第八十二話 新たな旅立ち
シアンさんと別れて、僕は村の中をゆっくり歩いていた。
夕方の柔らかい風が通り過ぎていく。
さっきまで魔法練習場で、色々見てもらっていたせいか、頭の中はまだ少しだけ考えが巡っていた。
魔人に対抗するために自分の力をつけたい。
それと、護手を探す。
そのために、まずは準備。
そう思って、僕は工房の方へ足を向けた。
⸻
工房の戸を開けると、木と鉄と油の匂いが混ざった匂いがした。
奥では、金槌の音が一つ、短く響いて止まる。
「こんにちはゼンさん」
「おう、フライ」
ゼンさんが顔を上げる。
「杖はどうだった?」
「何度助けられたかってくらい、いい杖でした」
僕は、ダイナモの杖を見せながら答えた。
「さすがだな」
「少し見せてくれ」
ゼンさんが手を差し出す。
僕は杖を渡しながら、もう一つ伝えた。
「ゼンさん、あと牧場もありがとうございました」
「またメンバーも増えたので、やっぱり大きくしておいてよかったです」
「なら、よかった」
ゼンさんが、満足そうに頷く。
「また大きくして欲しかったらいつでも言ってくれ」
「本当に助かります」
ゼンさんは杖の先や柄を確かめながら、何度か頷いた。
「杖は問題ねぇ、さすがダイナモだ」
そう言ってから、作業台の奥へ手を伸ばす。
「あと、これ持ってけ」
差し出されたのは、もう一本の杖だった。
「これって……」
思わず目を見開く。
形はダイナモの杖より少し細い。
けれど、先端だけじゃなく、柄の途中にも小さなルミナストーンがいくつも埋め込まれていた。
「余ったルミナストーンでこれを作った」
ゼンさんが言う。
「ダイナモの杖には劣るけど、魔力を流すにはいい杖になった」
「まぁ、試作品みたいなもんだ」
僕はそっと受け取って、少しだけ魔力を流してみた。
すると、杖の中に通した魔力が、先端だけじゃなく、埋め込まれた石ごとに分かれて留まる感覚がある。
「この杖いいですね」
「色んな魔力を、留めておけますね」
「おうよ」
「俺のオリジナルだ」
「フロワまで行くなら持ってて損はねぇ」
「ありがとうございます」
僕は、新しい杖を大事に抱えた。
それから、袋の中から集めてきたルミナストーンを取り出す。
「これ、旅で集めたルミナストーンです」
「工房で、役立ててください」
ゼンさんが少し目を見張る。
「……いいのか?」
「それ以上にゼンさんには、お世話になっていますから」
「じゃあ、ありがたくもらっておくかな」
ゼンさんは、いつもより少しだけ真面目な顔で石を受け取った。
「フライ、気をつけて行ってくるんだぞ」
「はい」
工房を出ると、夕焼けがさらに赤く染まっていた。
手には新しい杖。
その時、器の奥でパンが声をかけてきた。
(フライ、治療所にもちゃんと行っておかないと)
(またセラに何か言われるよ)
(あ、また忘れるところだった)
僕は苦笑いして、そのまま治療所へ向かった。
⸻
治療所の扉を開けると、薬草の匂いがふわりと流れてきた。
棚には瓶や包みがきちんと並び、奥では湯の沸く音がする。
「お邪魔します」
「あら、フライ」
ケールさんが、カルテを書く手を止めてこちらを見た。
「おー、忘れないで来たかー」
セラが、にやっと笑う。
「何か毎回それ言われるね」
「ちゃんと来て偉いってことだよ」
セラが胸を張る。
「じゃあ診るわよ」
ケールさんが、椅子を指した。
「お願いします」
ケールさんの手が、僕の腕や肩、胸元に順に触れていく。
しばらくして、ケールさんは小さく息を吐いた。
「問題ないどころか絶好調ね」
「通りはいいわよ」
「良かったです」
「この規模の魔力が詰まったらどうなるのか、すごい心配だけれど」
ケールさんは少しだけ眉を寄せる。
「今のところ大丈夫そう」
「また村を出るなら気をつけて」
「はい」
その時、奥の棚を整理していたノエルさんが振り返った。
「フライさん、南の森で採ってきたエーテルから新しいポーションを作ってみたので、持っていきませんか」
「いいんですか?」
「ええ」
ノエルさんは、小瓶をいくつか布に包みながら言う。
「今後はたくさん作れると思いますし、試作品ですので」
「使った感想またくださいね」
「勿論です」
「じゃあ、フライ、頑張ってね」
セラが明るく言う。
「セラもね」
僕は頭を下げて、治療所をあとにした。
⸻
家へ戻ると、ちょうど母さんが夕飯の支度をしていた。
鍋の湯気が、台所の窓へ流れている。
「あらフライ、おかえり」
「ただいま母さん」
僕は、少しだけ言葉を選んでから口を開いた。
「あの……僕また旅に出ないといけないなんだ」
母さんは驚かなかった。
少しだけ手を止めて、それから静かに頷く。
「祠に行った時から、そわそわしてたもの」
「そうだろうと思ってたわよ」
「うん」
「祠に行って、自分のやらないといけないことが分かったから」
母さんは、鍋の火加減を見ながら言った。
「ガルディアに旅立った時から、母さんも覚悟はしていたわ」
「向き合うって決めたなら」
「頑張りなさい」
その言葉はやさしいだけじゃなくて、ちゃんと送り出す強さもあった。
「ありがとう母さん」
「頑張るよ」
母さんは僕の方を見て、少しだけ笑った。
⸻
それから数日後。
出発の日を迎えた。
朝の空気は澄んでいて、村の屋根の向こうに、青い空が高く広がっている。
僕は荷物を整えて、まず牧場へ向かった。
「行くのか、フライ」
入口の近くで、パディットが待っていた。
「パディット、頼める?」
「まかせろ」
パディットは、自信たっぷりに頷いた。
「フライ、いつでも呼んでね」
パンが駆け寄ってくる。
「私も空からのことなら、いつでも呼んでくれ」
ネールが翼をたたみながら言う。
「危険があったら言うねー……ZZZ」
クロープは相変わらず半分眠っていた。
「わたしも器を通して見ているからね」
エルが穏やかに微笑む。
「ムーはローブに入って一緒にいくのん」
「……いいのん?」
少しだけ遠慮がちに、ムーが聞いてくる。
「いいよ」
「みんなありがとう」
「アルミ村をよろしくね!」
僕がそう言うと、みんながそれぞれ頷いた。
⸻
門へ向かうと、何人かが見送りに来ていた。
「やっぱ先を越されたか」
ホップが笑う。
「ホップたちはテュリップさん待ちなんだよね」
「おう」
「サラームに行くには手筈を整えないとだからな」
「それまでは村で鍛えて過ごすさ」
ホップは肩をすくめながら言った。
「フライ」
ホルスさんが、一歩前に出る。
「今度は、何かを教えてくれる奴はいない」
「全部自分で見て、選んで、決めなきゃならない」
「はい」
僕は、まっすぐ答えた。
「それも含めて、自分の足で歩いてきます」
「そうか」
ホルスさんが頷く。
「なら、頑張ってこい」
「はい」
「フライ、私も村で自分にできることやるから」
ファラが言う。
「ファラは私もサポートするからね、村のことなら任せてよ」
セラがすぐに続けた。
「セラ、ありがとう」
「何かあったら牧場のみんなに教えてね」
僕は、ファラを見ながら言った。
「うん、わかった」
ファラが、しっかりとうなずく。
「気をつけてね」
「もし怪我したらすぐエルを呼ぶこと」
セラが指を立てる。
「それと、毎度の約束、無事で帰ってくること」
「パディットもね」
そう言って、今度はパディットにも視線を向ける。
「うん」
僕はしっかり頷いた。
「オレたちもいるからな」
パディットが、落ち着いた声で言う。
「ムーもいるのん」
ムーがローブから顔を出して言う。
「でも、テイムもなるべく隠していきなよ」
「珍しい力なんだから」
シアンさんが、少し真面目な顔で言った。
「わかりました」
「じゃあ気をつけて行ってきな、我が弟子よ!」
シアンさんが胸を張って言う。
「ありがとうございます」
僕はみんなを見渡した。
守りたい場所がある。
自然とそんな気持ちになった。
「では、行ってきます」
そう言って、僕はパディットの背に乗った。
門の向こうへ、アルミ村をあとにする。
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北の森を抜けて、一直線にカイバル平原へ向かう。
森の中では野営をして進んだ。
モンスターは探知で避けたので、大きな戦いにはならなかった。
村を出て二日目。
カイバル平原へと辿り着く。
今回は街道沿いではあるけれど、人目につかない脇道の方をパディットが駆けていった。
風を切る音。
揺れる草。
見渡す限りの空。
以前よりも、この道のりの長さに慣れている自分がいた。
平原も二日ほどで越え、村を出て五日目。
ドーナ大橋までやってきた。
橋の手前で、僕は思わず足を止めた。
「すごい……人が増えてる」
僕がそう言うと、パディットが周りを見渡して言う。
「これが本来のドーナ大橋ということだろう」
以前は人もまばらだった橋が、今は活気に満ちていた。
荷を運ぶ商人。
橋を渡る旅人。
キャラバンの車輪の音。
以前の賑わいが、戻ってきている。
大型モンスターの脅威が減ったおかげだった。
あの時、平野で討伐を続けた日々は、意味があったんだなと思った。
橋の上では、パディットから降りて徒歩になる。
橋の石を踏みしめながら進む。
橋を渡り切ると、今度はガルディア平野が広がる。
モンスターの気配は、以前よりもずっと薄い。
「ずいぶん変わったね」
「モンスターの気配はもうほとんどないな」
パディットが、前を見たまま答えた。
それからさらに二日。
特に大きな苦労もなく、僕たちはガルディアまで辿り着いた。
村を出て、ちょうど七日目の夕方のことだった。
⸻
ガルディアに入ると、まず宿を取った。
部屋の扉を閉めた瞬間、ようやく全身から力が抜ける。
「ふー、やっと着いたね」
旅をしていると、ベッドや椅子があるだけで、ひどく安心する。
「パディットもご苦労様」
(走るのは好きだから、またいつでも呼んでくれ)
パディットの声は、疲れた様子もなくいつも通りだった。
するとムーも、ローブの中から顔を出した。
「やっぱり、パディットと走るのはきもちいいのん」
「ムーもご苦労様」
ムーを撫でながら言う。
「明日、ガルディア港からフロワに行く船を探そう」
「船初めてなのん、楽しみなのん」
ムーがベッドの上でぷるぷる震えて言う。
「僕も船ははじめてだ」
そう言いながら、ふとシアンさんの言葉を思い出す。
「そういえばシアンさんが、船は魔力切れみたいになるって言ってたな」
(魔力切れは辛いわね)
エルが静かに言う。
(ポーションも効かないし、回復魔法も効かないから、注意しないと)
少し間を置いて、エルが続ける。
(フロワに着いたらフリールを探すの?)
僕は少し考えてから答える。
(いや、まずは一人で行動してみようかなって)
(どこかでフリールとは会う気がするから)
(そう)
エルが短く頷いた。
(フロワまではどのくらいなの?)
次はパンが聞いてくる。
(船で海を七日渡って、大陸を四日ほど行くとフロワらしいよ)
(海ってさ、モンスターとか出るのかな)
パンが、少しだけ不安そうに聞いてきた。
(うーん、どうなんだろうね)
僕は天井を見上げながら考える。
(一応探知はしておくけど)
(じゃあ、ゆっくり休めるね)
パンは、ほっとしたようにそう言った。
「じゃあ今日はもう休んで、明日に備えるよ」
そうして、旅の疲れをベッドに置くように、僕は眠りに落ちた。
⸻
そして次の日。
部屋の中で身支度を整え、荷物を背負い直す。
新しい杖も、忘れずに手に取った。
宿屋を出る前に。
「あの、すいません」
「なんだい」
宿屋の主人は朝の掃除の手を止めて僕の方を向いた
「ガルディア港に行きたいのですが、どちらの方向か教えていただけますか」
「ああ、港なら少し歩くよ」
「ガルディアの北門から出て、半日歩いたくらいかな」
「街道沿いだから迷わないで行けると思うよ」
「そうなんですね、教えていただいてありがとうございます」
僕は丁寧に頭を下げた。
「気を付けてな」
宿屋の主人は笑顔で手を振った。
宿を出ると、朝の光が石畳を明るく照らしていた。
僕はガルディアの街並みを眺めつつ、ガルディア港へ向かって歩き出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




