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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第四章 フロワ編

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第八十七話 魔導院の講義

 魔導院五階。


 魔導研究所三号施設、その奥にある教授の間。


 窓の外では、フロワの白い空がゆっくりと暮れていこうとしていた。


 部屋の中には、壁一面の棚に古びた本が並び、机の上には開きかけの文献が無造作に置かれている。


 その机の向こうで、ひとりの女性が椅子にもたれかかっていた。


 小柄で、淡い灰がかった長髪。


 少し気だるそうな目元。


「声を聞くもの、さねぇ……」


 机の上の紙束を指先でとんとんと叩きながら呟いた。


「いかにも魔零派が好きそうなそれさね」


 その前に立っているアーミは、肩をすくめるように笑う。


「そうですよね」


「作り話かとも思ったのですが、師匠が前に話してたことと照らし合わせると……」


「そうさねぇ」


 椅子の背にもたれたまま、薄く目を細める。


「たしかにその可能性も少しはあるさね」


「でも結局、いつもの魔零派の戯言さね」


「それがです、いつもはそうなんですが」


 アーミは、わざとらしく少し間を置いた。


「何さね?」


 片眉がぴくりと上がる。


「今日、休憩室にいつもは見かけない人がいたんで、話しかけたんですよ」


「ほう、他所から講義とは珍しいさね」


 文献から目を離しアーミを見た。


「ですよね」


 アーミは口元だけで笑う。


「そうしたら、その人、ガルディアの方から来たらしくて、名前が⸻」


「フライでした」


 教授の間に、短い沈黙が落ちる。


「間違いないさね?」


 声は、さっきまでより低かった。


「はい」


 アーミは頷く。


「リーザ師匠の名前にも反応してましたよ」


「隠してたみたいな態度でしたけど、ありゃバレバレです」


 リーザは、それ以上すぐには何も言わなかった。


 ただ机の上の文献に置いていた指先が、ほんの少しだけ震えていた。


⸻


 ところ変わって、フライは宿に帰ってもまだ講義の余韻に浸っていた。


 夕方の光はもう薄く、窓の外では青白い魔道灯がぽつぽつと灯り始めている。


 どこかで鐘が鳴り、店の扉が閉まり、路地で人が話をしているような気配がする。


(明日も講義楽しみだね)


 ベッドに腰を下ろしながら、僕は小さく呟いた。


(ムーもなのん)


 ムーが弾んだ声を返す。


(オレはもういいかな)


 パディットは、まるで興味がないみたいに言った。


(講義もだけどさ、アーミが気になること言ってたね)


 パンの声が、少しだけ真面目になる。


(リーザ……)


(多分おばあちゃんのことだよね)


 そう口にすると、自分でも少し胸がざわついた。


(魔法都市だし、こっちでは有名なのかな?)


 僕は窓の外を見た。


(アーミからそれとなく探れないかな?)


 パンが落ち着いて提案する。


(また会えたら聞いてみるよ)


 そう決めると、少しだけ気持ちが落ち着いた。


⸻


 次の日。


 フロワの朝は、また雪だった。


 窓の向こうは、屋根も、道も、昨日よりさらに白く見えた。


 僕は支度を整えて、また魔導院へ向かった。


 大通りを歩く。


 魔導院はやっぱり、その建物だけ存在感が別物だった。


 中へ入り、受付へ向かう。


「バーベラ教授による雷力の講義が三十分後にあります」


「はい、受けます」


「では五階の、黄色い札の講義室になります」


「ありがとうございます」


 そう言って受付を後にする。


 休憩所の方へ向かいながら、周りを見回した。


(今日は昨日より人が多いかな)


 そう思い、そのまま休憩所に着く。


 何かの講義を待っているらしい人たちが、あちこちにいた。


(アーミさんいるかな)


 それとなく見回してみる。


 けれど、アーミの姿はなかった。


(昨日この講義を受けるって言ってたよな)


 パディットの声が響く。


(うん、でもまたいつか会えるかもだしね)


 そう言って、僕は先に五階の講義室へ向かった。


⸻


 昨日とは少し違う部屋だったけれど、空気は同じだった。


 バーベラ教授がやってくると、すぐに講義が始まる。


「ですから、ルミナストーンをこの魔導具にはめ込みます」


 教授が手元の装置へ石をはめ込む。


 すると、ゴトン、ゴトン、と機械が動き始めた。


「それからこの導線を繋ぐと……」


 導線の先には球がついている。


 そこへ線を繋いだ瞬間、その球が青白く光った。


(フライ! すごい! すごいのん!)


 ムーが興奮した声を上げる。


(余剰の転用があの魔導具の中で完結してるのん)


(これがこの街の、あの青白い灯りを作ってるのか……)


 昨日、宿の窓から見えた灯りを思い出す。


 ちゃんと理屈があって、作られていると分かる。


(……なんであれが光るんだ?)


 パディットは、根本的なところで止まっている。


 その時だった。


 扉が開く。


「すみませーん、遅れました」


「途中参加してもよろしいですか?」


 小声でそう言って入ってきたのは、アーミだった。


「ええ、構いませんよ、空いている席へどうぞ」


 バーベラ教授は、特に気にした様子もなく言う。


(アーミきたね)


(遅刻なのん、おかしいのん、考えられないのん)


(ムー、お前もなんかおかしいぞ)


 パディットの突っ込みをよそに、講義はそのまま進んでいった。


 教授の話は難しいが、やはり面白かった。


 普段しない考え方で勉強になる。


 やがて鐘が鳴る。


「時間ですね」


「次回は転用を更に効率的にする、転用からの導線を、安定させる方法を解説いたします」


「興味のある方は明日もいらしてください」


(これは明日も絶対なのん)


(うん、そうだね)


 そう考えていると、声が掛かった。


「フライくーん、こんにちは」


 アーミさんが、いつもの調子で手を振っている。


「アーミさん、こんにちは」


「今日は、来ないかと思ってましたよ」


「ちょっと、色々準備で立てこんじゃってさ」


「準備ですか?」


「あたしさ、講義受けてるけど、実は講師もやってるんだよね」


「そうなんですか!?」


「どうりで色々……」


 僕が驚くと、アーミさんは少し得意げに笑った。


「こう見えても、あたしの講義は結構人気あるんだよ」


「次にこの階の赤い札の講義室でやるから、よかったらおいでよ」


「是非、お願いします」


 思わず前のめりで返して言う。


(人が多かったのって、アーミの講義だったのかな)


 パンが思い出したように言う。


(講師とかすごいのん)


(何か、ありえないとか言ってしまったのん、反省するのん)


 ムーがしょんぼりした声を出した。


(ま、まぁ気にしないでムー)


(でも、アーミさんの授業か、楽しみだね)


 そんなことを考えていると、アーミさんがふいに僕の顔をのぞき込んだ。


「たまにフライってさ、上の空の時あるよね」


「へっ!?」


「あっ、えーっと、講義について考えてました」


「ふーん」


 アーミはじっと僕を見る。


「ぼーっとしてると、大事なとこ聞き逃しちゃうよ」


「気をつけます……」


「それはいいとして、わたしの講義はね」


「大魔導師についてだよ」


 アーミがにやりと笑う。


「……大、魔導師」


 その単語が出た瞬間、背筋に小さな緊張が走った。


「文献から読み解いた、歴史の講義だね」


「魔杖使いなら単語くらいは聞いたことあるでしょ」


「詳しくはまた講義で話すからさ」


「じゃあ、準備があるから」


 そう言うと、アーミは足早に去っていった。


⸻


 そうして僕は、講義室へ向かい、扉を開ける。


 中にはすでに人が多かった。


 席を探す視線が、あちこちで動いている。


(もう席が少ないのん)


(でも左の中段空いてるね、危なかった)


 僕は急いでその席へ向かった。


 座って少しすると、ほぼ満席になる。


 そして鐘が鳴った。


 扉が開き、アーミさんが講義室へ入ってくる。


 さっきまでの軽い調子とは少し違って見えた。


 前へ立ったその姿は、ちゃんと講師だった。


「えーっと、みなさん、わたしの講義に来ていただいてありがとうございます」


 ざわめきが少し静まる。


 アーミは手元の紙を軽く置いて、講義室全体を見回した。


「大魔導師、ご存知ですか?」


 前の列の生徒がすぐに手を挙げた。


「全ての属性を司る魔杖使いのことですよね」


「正解」


 そこでアーミさんは、少し間を取る。


「近年に現われたのは、三百年も前です」


「ご存知でしたか」


(三百年前……)


 その数字に、胸が少しだけ鳴る。


「この三百年前の大魔導師は、竜の力をも使ったという伝説があります」


(竜の力……三百年前)


 僕の中で思い当たるものが、いくつもあった。


「名前までは伝えられていませんが、これはフロワにある燈魔書という歴史書から読み解くことができました」


 前方の席にいた生徒が、すっと手を挙げて尋ねた。


「燈魔書は解読不能とありましたが」


「そうですね」


 アーミさんは、あっさりと答える。


「でも、実は少しずつですが、進んでいる部分もあるのです」


 アーミさんは、慣れた調子で説明を続ける。


「過去に何があったか」


「どうしてそれほどの大魔導師が歴史に名を残していないのか」


 そこまで言うと、講義室の空気が少しだけ引き締まった。


「まだまだ謎は残りますがね」


「教授、ありがとうございます」


 質問した生徒が深くうなずく。


 アーミさんは軽く笑ってから、教壇の上で指先をとんと鳴らすように動かした。


「で、次ですが」


 アーミはそこで、少し声の調子を変えた。


「みなさんは、魔芒杖をご存知ですか」


 生徒が迷いなく答える。


「大魔導師が使っていたとされる宝具の杖ですよね」


「正解です」


「その三百年前の大魔導師こそ、魔芒杖を用いて竜力を扱った人物ですね」


(多分……その大魔導士、護手のことだ)


(じゃあ魔芒杖は、護手の竜杖なのん)


 頭の中でいくつもの言葉が繋がっていく。


 その後も大魔導士の講義は続いたが、その前に聞いた内容が頭から離れなかった。


 アーミさんは、たまにチラリと動揺している僕に目をやった。


「ということで、次回の講義でお話ししましょう」


 あっと言う間に、講義は終了した。


 僕はしばらく、席から立てなかった。


 頭の中で、今聞いたことが何度も反響していた。


 三百年前。


 竜の力。


 大魔導師。


 燈魔書という文献。


 どれも偶然とは思えない。


 全部が、僕の探しているものへ近づいている気がした。


 そこへ声がかかる。


「フライくーん、ぼーっとしてどした?」


 アーミさんだった。


「え、あ、アーミさん」


「講義、良かったです」


 アーミの目が、少しだけ細くなる。


「どの辺が気になったかな」


「魔芒杖の話が特に……」


「ほうほう、いい目の付け所だね」


「明日もっと詳しくやるからさ、また聞きにきてよ」


「はい、必ず」


 アーミは軽く頷いた。


「楽しみにしててね」


 そう言ってアーミさんは去っていった。


 僕は色々聞きたかった。


 おばあちゃんのことも……。


 でも、それどころではないほどに、講義の内容で頭がいっぱいになっていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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