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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第四章 フロワ編

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第八十四話 雪行のキャラバン

 プレデアさんのキャラバンに乗って、僕はフロワの都を目指していた。


 外の空気は、ガルディアとは比べものにならないほど冷たかった。


 一日目は吹雪もブリザードもなく、空はよく晴れていた。


 雪行トナカイたちの足取りも軽い。


 辺りは一面真っ白で、遠くに森が見えるほかは、どこまでも白銀の世界が広がっていた。


 雪の上を進む荷車の音だけが、静かな雪原に続いていく。


 僕は荷台の端から身を乗り出しすぎないように、周囲へ意識を広げてみた。


 探知には、時おりモンスターの気配も引っかかる。


 けれど街道そのものに近づいてくる気配はなく、ポルフ雪原の道はひとまず平穏だった。


 しばらく進み、空が少しずつ傾き始めたころだった。


「そろそろ、暗くなってくるね」


 前の荷台から、プレデアさんのよく通る声がした。


「おーい、キャンプにするよー」


 続いて鐘の音が鳴る。


 高く澄んだ音が雪原に広がり、周囲のキャラバンにも合図が伝わっていった。


 一斉に荷車が止まり、雪行トナカイたちも足を止める。


「まだ、結構明るいのにもうキャンプにするんだ」


 思わずそう呟くと、ローブの中からムーが顔を出した。


「まだまだ進めそうなのん」


 そこへ、プレデアさんが荷台の方までやって来る。


「さぁて、キャンプにするよ」


「まだ陽があるのにキャンプなんですね」


「ん?」


 プレデアさんが空を見上げて笑う。


「ああ、今にわかるよ」


「雪国の夜は早いんだよ」


「そうなんですね」


 そう言うと、プレデアさんは荷台の真ん中に手際よく仕切りを立て始めた。


 布と板で簡単に区切っているだけなのに、風の通り道が変わるのが分かる。


「ちょっと狭いけどさ、これで勘弁してね」


「僕は全然大丈夫です」


「乗せてもらっている身なので」


「そう言ってもらえると助かる」


 プレデアさんはそう言ってから、今度は荷車の車輪のあたりに潜り込んだ。


 何か金具のようなものを動かし、下でかちゃかちゃと音がする。


 しばらくすると、じわっと荷台の床から熱が伝わってきた。


「すごい、何ですかこれ?」


 僕は思わず足元を見る。


 さっきまで冷たかった荷台が、少しずつあたたかくなっていく。


「あー、初めて見た?」


「雪国では必須な装備だよ」


 下から顔を出したプレデアさんが、得意げに笑った。


「車輪の回転でエネルギーを貯めて、それを魔力に変換する装置だよ」


「そんなことできるんですね」


「魔創派が魔道具を研究してるからね」


「私は理屈はわからないけど、便利だよ」


「フロワに行ったら、まだまだすごい魔道具を見られるよ」


「すごいです、楽しみです」


「あと、食料はっと……」


 プレデアさんは荷台の隅に置いていた袋をがさがさ漁る。


「お、あったあった」


 出てきたのは、冷えた干し肉と、同じく冷えた固いパンだった。


「これさ、冷えてしまってるけど、フライも食べる?」


 差し出されて、僕は少しだけ考える。


 そのままでも食べられないことはない。


「……これ、料理してもいいですか?」


「え?」


 プレデアさんが目を丸くする。


「料理してくれんの?」


「火ないよ?」


「僕、魔法で出せますので」


「それで」


「じゃあ、お願いしよっかな」


 僕は自分の荷物を見た。


 干し肉。


 パン。


 僕の持っているチーズ。


 それに、まだ残っていたジャガイモ。


(うーん、食材は……干し肉、パン、僕が持っているチーズとジャガイモか……)


「よしっ!」


 クッカーを持って荷台を降りる。


 雪を踏む音が、きゅっ、と小さく鳴った。


 少し風を避けられる場所を選び、簡単な台を置く。


 そこに鍋を乗せ、指先に魔力を集めた。


「〈〈ヒート〉〉」


 小さな炎が生まれ、鍋の底をあたためる。


 まずチーズを細かくちぎって鍋に入れる。


 そこへ少量の水を加え、焦がさないように木べらでゆっくり混ぜる。


 溶け始めたところで、薄く刻んだ干し肉を加える。


 塩気と旨みがにじみ出て、香りが変わった。


 ジャガイモは小さめに切って先に軽く茹でておき、火が通ったものから鍋の横へ並べる。


 パンも食べやすい大きさに切って、少しだけ火で表面を炙った。


 最後に、ガルディアから持ってきた香辛料をほんの少し。


 湯気と一緒に、チーズの濃い匂いが広がる。


「へー、いい匂いだね」


 プレデアさんが荷台から顔をのぞかせた。


「あり物チーズフォンデュです」


「いいねー、いただきます」


 プレデアさんは温めた干しパンを串に刺して鍋へくぐらせた。


 とろりと伸びたチーズを口に運んだ瞬間、目を見開く。


「……何これ、めっちゃ美味しい!」


「ただのチーズじゃないね、何か味付けしてある?」


「ええ、ガルディア領の方から持ってきた香辛料をちょっと」


(アルミ村のなのん)


(それは秘密なの)


 ムーの声に、僕は器の中で小さく返す。


「初めて食べたけど美味しかったよ」


「この後の料理も任せたいくらいだね」


「またよかったら作りますよ」


「料理は好きなので」


「こりゃ、当たり客だね」


 プレデアさんが楽しそうに笑った。


「他の連中にいい土産話になるよ」


 夕飯を食べ終えるころには、空の色がはっきり変わり始めていた。


 最初はまだ明るかったはずなのに、一時間も経たないうちに、昼から夜へ一気に切り替わるように周囲が暗くなる。


 さっきまで白く見えていた雪原が、今は夜の色に沈んでいる。


「びっくりするくらい暗くなるスピードが速いですね」


「キャンプが早めな理由がわかったかな」


「暗くなってからじゃ何も出来ないからさ」


「納得です」


 夜の雪原は、昼とはまるで別の場所だった。


 荷台の中に戻ると、あたたまった床のおかげでだいぶ過ごしやすい。


 外は凍えるように寒いのに、布の仕切りの向こうには小さな安心感があった。


「フロワには魔法を勉強しにいくの?」


 プレデアさんが毛布にくるまりながら聞いてくる。


「はい、魔杖使いとしてまだまだなので」


「勉強熱心なんだね」


「やらなきゃいけないことに向き合ってるだけですよ」


「へぇ……」


 プレデアさんは少しだけ僕を見て、それからふと思い出したように言った。


「あ、フロワ初めてだったら、どっち寄りにするかだけ考えときなよ」


「どっち寄り……ですか」


 思わず聞き返す。


「うん、魔零派か魔創派かってね」


「聞いたことない?」


「はい、わからないです」


 僕が素直に首を振ると、プレデアさんは少しだけ姿勢を崩した。


「簡単に説明すると、魔零派はモンスター信仰なのよ」


「モンスターを信仰するんですか」


 予想していなかった言葉に、思わず目を見開く。


「フロワでは、そのまた昔に、魔力はモンスターがこの世界に分け与えていて、それを恵みとする人たちがいたの」


「要は、モンスターのおかげで、私たちが魔法を使えている、とする人たちね」


(何かすごい解釈だね)


 パンが、少し戸惑ったように言う。


「へえ……」


 僕は素直に相槌を打った。


「それでね、魔創派は、この世界自体が魔力の循環を促していて、魔力は大地の恵みだとする人たち」


「要は魔法を独自に研究する人たちのことね」


 僕はフロワが魔法都市だと聞いていたことを思い出した。


「それって、どっちかに所属してないとダメなんですか?」


 そう聞くと、プレデアさんは首を横に振った。


「いや、そうじゃなくって、どっちかに寄っておくといいってだけの話」


「一般市民はそんなに関係ないんだけどね」


「派閥同士、対立する時があってね」


「対立……」


 僕は思わず、その言葉を繰り返した。


「ほら、危ないモンスターってハンター達が出て討伐したりするでしょ」


「放置すると街や村が危なかったりしますからね」


 僕がそう返すと、プレデアさんは小さく頷いた。


「でもさ、魔零派は神の意志とするのよ」


「街が襲われてもですか?」


 思わず聞き返すと、プレデアさんは少しだけ言いづらそうに目を伏せた。


「……そうね」


「モンスターは何があっても討伐しない、それが魔零派なのよ」


「危険……ですね」


 僕は思わず眉をひそめる。


「それで魔創派は、モンスターは魔力を持ってるけどこの世の循環には関係ないから、危険は排除する、とする派閥なの」


 今度は逆の理屈だと思った。


「両者は当然……」


「相入れない……ですね」


 さすがに僕にも分かった。


「でもね、フロワにはギルドが存在する」


 プレデアさんは、そこで少し声の調子を変えた。


「ハンターがいないと近隣は危ない、ということですか」


「そうそう」


 僕の言葉に、すぐ頷く。


「このポルフ雪原もモンスターがいっぱい出るからね」


「平和を維持してるのは実際、魔創派なの」


「だからハンターギルドも魔創派の管理なのよ」


 その説明は、妙に納得感があった。


「僕も危険は討伐するから、魔創派ってことになるのでしょうか」


 自分の立ち位置を確かめるように聞いてみる。


「実際その方が動きやすい面はあるね」


「でもモンスターを討伐して、魔零派に目をつけられたら厄介だからね」


「それだけ気をつけないと」


「プレデアさんはどっちかに寄ってるんですか?」


「大体は魔創派だよ、体裁上ね」


 プレデアさんは肩をすくめた。


「でも私は港の街出身だから、そんなに関係ないかな」


「あくまでフロワでの話だよ」


「なるほど」


 僕は小さく頷いた。


「……これも、もう何百年も続く話らしいからね」


「一生相入れないんじゃないかな」


 その言葉には、少しだけ諦めみたいな響きが混ざっていた。


「根も深くなっていそうですね」


「まぁ行けば、雰囲気とかなんとなくわかるよ」


「はい」


 きっとフロワに着けば嫌でも感じることがあるのだろう。


「じゃあ、私はそろそろ休むよ」


「また明日も走らないとだしね」


「おやすみ」


「わかりました、おやすみなさい」


 そう返すと、プレデアさんは毛布にくるまって目を閉じた。


 僕はしばらく目を閉じられなかった。


(土地柄のことに首を突っ込むと厄介ごとに巻き込まれるから気をつけないとな)


 パディットが器から言う。


(まぁ大丈夫でしょ、魔法を勉強しに行くだけだしね)


 僕は自分の目的は勉強と護手を調べることに決めていた。


(でも、フライは巻き込まれる体質だから、不安だよね)


 パンが少し笑いながら言う。


(人を変な体質みたいに言わない)


(でも、気をつけないとだね)


 そう返して目を閉じる。


 雪国の夜は、思っていたよりずっと静かだった。


⸻


 朝になると、空は曇っていた。


 今にも雪が降り出しそうな色をしている。


 白い大地の上に灰色の雲が覆い始めていて、昨日の快晴とはまるで別の空だった。


「おはよう」


 プレデアさんが早くも荷台の外から声をかけてくる。


「すぐ準備して出るよ」


「天気が悪くなる気がするからね」


「はい、すぐ準備します」


 急いで荷物をまとめる。


 ほどなくして、雪行トナカイたちがまた走り出した。


 二日目の街道は、昨日より静かだった。


 空が重いぶん、雪原の白さもどこか鈍く見える。


 しばらくは雪も降らなかった。


 けれど昼過ぎくらいになった時、前を走るキャラバンが突然止まった。


 続いて、重い音色の鐘が鳴る。


「フライー! モンスターが出たー!」


 プレデアさんの声が前から届く。


「危険だからしばらく待機するよー!」


「わかりましたー!」


 僕は荷台の端から身を乗り出した。


(クロープ、モンスターの気配どう?)


(んー、ちょっと前にいるねー……)


(大きい魔力は感じないけどー……ZZZ)


 しばらく待機していると、プレデアさんが荷台の方まで来た。


「フライ、魔物が街道を封鎖してて進めないから、迂回するか倒すかなんだが、決定権は私にある」


「僕がなんとかしましょうか?」


「それくらいしか出来ませんので」


「天気も悪くなりそうだし、街道から逸れるのは避けたいんだ」


 プレデアさんが眉を寄せ、困った顔で言う。


「助かるよ」


 僕とプレデアさんは荷台を降りて、先頭のキャラバンへ向かった。


 先頭にいた男性が、前方を指さす。


「遠くに見えるけど、アレだよ」


 目を凝らすと、雪原の中に白い大きな影が見えた。


 ゴリラみたいな巨体。


 真っ白な毛並み。


 低く腰を落として、街道の真ん中に居座っている。


「ジュエルコングだな」


 男が言った。


「一回腰を下ろすとずっと居座るから困るんだよな」


「しかもハンターでもないと倒せないくらいには強いんだよ」


「そうですか」


 僕は相手の魔力を見る。


 確かに強い。


 でも、今まで出会ってきた本当に危険な相手たちに比べれば、手に負えないほどではなかった。


「僕に任せてください」


 そう言って、僕は一人でジュエルコングの方へ歩いていく。


 近づくほどに、相手は明らかにこちらを威嚇し始めた。


 牙を見せ、肩を揺らし、雪を蹴る。


(そろそろ、あいつの間合いだぞ)


 パディットの声が、緊張を含んで届く。


(大丈夫だよ)


(フライどうする? テイム使う?)


 パンが、少しだけ不安そうに聞いてくる。


(声は聞いてみようかな)


 相手の様子を見ながら、僕は小さく息を整えた。


(どいてくれるかもだし)


 僕はさらに一歩踏み込む。


 ジュエルコングの気配に意識を合わせる。


(くるな こうげきする)


(そうしたら倒さないといけなくなるよ)


(こっち つよい どかない)


 短く荒い感情だった。


 強さを誇っていて、道を譲る気はない。


「……ダメだ、どうしてもどかないつもりだね」


(力を見せればどいてくれるかもなのん)


(たたかえ こっち つよい)


「やるしかないか」


 その瞬間、ジュエルコングが雪を蹴って突っ込んできた。


 速い。


 でも見えないほどじゃない。


 僕は新しい杖を構えた。


「〈〈アイスシールド〉〉」


 前方に氷の壁が立ち上がる。


「クイック」


 続けて分散されたルミナストーンへ魔力を流す。


 そして、もう片方の石に込めた炎を放つ。


「〈〈フレア〉〉」


 ジュエルコングがアイスシールドに激しくぶつかる。


 氷がきしみ、鈍い音が響く。


 その瞬間、杖から飛び出した炎の玉が白い体毛をかすめ、熱を帯びて弾けた。


 ジュエルコングは後ろへ飛び退く。


 毛の先が少し焦げ、雪の上に黒い焼け跡が散った。


 威嚇するように息を荒げる。


 けれど、もうさっきまでの余裕は薄れていた。


(つよい みとめる)


 そう気配で伝わってくる。


 ジュエルコングはゆっくりと向きを変え、街道を外れて雪原の向こうへ去っていった。


 僕は大きく息を吐いて、キャラバンの方へ戻る。


「助かったよ、フライ」


 プレデアさんが笑った。


「強いじゃん」


「いえ、そんな……」


「しっかし、ジュエルコングが道譲るとか見たことない……」


 先頭の男性が首をひねる。


「気まぐれ、なのかな?」


「とにかく通れるようになったんだ」


「よしだろ」


 プレデアさんが腕を組んで言う。


「そっすね、プレデアさんが言うなら」


 男がそう言うと、キャラバンがまた動き出す。


(あんまり強い力使うと怪しまれるかもね)


(気をつけるよ)


 パンの言葉に、僕は心の中で答えた。


 曇り空の下、荷車は再び白い街道を進んでいく。


 二日目のポルフ雪原は、まだ長かった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。


ジュエルコング

大きさ:2m

ゴリラ型:体毛がふっさふさで寒さをしのぐ

生息:ポルフ雪原

魔力:地寄り、氷小

魔法はあまり使わない

力自慢が基本

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