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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第四章 フロワ編

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第八十三話 白い大地へ

 ガルディア城塞都市から港までは、歩いて半日ほどかかるらしい。


(ガルディア港までは少し歩くことになるね)


(乗っていくか)


 パディットが、器から言う。


(いや、ここからは自分の足で歩くよ)


(ここから先に港町があるのん?)


 ムーが、少しわくわくしたように聞いてくる。


(うん、宿屋の主人の話だとそうなるね)


 ガルディアの外へ続く街道は、朝から人通りが多かった。


 みんな同じ方角へ流れていく。


 石畳の道をしばらく歩くうちに、空気の匂いが少し変わってくる。


 風の中に、ほんのわずかに海の匂いが混ざり始めた。


(なんか、匂いが違う)


 やがて、緩やかな坂を下りきった先に、ガルディア港が見えた。


「おー、すごい」


 思わず、声が漏れた。


 視界の向こうに、大小さまざまな船がぎっしりと並んでいる。


 帆をたたんだまま停泊している船。


 今まさに荷を積み込んでいる船。


 沖へ出ようとしている船。


 桟橋の上では人がせわしなく行き交い、声と木箱を運ぶ音が絶えず響いていた。


(うわー、船がいっぱいなのん)


(遠くまで船がぎっしりだね)


 パンとムーの声も、少し浮き立っている。


(どの船かは見当がついているのか)


 ネールが現実的なことを聞いてくる。


(うーん、これだけ多いとどれがフロワ行きなのかわからないね)


(空からの偵察もできるが)


(今はいいので村のことに専念してください)


(……承知)


 少しだけしょんぼりしたネールの気配が返ってきた。


 ふと目をやると、港の入口近くに、船場管理棟と書かれた建物が見えた。


「あそこで聞いてみようかな」


 木の戸を開けると、中には机と書類棚が並んでいた。


 壁には航路図らしいものまで貼ってある。


「ごめんください」


「どうしましたか?」


 受付の人が顔を上げる。


「ここで、船の行き先について教えてもらえますか」


「はい」


 受付の人は、すぐ横の運行予定表を見ながら言った。


「今日でしたら一から八までが西側、九から十四までが北側です」


「東側は欠便しております」


(東側……)


 サラームのことが頭をよぎる。


「あと、北側の海の方で普段ない魔力を感じると魔杖使いの方から報告をいただいております」


 受付の人が続けた。


「モンスターなどの目撃情報は特にありませんが、渦潮が発生していると船乗り達も仰っております」


(何の魔力なのん)


 ムーの声に、僕も少しだけ身構える。


「ありがとうございます、行ってみます」


「はい、よい船旅を」


 管理棟を出ると、潮風をさっきより強く感じた。


「えーっと、九番から北だったよね」


 桟橋の番号を追いながら進んでいく。


 十番。


 十一番。


 ちょうどそのあたりで、船乗りたちが荷上げをしていた。


「すいません、この船はどちらまでですか」


 僕が声をかけると、樽を抱えていた男が振り返る。


「はい、この船はフロワの港まで行きます」


「同乗は可能ですか?」


「見たところハンターですかね」


「はい」


 そう答えると、男は少しだけ表情を緩めた。


「それは助かります」


「最近、北の海の方で謎の魔力を感じるそうで、もしモンスターとかだと心細いので」


「是非、どうぞお乗りください」


「運賃はこれくらいです」


 紙の控えのようなものを差し出され、僕は代金を払った。


 それを受け取った船乗りが、親指で船の方を示す。


「客室は狭いですが、寝るには困らないはずです」


「ありがとうございます」


 板の渡し橋を渡って船へ乗り込む。


 船の中は、想像していたよりずっと大きくて、でも甲板の上は人と荷で狭く感じた。


 客室はこぢんまりしていたけれど、ひとまず落ち着くには十分だった。


 しばらくして鐘の音が響き、船乗りたちの掛け声が重なる。


 ロープが外され、船体がゆっくりと岸を離れていった。


 港の喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。


 陸が離れていく感覚は、不思議だった。


「うわ、本当に動いてる……」


 自分が水の上に乗っているんだと思うと、胸の奥がそわそわする。


(陸が離れていくのん)


「結構揺れるんだね」


 その時は、まだ少しの不安で済んでいた。


(ねぇ、フライ、大丈夫?)


(んとねぇ、地面がグラグラする)


(……これは)


 パディットが嫌なものを見るような気配を向けてくる。


(フライ、急いで持っている水を飲みなさい)


 エルの声が少し強くなる。


(今? わかったよ)


 僕は言われた通り、水袋を取り出してがぶがぶ飲んだ。


 その時は、それでなんとかなると思っていた。


 けれど数時間後。


(これはまずい……世界が回ってる)


 船室の寝台に座っているだけなのに、床も壁も波みたいに揺れて見えた。


(手遅れ……かもな)


 ネールが、少しだけ呆れたように言う。


(おそかったわね……横になってるしかないわね)


 エルの言葉に、僕は薄く頷くしかなかった。


(わかった……)


 その日は横になった。


 でも、まともには眠れなかった。


 揺れが止まらない。


 気持ち悪さも止まらない。


 浅い眠りと目覚めを何度も繰り返して、一日目は終わった。


 二日目も、まだ地獄だった。


 少し飲んで、戻して、また苦しくなって横になる。


 体の疲れの方が限界を迎えた頃、ようやく少しだけ寝落ちできた。


 三日目になって、ようやく揺れに体が慣れてきた。


 まだ気持ち悪さは残っていたけれど、世界がぐるぐる回る感覚は少しずつ薄れていく。


 後に僕はこの二日間を、この世の地獄と言うようになり、船が苦手になるのだった。


「……辛い」


(さすがにこれだけ吐いたりしてたら辛いのん)


「陸……今何より陸がほしい」


 四日目の眠りから覚めた時、ようやく少しだけ人間に戻った気がした。


「やっと、世界が回ってるのが治ってきた」


(ずっと横になりっぱなしだったから無理しないのん)


「そうだね、船酔いって……怖いね」


(ムーは絶対なりたくないのん)


 その時だった。


(大きい魔力が海の中にあるー……)


 珍しく、クロープの気配が少しだけ鋭くなる。


(何かわからないけど魔力はわかるー……)


(注意してねー……ZZZ)


(クロープが反応するほど!?)


 僕も意識を広げる。


 すると確かに、海の深いところに、何か大きな気配があった。


 上がってくるわけじゃない。


 こちらを見ている感じも薄い。


 でも、海の中に何かがいる。


(この気配はいったい)


 そう思った時、甲板の方から鐘の音が激しく鳴り響いた。


「渦潮だー!」


「回避するので船に捕まってください!」


 船乗りの怒鳴り声が飛ぶ。


 僕は慌てて壁と寝台にしがみついた。


 次の瞬間、船が横から持ち上げられたように傾いた。


 木が軋み、荷がぶつかり合う音が響く。


 その揺れは、船酔いで苦しんでいた体には最悪だった。


「う、わ……っ」


 なんとか吐き気を堪えながら、僕はひたすら嵐が過ぎるのを待った。


 やがて揺れが少しずつ収まり、鐘の音も止む。


 しばらくしてから、僕は甲板へ出た。


 海面の一角だけが、さっきまで暴れたみたいに白く泡立っていた。


「最近、この辺りは魔力の乱れみたいなのが見られるらしいです」


 近くにいた船乗りが教えてくれる。


「モンスターなのかわかりませんが、ここまで大きい渦潮は久しぶりです」


 近くにいた船乗りが、まだ少し緊張の残る顔で海の方を見ながら言った。


「そうなんですか、魔力を感じるって……」


 僕も、さっきまで渦を巻いていた海面へ視線を向ける。


「船に乗った魔杖使いはみんな同じこと言います」


「海の中に魔力を感じるって」


 船乗りは、不思議そうに首をひねった。


「海の中に何が……」


 答えはなかった。


 ただ海は、何事もなかったみたいにまた揺れている。


 船は渦潮を通り過ぎ、そのまま北へ向かって進んでいった。


 六日目になると、空気がはっきり変わってきた。


 風が冷たい。


 頬に当たるだけで、少し痛いくらいだ。


 海の上には、ところどころ大きな氷まで見えるようになってきた。


「寒いし、白い」


「氷なのん! すごい大きいのん!」


「ムー楽しそうだね」


「ガルディアでは見られない景色なのん」


「そうだね、遠くへ来た実感がわいてきたよ」


 船の上から見る北の海は、もう南のそれとは違っていた。


 そして七日目の昼頃。


 ついに、フロワ港へ到着した。


 船がゆっくりと岸へ寄っていく。


 港の向こうには、白い景色が広がっていた。


 屋根にも道端にも雪がある。


 吐く息まで白い。


「着いたー、地面だー」


 港の地面を踏んだ瞬間、思わず全身の力が抜ける。


(おつかれさま、船旅は……聞くまでもないか)


 パンが、少しだけ気遣うように言う。


(今後はちょっとだけ遠慮したいね)


(ムーはぷるぷるで楽しかったのん)


(ムーのほうがたくましいな)


 パディットが、少し呆れたように言った。


(えっへんなのん)


 船を降りる時、船乗りが聞いてくる。


「ここからフロワまでは四日ですけど、キャラバンで向かいますか?」


「キャラバンが出ているのですね」


「ええ」


 船乗りが少し先を指さす。


「ここから見える、あの受付で申請できますよ」


 船乗りが、港の奥にある建物を指さして教えてくれる。


「徒歩で行かれる人もいるのですか」


 僕が聞き返すと、船乗りは少し苦笑した。


「いるのはいますが徒歩で四日です」


「その中間はブリザード地帯になり、環境も厳しいので街はありません」


 その説明を聞いて、思わず背筋が寒くなる。


「この雪の中、野営で四日……」


「徒歩で行くのは野営の熟練者くらいですかね」


 船乗りは、慣れた口調でそう言った。


「じゃあ、キャラバンを申請します」


「ありがとうございました」


「旅のご無事を」


 言われた方へ進むと、キャラバン申請所の前に、いくつもの荷車が止まっていた。


 そして、その前にいる獣を見て僕はまた足を止める。


「うわー、大きい鹿だ」


(ガルディアの鹿の二倍はあるのん)


 鹿というより、巨大なトナカイだ。


 枝分かれした角。


 分厚い冬毛。


 大きな体で、雪をものともせず立っている。


 僕が近づいて見ていると、荷台の横にいた女性が笑った。


「やあ、申請かい?」


「はい、旅の途中でフロワまで行きたいです」


「そこの受付でしてきなよ」


「今日、私たち出るから乗せてってあげるよ」


「ありがとうございます、助かります」


 僕は少し迷ってから、気になっていたことを聞いた。


「ところで、大きいですが、鹿……ですか?」


「ん?」


 女性が振り返って言う。


「ああ、トナカイだ」


「雪行種って言って、こっちの地方のトナカイだよ」


「ガルディアから来たの?」


「ええ、ガルディアから船で今日着きました」


「じゃあ、こっちの景色びっくりしたでしょ」


 言われて、僕はもう一度まわりを見渡した。


 港の先まで白く染まった景色は、ガルディアとはまるで違っていた。


「真っ白でびっくりしました」


「でもなんだろう……綺麗ですよね」


 そう言うと、女性は少し意外そうな顔をした。


「そういう感想は珍しいな」


「寒いとか、何もないとかが真っ先に来る人が多いからさ」


 それから、にっと笑う。


「あ、私プレデアって言うんだ」


「よろしくね」


「僕はフライって言います」


 僕も軽く頭を下げる。


「よろしくお願いします」


「じゃあフライ、申請行ってきなよ、すぐ終わるからさ」


 プレデアさんは慣れた様子で受付の方を親指で示した。


「はい、行ってきます」


 僕は軽く手を振ってから、申請所の方へ歩き出した。



 受付所の中へ入ると、寒さが少しだけ遠のいた。


 壁にはキャラバンの行き先や出発時刻らしい札が並び、端の方には注意書きや地図も貼られている。


 受付カウンターに行くと、受付の人が書類を出してきた。


「キャラバンの同行申請ですか?」


「はい、キャラバンでフロワまで行きたいです」


「プレデアさんのキャラバンに乗せてもらおうと思います」


「そうなんですね」


「ではこちらにサインと代金をお願いします」


「わかりました」


 名前を書いて代金を払う。


 これで終わりかと思ったところで、受付の人が僕を上から下まで見た。


「あと、そのローブでは無理です」


 受付の人は、書類から目を上げて僕を見た。


「あ、僕これしか持っていなくって……」


「ガルディアからですよね、ブリザードをご存知ですか?」


 事務的な口調のまま、確認するように聞かれる。


「いいえ、初めて聞きました」


「ブリザードですか?」


「横殴りの猛吹雪です」


「雹や霰も容赦なく打ちつけてきます」


 その説明だけで、この土地の寒さがただの雪ではないと分かった。


「その備えをしてもらいますね」


「装備を整えた方がいいってことですか」


「いえ、整えないと申請は通りません」


 受付の人は、きっぱりと言い切った。


「ここから出て右の通りに装備屋、白の帝というお店がありますので行ってみてください」


「ありがとうございます、行ってみます」


 申請所を出ると、パンが感心したように言う。


(雪国は厳しい環境なんだね)


(ここのルールには従わないとね、装備を整えるよ)


 言われた通り右の通りへ行くと、すぐに白の帝と書かれた店が見つかった。


 中に入ると、毛皮の匂いがする。


「お邪魔します」


「いらっしゃい」


 店員の男性が一目で僕を見て笑った。


「雪国用装備かい?」


「あ、はい、そうです」


「じゃあそのローブの上から被れるこれなんかどうだい」


 出されたのは、毛皮がびっしりと縫い込まれた厚手の外套だった。


 羽織ってみると、びっくりするくらい暖かい。


「いいですね、あったかいです」


「それとこれもねぇとな」


 今度は手袋と毛皮のブーツを出される。


「一式ください」


「おう、毎度あり」


 代金を払いながら、店員さんが言った。


「ここいらではよくモンスターも出るからな」


「フロワまで旅するなら気をつけろよ」


「はい、ありがとうございます」


 装備を整えて受付へ戻ると、プレデアさんがこちらを見て手を振った。


「お、装備整ったね」


 戻ってきた僕の姿を見て、プレデアさんがにっと笑った。


「受付に行かせないって言われたでしょ」


「え、はい」


「何かブリザードが危険だからって」


「まぁそうなんだけど、結構出なかったりする」


 プレデアさんが肩をすくめる。


「どっちかって言うと、モンスターのが怖いかもね」


「そうなんですか!?」


 思わず聞き返すと、プレデアさんは慣れた様子で笑った。


「まぁ、商売ってことさ」


「なるほどです……勉強になりました」


 雪国の旅は、寒さだけ警戒していればいいわけじゃないらしい。


「よしっ! じゃあ出るか!」


 プレデアさんが他のキャラバンに合図を送る。


 次の瞬間、巨大なトナカイたちが雪を蹴り、荷車がきしみを上げながら勢いよく走り出した。


 白い息が立ちのぼる。


 雪の大地の上を、キャラバンが進み始める。


 僕は荷台に揺られながら、まだ見ぬフロワの方角を見つめた。

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