第八十五話 魔法都市フロワ
キャラバンでポルフ雪原を進むこと二日。
昼を過ぎたころから、空の色が少しずつ変わり始めた。
昨日より風が強い。
頬に当たる空気も、鋭さを増している。
やがて細かな雪が舞い始めた。
最初はちらつく程度だったそれが、少しずつ視界を白く染めていく。
「雪が降ってきた、風もある」
前でプレデアさんが呟く。
「まずいかもね……」
少し間を置いてから、よく通る声が飛ぶ。
「フラーイ! 今日はもうここまでだー!」
「わかりましたー!」
鐘の音が鳴る。
響く合図に合わせて、キャラバンが次々と停止した。
(判断が早いな、さすがだな)
ネールが感心したように言う。
(昨日も早めに休んで正解だったしね)
しばらくすると、プレデアさんが荷台の方へやって来た。
「フライ、手伝ってもらっていいかな」
「ええ、大丈夫ですよ」
そう言って外へ出ると、プレデアさんは大きな布を広げ、棒を何本も雪に立てていた。
「そっちの布、引っ張ってもらっていい?」
「はい、こうですか」
「そうそう」
「そこに置いてある棒を刺して、トナカイに被せて」
「はい」
言われた通りに動くと、布は半円みたいな形になっていく。
簡易の吹雪用ドーム。
雪行トナカイたちを風雪から守るためのものだ。
「このあと、天気変わりそうなんですか」
「この風だと吹雪くかもだからね」
プレデアさんは空を見上げながら言った。
周りのキャラバンでも、同じようにトナカイへドームを立てている。
「まぁこの子たちは寒さに強いから大丈夫なんだけど、さすがに吹雪は可哀想でね」
「そうですね」
そうしてしばらくすると、プレデアさんの予想通り、雪は激しさを増し、風も強くなる。
さっきまで見えていた遠くの景色が、あっという間に白くなっていく。
僕たちは荷台の装置をつけると、体力を休めるように早めに就寝した。
夜も激しい風に荷台が煽られ、そのたびに木が軋む音がする。
けれど、荷台の中はあたたかかった。
⸻
翌朝になれば、快晴ではないものの、雪は収まっていた。
空はまだ灰色だけれど、進むには十分な環境だ。
「さて、昨日あんまり進めなかったからね」
プレデアさんが雪行トナカイの背を軽く叩きながら言う。
「今日は行けるとこまでガッツリ行こう」
「よろしくお願いします」
そうして三日目は、特に大きな変化もなく淡々と進んだ。
遠目に白いモンスターの群れが見えたり。
薄く凍った池の脇を横切ったり。
どこを見ても白い。
簡単に人を寄せつけない景色だった。
確かに、この辺りには普通の人は住めない。
街道があり、キャラバンが通るから進めているだけで、ひとたび道を外れれば、すぐに世界から切り離されそうな気がする。
そうして四日目の昼頃。
不意に鐘が鳴った。
僕は荷台から顔を出して、辺りを見回す。
すると前方に、巨大な街壁が見えた。
周りの風を遮るように高い。
ガルディアよりも堅牢だと思えるくらいだった。
「フラーイ! もうすぐ到着だよー!」
前からプレデアさんの声が飛んでくる。
「準備しときなー!」
「ありがとうございますー! りょうかいでーす!」
ほどなくして、キャラバンは魔法都市フロワへ辿り着いた。
⸻
門のそばにあるキャラバン停留所で、荷車がゆっくり止まる。
行き交う人の数も多い。
防寒具をまとった商人。
ローブ姿の魔杖使いらしき人影も見える。
「フライと来てよかったよ」
「何かと助かった」
プレデアさんが荷台の脇で笑った。
「それはこっちですよ」
「本当にお世話になりました」
僕が頭を下げると、プレデアさんは軽く手を振る。
「街にはしばらくいるんだよね」
プレデアさんが、荷台の脇に片手をつきながら聞いてきた。
「はい」
「帰る日を決めてない程度には滞在します」
そう答えると、プレデアさんは少しだけ目を細めた。
「私もこの街にしばらくいるからさ、また何かあったらキャラバン申請所まで来てよ」
「帰りでも、別の街に行くでも大歓迎だからさ」
気さくな口調のままだったけれど、その言い方は思っていたよりあたたかかった。
「はい、その時はまた是非」
僕が頭を下げると、プレデアさんはにっと笑う。
「じゃあね、魔法都市楽しんでね」
「プレデアさん、また!」
そう言って、僕はプレデアさんと別れた。
荷を背負い直して、街の方へ向き直る。
そして、思わず足を止めた。
フロワの街は、アルミ村ともガルディアともまるで違っていた。
白い石造りの建物が並ぶ通り。
屋根の上には雪が積もり、窓辺には青白い魔導灯が淡く光っている。
冷たい空気の中を、人々の白い息が行き交っていた。
そして、その奥に。
街の象徴みたいな巨大な建物が、二つそびえている。
一つは、空へ突き刺さるように何本もの塔を伸ばした巨大建築だった。
壁面には幾何学的な紋様が走り、窓の奥では青い光が見える。
あれがきっと、魔創派の象徴である魔導院だろう。
もう一つは、それとは少し離れた高みに立つ、白灰色の大聖堂だった。
雪と曇り空を背にして立つその姿には、かなり迫力があった。
ただ遠くから見ているだけなのに、その景色に圧倒される。
綺麗な街だった。
⸻
僕はまず宿を探すことにした。
大通りから少し脇へ入ると、落ち着いた通りに出る。
人通りはやや少なくなるが、そのぶん宿屋や道具屋が並んでいた。
木の看板に簡素な紋が描かれた宿を見つけ、そこで部屋を取る。
荷物を置き、ようやく一息ついた。
(フロワ到着したんだね、お疲れ様)
パンが、ほっとしたように言う。
(ありがとう、明日からどうしようかな)
(まずは魔導院から行ってみるのん)
ムーが元気よく言った。
(僕もそれは考えてたんだけど、街を少し見て回ってもいいかなって)
(フリールもこの街にいると思うんだけど)
エルの声には、少し心配が混ざっていた。
(こう広くっちゃ探すのも大変だよね)
(あの子ったら迷ってないか心配だわ)
(エル、お母さんみたいだね)
(まぁ実際そんな感じだからな)
パンとパディットのやり取りに、思わず小さく笑う。
(とりあえず明日は街でも見てみることにするよ)
そう決めると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
雪原を越えてきた疲れもある。
その日は無理をせず、早めに休んだ。
⸻
そして次の日。
朝のフロワは、静かでいてどこか張りつめていた。
宿の窓から見える通りには、もう人影が動いている。
雪を払う音。
荷を運ぶ音。
遠くで鐘の音も響いた。
僕は支度を整えて、宿を出る。
すると主人が声をかけてきた。
「ハンターなら、この街のギルドに顔出してみたらどうだい」
「最近、モンスターが出て困ってるみたいだから」
「そうなんですね」
「わかりました、寄ってみます」
(そういえば街道にもいたから、結構この辺りにもモンスターが出てるんだろうね)
器にパンの声が響く。
(そうかもね、確かめるだけでもしたいね)
僕はそう言って、街へ出る。
魔法都市と呼ばれるだけあって、街並みもどこか独特だった。
看板や街灯にまで、魔道具らしい意匠がある。
壁には魔法陣みたいな模様が刻まれ、窓辺には小さな青い灯りが揺れていた。
通りを歩くローブ姿の人も多い。
でも同時に、分厚い外套に身を包んだ商人や職人もいて、この街が魔法だけで成り立っているわけじゃないのが分かる。
ギルドは、大きな建物ですぐ見つかった。
石と木を組み合わせた頑丈そうな造りで、入口も広く、雪国仕様なのか扉が厚い。
僕は中に入り、そのまま受付へ向かった。
「他所からお越しのハンターさんですか」
受付の女性が、慣れた様子で聞いてくる。
「はい、ガルディアからです」
「では、こちらにサインください」
「ハンターとしての活動許可証になります」
「はい」
僕は差し出された用紙に名前を書く。
「ではこちらの登録料をお支払いください」
言われた通りに支払うと、受付の人は書類を手早くまとめた。
「依頼は、そこにある依頼板を参照ください」
「依頼完了報告で、報酬を受け取ることができます」
「わかりました」
「最近は討伐依頼が増えていますが、無理はなさらないようにお願いします」
「ありがとうございました」
依頼板の方へ視線を向けると、確かに討伐依頼が多い。
雪原のモンスター。
街道の安全確保。
キャラバンの護衛。
目立つのはそんな内容ばかりだった。
(モンスターが増えているのか)
パディットが言う。
(まさか、また魔人が……)
ネールの声が緊張を帯びる。
(憶測は危険だから、ちゃんと調べて考えるよ)
(承知)
そう返した時だった。
入口の方から、慌ただしい足音が響いてくる。
「雪原に大型モンスターあり、街に向かってきている」
「至急応援願いたい!」
飛び込んできたハンターが、息を切らせて叫んだ。
「!?」
受付の人の顔色が変わる。
「どっちの方向ですか?」
「フロワから西だ、すぐ近くに来てる」
「放置は危険だ、討伐しないと」
(大型……クロープ、探れる?)
(ちょっと待ってねー……)
クロープが目を覚まし、ゆっくり言う。
(あ、大きいのがいるねー……)
(街から西に徒歩十分くらいかなー……)
(かなり近いねー……ZZZ)
(どうするフライ、見に行ってみるか)
パディットが言う。
(そうだね、ほっとけないね)
その時だった。
一際大きな声が飛ぶ。
「これは神託だ! 討伐なんてやめてくれ!」
入口の反対側、壁際にいた外套の男が前へ出た。
その後ろには、同じような白灰色の服をまとった者たちが数人いる。
「魔零派か、また来たのか!」
ハンターの一人が、露骨に顔をしかめる。
「モンスターは危険だって、何回言えばわかるんだよ!」
「危険? 違う、この地の魔力を安定させてるのはモンスターだ」
魔零派の男が、強く言い返した。
「倒せばこの地は更に乱れるぞ!」
ギルドの中がざわつく。
受付の人が困ったように眉を寄せた。
「このままでは何もできません」
意を決したように、声を張る。
「ハンターギルドとして緊急発令します」
「その大型モンスターの撃退および討伐の許可を出します」
「なっ……! 神託を無視するのか!」
「違います、この街を守るためです」
「だからそれは――」
言い争いは、まだ続きそうだった。
(埒が開かないね)
(行って確かめるのん)
ムーが提案する。
(それが一番だね)
僕は目立たないように、そっとハンターギルドを出た。
冷たい外気が頬を打つ。
フードを少し深くかぶり直す。
そして、僕は雪原の西へ向かっていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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