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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第四章 フロワ編

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第八十八話 零の大聖堂

 魔導院五階。


 魔導研究所三号施設、その奥にある教授の間。


 窓の外では、フロワの白い空がゆっくりと夕暮れへ沈みかけていた。


 机の向こう側で、ひとりの女性が椅子にもたれかかっている。


「師匠、会ってもいいと思いますよ」


 机の前に立ったアーミが、少しだけ声を抑えて言った。


「わたしは、何かを抱えてここまで来たように見えますけど」


「……」


 リーザは、指先で机の上の紙束を軽く叩きながら、じっと考え込んでいる。


 アーミは続けた。


「何も知らない人の反応じゃなかったですよ」


「そうさねぇ」


 リーザはようやく口を開く。


「ただ今後を考えると、巻き込んでいいものかって考えてしまうさね」


「でも、師匠……」


 アーミの声が、ほんの少しだけ真面目になる。


「時間がないのも確かですよ」


 その言葉に、リーザの視線が窓の外へ向いた。


 雪の向こうにある街。


「確かに、増えているモンスターを見れば、あきらかさね」


「じゃあ、村のこと、少し話してみても」


 アーミが一歩踏み込むように聞く。


 けれどリーザは、首を横に振った。


「考えさせてほしいさね……」


 その声には迷いがあった。



 アーミさんの講義が終わって宿に戻っても、僕の頭の中ではまだ、あの言葉たちがぐるぐると回っていた。


 三百年前。


 大魔導師。


 竜の力。


 全部が別々の話には思えなかった。


(やっぱり、どう考えてもあれは護手の話だよね)


 ベッドに腰を下ろしながら、僕はぽつりと呟いた。


(パンもそう思うよ)


 パンが、静かに返す。


(でも、フロワにどこまでその話が行き届いてるのかだよね)


(うーん……)


 僕は腕を組んで、窓の外を見る。


(どうにかして調べられるといいけど)


(あの、大きい聖堂に行ってみるのはどうなのん)


(やっぱり伝承とかだと、魔零派が強そうに見えるのん)


 ムーが、ぷるぷると揺れるような声で言う。


 僕は少し考える。


(色々探ってみたい気持ちもあるけど)


(雪原での件もあるから、下手に動きづらいよね)


(正体はバレていないだろうけどな)


 パディットの落ち着いた声が響く。


(オレはそれより、アーミのあの感じが気になる)


(あれは何かを知ってる雰囲気だ)


 たしかにアーミさんは、僕の反応を、見ているところがある気がした。


 それなら、一旦別の場所で情報を集めてみてもいいかと思った。


 情報が欲しい。


(……深入りはしないように聖堂に行ってみようか)


 そうして、僕は次の日、零の大聖堂へ向かうことにした。



 次の日の朝。


 僕は宿を出て、フロワの高台へ続く道を歩いていた。


 零の大聖堂は、街の中でも少し高い場所に建っている。


 近づくほどに、その迫力が増していく。


 白灰色の石造り。


 雪を被った高い壁。


 僕は足を止めて、少し下から見上げる。


(うわー、すごいな……)


 曇り空を背にしたその姿は、どこか神々しい。


 ふと周りを見れば、僕と同じようなローブ姿の人の中に、白灰色のローブをまとった人が目立つようになっていた。


 胸元や袖に、鳥の翼みたいな意匠が刺繍されている。


(魔零派の人たちかな)


 魔導院の周りにいた人たちとは、明らかに空気が違っていた。


 僕は気づかれないよう、ローブのフードを少しだけ深くかぶり直して、大聖堂の中へ入った。



 中に入ると、すぐに礼拝堂だった。


 天井は高い。


 外観と同じく石造りで、内側は広い。


 足音が、わずかに反響する。


 正面には巨大なステンドグラスがある。


 そこには翼を広げた鳥のような姿が描かれていて、外の白い光を受けて淡く輝いていた。


 その手前には、鳥らしき形の彫刻があった。


 嘴は鋭く、翼は長く、全身を羽毛の線が細かく走っている。


 その彫刻が、背後のステンドグラスを受けて神々しく浮かび上がっていた。


(あの中央の彫刻、鳥か)


 ネールが器から呟く。


(何かの御神体とかかな)


 続いてパンが言う。


(それよりさ、あれは何やってるんだろうね)


 礼拝堂の中央では、何人もの信徒が円を描くように並び、何かを唱えていた。


 祈りの儀式らしい。


 全員が同じ方角を向き、同じ間で頭を垂れている。


 そこへ、白灰色のローブを着た男が静かに近づいてきた。


「零崇の義にご参加でしょうか」


 落ち着いた声だった。


 僕は一瞬だけ言葉に詰まり、それでもすぐに小さく頷く。


「え、ええ」


「ではこちらに記入と、ご寄付金があれば賜ります」


「あ、はい」


 入口脇の台へ案内され、僕は簡単なサインと、いくらかのお金を置いた。


 男はそれを慣れた手つきで受け取る。


「あちらの祈りにご参加ください」


「もう少しで祭司様がお見えになります」


「ありがとうございます」


 僕は頭を下げ、信徒たちの輪の後ろへそっと加わった。


 礼拝堂は、祈りで満ちた場所特有の空気があった。


 しばらくすると、奥の扉が開いた。


「コヤン様がいらした」


 代表の一人がそう言うと、祈りを捧げていた人達が一斉にそちらを向いた。


 ひとりの男性がゆっくりと現れる。


 眼鏡の奥の目は細く、顔立ちは上品だった。


 歳は50代くらいだろうか。


 白灰色のローブをまとっているものの、他の信徒たちのものとは違い、胸元と裾に神々しい鳥の刺繍があしらわれていた。


 男性はゆっくりと中央の祭壇へ歩み寄る。


 まず鳥の彫刻の前で目を閉じ、それから祭壇に置かれた大きな蝋燭へ火を灯す。


「嗚呼、我らが神よ」


 コヤン祭司は両手を胸の前で交差し、指を翼のようにひらいた。


「この地に今日も安寧を齎していただき、真充足の極みにございます」


 その言葉を合図に、信徒たちも一斉に同じ形で両手を胸の前へ掲げる。


 右手を上に、左手を下にして交差させ、指先だけを少し開く。


 まるで羽ばたく直前の翼みたいな形だった。


 僕も、周りを見ながら見よう見まねで同じ形を取る。


(これはこれで、何かむず痒いな)


 パディットがぼそっと言った。


(こういった場所では、これが正解なのん)


 ムーが妙に落ち着いた声で返す。


 コヤン祭司は、今度は分厚い経典のような本を持ち上げて開いた。


「神鳥様は今日も安らかに祈眠ておられる」


「皆がこの日を迎えられるのも、神鳥様の安らかな祈眠のお陰」


「さ、祈りを……」


 また全員が、同じ形で手を合わせる。


 祈りの言葉は短く、けれど何度も繰り返された。


 そのたびに僕は、ここが単なる集会の場ではなく、信仰のための場所なんだと強く感じる。


「さて」


 やがてコヤン祭司は、経典を閉じて顔を上げた。


「先日の神の御使い様の件、進捗はありましたか、ウルモイ」


 名を呼ばれた男性が、一歩前へ出た。


 大柄で坊主頭、肩幅も広い。


 歳は三十代くらい。


 同じ白灰色のローブを着ているが、その立ち方だけで他とは違うと分かる。


「はっ、コヤン様」


「神の御使い様の足跡がフロワまで続いていたという話がありました」


「なんと……」


 コヤン祭司が目を細める。


「この地を見守っていてくださるのか」


「皆、祈りを」


 また信徒たちが一斉に祈りの形を取る。


(これ、もしかして……)


(フライのことだね)


 パンが器から警戒した声で言う。


(フライが、神の御使いになっちゃった)


 コヤン祭司は恍惚としたような表情で続けた。


「見つかり次第、お招きせねば」


 ウルモイが、一歩さらに前へ出る。


「皆、神託を受け入れよ」


 信徒たちがまた祈りの形を取る。


「ウルモイよ」


 コヤン祭司が重々しく言う。


「そなたは中心となって事にあたるがよい」


「必ずや御使い様を」


「しかと承りました」


 ウルモイは深く頭を垂れた。


 そして、コヤン祭司は再び鳥の彫刻へ向き直る。


「今日も護神山ペールは、神々と輝いておられる」


「我らの悲願、この地の安寧をどうか」


 今度は全員が北を向いた。


 礼拝堂の中の空気が、一斉にそちらへ揃う。


「御使様が降臨された今、神鳥様の目覚めも近い」


「この地の秩序は我らが守り抜かねばならん」


「ウルモイ、巫女様をこちらへ」


「はい、コヤン様」


 ウルモイは礼拝堂の奥の扉へ入っていく。


 しばらくして戻ってきた時、その後ろには白い巫女装束をまとった若い少女がいた。


 金髪で長い髪。


 歳は、十代前半くらいに見える。


 まだ少女に見えるほど、あまりにも幼い。


 信徒たちは、その姿を見た瞬間にさらに深く頭を垂れた。


「巫女様のご壇場」


 その言葉に合わせて、全員が跪く。


 僕も慌てて周りに倣った。


 少女は静かに祭壇の前へ進み、鳥の彫刻へ向かって一度だけ深く祈る。


「巫女様、お言葉を」


 巫女は小さく息を吸い、礼拝堂全体へ向かって口を開いた。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


 高く澄んだ声だった。


 周りの反応で、この場にいる者全員が、その声を待っていたのだと分かった。


「神の御使様がとうとうご降臨なされ、我らにとってはまたとない機会になるでしょう」


「どうかこの地のため、神鳥様のために……」


 信徒たちの間に、ざわめきが広がる。


 コヤン祭司がその空気を受け取るように頷いた。


「これにて零崇の義を終わります」


「全員、祈りを」


 その言葉とともに、人々は一人ずつ、正面の鳥の彫刻の前へ進み始めた。


 順番に立ち、胸の前で翼の形を作り、頭を垂れる。


 ごく短い祈りを捧げてから、また静かに下がる。


(僕も行かないとだよね)


(従っておいた方がいいよ)


 パンが静かに言った。


(こういう場所では、周りに従うのが無難だと思う)


 長い列に加わりながら、僕はできるだけ自然に振る舞うことを意識した。


 誰も僕を見ていないようで、でも誰かが見ている気もする。


 その時だった。


 列の少し前。


 白灰色のローブに紛れて、見覚えのある髪が揺れた。


 金髪。


 軽い立ち方。


 背の低い体つき。


(……!?)


(フリール!?)


 エルの声が、器の中で響いた。


 思わず、僕も目を見開く。


 そこには、白灰色のローブをまとったフリールがいた。


 まるでずっと前からここにいる人間みたいな顔で、当たり前のように列に並んでいた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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