきた場所を見るように。


⸻


 そして現在。


 アーミさんの問いに、僕は言葉を失っていた。


「……あ、え、あの」


 アーミさんが、僕の言葉を切り、軽く笑う。


「隠さなくっていいよ」


「わたしは味方だから」


「アルミ村のフライ君」


「ど、どうしてそれを」


 僕がそう言うと、アーミさんは、少しだけ目を細めた。


「一緒に来てくれたらわかるよ」


 僕は少し考えた。


 ようやく繋がりそうな何かが目の前にある。


「わかりました」


 自然にそう答えていた。


(味方って言ってたね)


 パンが器から小さく言う。


(なんなんだ、アーミはいったい)


 パディットが続いて言う。


(とにかく行くしかなくなったね)


 僕は器の中でそう返した。


 アーミさんはそれ以上何も言わず、先に立って歩き出す。


 講義室を出て。


 同じ五階の廊下を抜けて。


 魔導研究三号施設のさらに奥へ。


 やがて、ある扉の前で立ち止まった。


「わたしは、ここからは呼ばれるまで入らないからね」


 僕は一度だけ深く息を吸った。


 不安も緊張もある。


 でも、それ以上にこの先を知りたい気持ちの方が強かった。


(フロワに来て、色々調べて、力にするって決めたんだ)


「ええ、大丈夫です」


 そう答えると、アーミさんは静かに頷いた。


 そして扉を軽く叩き、そっと押し開ける。


⸻


 部屋の中は静かだった。


 壁一面の本棚。


 積まれた古文書。


 使い込まれた机。


 どれも研究者の部屋らしいのに、どこか生活の匂いも残っていた。


 その部屋の奥で、ひとりの女性が立っていた。


 小柄な体。


 淡い灰がかった長髪。


 少し気だるそうに見える目元。


 その目が、まっすぐ僕を見ていた。


「よく、ここまできたさね」


「あなたは……?」


 僕がそう言うと、その人はほんの少しだけ目を細めた。


「ああ、フェイスの面影も、ハーヴェストの強さも持った顔さね」


 その名前を聞いた瞬間、頭の中で何かが繋がった。


 母さんと父さんの名前。


 その二つを当たり前みたいに口にする人。


 喉が詰まる。


「ま……さか、おばあちゃん……?」


 その言葉を絞り出すと、目の前の女性は小さく笑った。


「フライ、初めましてさね」


 その言葉で、胸の奥が一気に熱くなる。


「リーザおばあちゃん……」


「やっと会えた」


 僕がそう言うと、おばあちゃんは少しだけ涙ぐんだ。


「フェイスがあんたを産んだことは、手紙づたいに知ってたさね」


「でも、どーしても帰れなかったさね」


 その声には、積もった歳月があった。


「いいんだよ、おばあちゃん」


 僕はそう答える。


「誰にだって事情はあるよ」


「ロイは、おじいちゃんは元気さね」


 おばあちゃんが少しだけ苦く笑う。


「おじいちゃんは、村で立派に村長をやってるよ」


 僕がそう言うと、おばあちゃんの目がほんの少し遠くを見た。


「その人にも、悪いことをしたさね」


「本当はもっと早くに……」


「おばあちゃん」


 僕は、その顔を見た。


「その、よかったら何があったのか話してくれないかな」


「力になれることがあったら、なりたいよ」


 おばあちゃんはすぐには答えなかった。


 ただ僕の顔をじっと見ていた。


「正直、誰も巻き込みたくなかったさね」


「なんとか解決できるように、研究を重ねたさね」


「でも、どーしても決定的なものが足りなかったさね」


「……ここから先を聞いたら、確実に後戻りできないさね」


 おばあちゃんの声が低くなる。


「でも、ここまで呼んでおいてさね」


「いいよ、大丈夫」


 僕は迷わず言った。


「話して」


 おばあちゃんはしばらく黙っていた。


 やがて、覚悟を決めたように椅子へ腰を下ろし、向かいの席を手で示した。


「この地は、まもなく魔力の循環が狂ってモンスターが押し寄せるさね」


「どういう……こと?」


「私が調べ上げた結果では、もう時間がないさね」


「三百年前、この地に大量の魔力が流れたさね」


「この地の循環を狂わす何かが、その時にあったことまでは、燈魔書という古の書記でわかったさね」


「燈魔書……」


 アーミさんの講義で出てきた名前が、今度はおばあちゃんの口から出た。


「でも、その三百年前に何があったのか」


「それがわからない限り、それを救う手はないさね」


 三百年前。


 その言葉が出た瞬間、僕の中でもう一つの答えが浮かんだ。


「三百年前……」


 おばあちゃんの目が見開かれる。


「フライは何か知っているさね」


「おばあちゃんになら、話していいと思う」


 僕はゆっくりと言った。


「僕の知っている全部」


 おばあちゃんは数秒だけ僕を見つめ、それから急に扉の方を向いた。


「わかったさね、ちょっと待つさね」


「アーミ! 聞いているさねー! こっち来るさねー!」


「アーミさん?」


 扉が開き、アーミさんが顔をのぞかせる。


「師匠、私もいていいのですか」


「師匠?」


 僕が思わず繰り返すと、アーミさんは少しだけ笑った。


「そう、私の師匠」


「氷寄りのリーザ」


「その恥ずかしい名前はやめるさね」


 おばあちゃんがすぐに顔をしかめる。


「あんたも聞く権利がある」


「わかりました」


 僕は一度、二人の顔を見た。


 おばあちゃん。


 アーミさん。


 この二人なら何か知っている気がした。


「こちらの話も、重い話になります」


「孫に心配されるとは、私も老いたさね」


 おばあちゃんが小さく笑う。


「大丈夫、黙って聞くさね」


「ではーー」


 そうして僕は、知っていることを全部話した。


 アルミ村に起きていること。


 リュミエールの存在。


 テイムの力のこと。


 ガルディアの王族と王家の剣のこと。


 護手を探しにこの地へ来たこと。


 そして、魔人のこと。


 話し終える頃には、部屋の中はしんと静まり返っていた。


 暖炉の火の音だけが、かすかに響いている。


「私が村にいない間に、そんな……」


 おばあちゃんが呆然としたように呟く。


「……信じられないけど」


 アーミさんも珍しく真顔のままだった。


「それが全部事実なんだよね」


「そうなのん、事実なのん」


 ムーが机の上でぷるんと震えている。


 おばあちゃんの目が丸くなる。


「その子を見たら信じるしかないさね」


「何より、筋が通り過ぎてる」


「リュミエールだっけ」


 アーミさんが小さく息を吐く。


「竜って本当に存在したんだね」


「ええ、でもずっと眠ったままです」


「ペール山の神鳥みたいだね」


 その言葉に、パディットがぴくりと反応する。


(フライ、それって)


「それって、魔零派の零の大聖堂にあった御神体ですか」


 僕がそう聞くと、おばあちゃんが椅子から少し身を乗り出した。


「まさか大聖堂まで行ったさね?」


「え、あ、はい」


「何か手がかりがないかなって……」


「あそこには二度と行かないさね」


 おばあちゃんはきっぱりと言い切った。


「あんな野蛮な宗教ごっこ、巻き込まれたら終わりさね」


「今日も魔零派の人が怒鳴りに来たでしょ」


 アーミさんが腕を組んで言う。


「あれが日常的に起きてるの」


「魔零派も、この地の循環を戻そうとしてる」


「でもね、目的は一緒でも手段が違いすぎるの」


「さっきから出てる、その循環って?」


 僕がそう聞くと、おばあちゃんは指先で机を軽く叩いた。


「循環ってのは、平たく言えば魔力の流れさね」


「あんたも魔杖使いなら、少しはわかるさね」


「意識を大地に集中してみるさね」


「太い流れが、この地に向かってるのがわかるさね」


 僕は言われた通り、意識を少し沈めてみる。


 確かに、何か大きな流れがある。


 見えるというより、感じるに近い。


「その流れが、モンスター達を呼び寄せる」


 アーミさんが続ける。


「丁度少し前に、海にいるはずのクロックフォクがこっちまで来ちゃってたでしょ」


「あ、それは……」


「大体わかったさね、この子を見たらさね」


 おばあちゃんの視線の先で、ムーがぷるぷると揺れていた。


「フライがテイムで帰り道を教えてあげたのん」


 ムーが得意げに言う。


「ムーちゃんはさ、ずっと昔から喋れたの?」


 アーミさんが身を乗り出した。


「人と話せるのは、フライと出会ってからなのん」


「これがさっき言ってたテイムの力ってことさね」


 おばあちゃんの目が急に研究者のそれになる。


「是非研究させてほしいさね」


「今は我慢してください、師匠」


 アーミさんが即座に止めた。


 おばあちゃんはわざとらしく咳払いする。


「話を戻すさね」


「循環は三百年前に乱れて、それ以来このフロワが制御しているさね」


「原因は不明」


「この地が元々そうだったのか、あるいは何か原因があるのか」


「わからないまま三百年、なんとか騙し騙しやってきたさね」


「でもね」


 アーミさんがその言葉を引き継ぐ。


「それももう限界なんだ」


「この地の魔力の循環が最近更に狂い出してきた」


「もう長くは持たない」


「その制御っていうのは、どうやっているんですか?」


 僕の問いに、おばあちゃんはまっすぐ頷いた。


「魔制炉さね」


 部屋の空気が、そこでまた一段重くなった。


「この街の光と闇、両方を持った、魔導院研究の集大成さね」


 その言葉に、僕は息を呑んだ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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