第八十一話 それぞれの行き先
祠を出ると、外の光がやけに眩しく感じる。
木々の隙間から差す夕方の光は、少しだけ赤みを帯びていた。
森の中は、もうすっかり見慣れた帰り道になっていた。
木々が途切れると、見慣れたアルミ村の柵と門が見えてくる。
夕暮れの光が、門や見張り台をやわらかく染めていた。
「帰ってきたな」
見張り台の上から、村の見張りが僕たちに気づいて手を振った。
「先に道場行ってから村長のとこだな」
「うん」
僕たちは村に帰ると、すぐにホルスさんのいる道場へと向かった。
⸻
木の塀の向こうから見える道場の戸は、半分ほど開いていた。
「親父、戻ったぞ」
中から出てきたホルスさんが、僕たちを見てすぐに顔を上げた。
「おう、どうだったんだ」
僕はホップと顔を見合わせる。
「色々話したいですが、おじいちゃんを交えた方がいいと思います」
ホルスさんはすぐに頷いた。
「じゃあ村長の家に行くとするか」
⸻
三人で、おじいちゃんの家へ向かう。
村の中はすっかり夕暮れで、家々の窓からはあたたかな灯りが漏れ始めていた。
おじいちゃんの家の扉を軽く叩く。
「僕とホップとホルスさんだよ」
「入っといで」
中から、いつもの声が返ってきた。
家に入ると、おじいちゃんは囲炉裏のそばにいた。
「祠に行ってきたよ」
「どれ、奥で詳しく聞こう」
そう言って、おじいちゃんは立ち上がる。
僕たちは、いつもの会議をする小部屋へ移った。
「とりあえず、リュミエールとは喋れた」
「目覚めたわけじゃないのか」
ホルスさんが確認するように言う。
「目覚めてはいないな」
ホップが答えた。
「フォンセと共鳴すると目覚めるとかなんとか」
「うん」
僕も頷く。
「詳しく聞く前に、リュミエールの時間がなくなって聞けなくて」
おじいちゃんは静かに目を閉じる。
「文献通りじゃな」
「ということは、護手が必要というのも確かなのか」
「そうだと思います」
ホップが頷いた。
「リュミエールが、復活までにあと二人の護手を探してほしいって言ってました」
「あと二人か……」
「けど、そんな簡単に場所なんて分からねぇだろ」
ホルスさんが、腕を組んで言う。
「そうなんですけど、北の地に微かに感じると言っていました」
僕は一度息を吸った。
「僕は、やっぱりフロワに行こうと思います」
「またフライは旅に出るのか……」
おじいちゃんが、少しだけ不安そうに目を細めた。
「遠い地じゃな、不安がないかと言えば嘘になるな」
「でも今はフライを信じるしかあるまい」
「ホップはどうする」
ホルスさんがホップを見る。
ホップは少しだけ俯いて、それから顔を上げた。
「……俺はフロワじゃなく、サラームに行こうと思う」
「あの国に魔人が執着してるってことは、何かある」
「護手のことかもしれない」
「俺はそれを探りに行く」
「危険じゃぞ」
おじいちゃんが、険しい顔で言う。
「魔人に見つかれば、護手の血ごと消しにかかってくるじゃろう」
「それでも俺は、あの魔人との因縁に決着をつけたい」
ホップの声は、真っ直ぐだった。
「村長、こいつは言い出したら多分もう引く気はない」
ホルスさんが、少し苦い顔で言う。
「本音を言えば、俺も反対だ」
「危ない賭けになることは目に見えてる」
「そうなんだけどな……」
ホップは頭をかいた。
「他に方法が浮かばねぇんだ」
「じっとしてるのも違うって思うし」
「お前が行って、魔人を見つけたとして、どうする」
ホルスさんが真面目な顔で聞く。
「討つ」
ホップは迷いなく言った。
「あれは話の通じる相手じゃない」
「でもホップ魔人は……」
「大丈夫だフライ」
ホップは腰の剣を軽く叩いた。
「この剣だってある」
「今の俺なら渡り合える」
「……俺も行く」
そこでホルスさんが言う。
「いいのか、親父」
「いや、お前が早く決めすぎただけで、いつかは行かないとって思ってたんだ」
ホルスさんは腕を組む。
「だからフライ、俺もフロワには行けない」
「大丈夫です」
僕はすぐに答えた。
「ホップの方が心配なんで、そっちに行ってくれた方が安心できます」
「おいおい」
ホップが呆れたように笑う。
「その理論だと、俺はお前が心配になるだろが」
「僕は牧場のみんながいるから大丈夫だよ」
「それもそうか」
「じゃあ決まりかの」
おじいちゃんが、みんなを見渡した。
「わしは引き続き解読を進める」
全員が頷く。
「それとフライ」
おじいちゃんが僕を見る。
「シアンが魔力を見たいと言っていた」
「また、魔法練習場まで行ってやってくれ」
「うわ、出たよ、シアンさんのそれ」
ホップが、ちょっと嫌そうな顔で言う。
「……シアンさんのそれにちょっと慣れてきてる自分が怖い」
僕は小さく肩を落とした。
「でも、見てもらって分かることもあるからちゃんと行ってくるよ」
「せいぜい、いじくりまわされてこいよ」
ホップが笑う。
僕は苦笑いするしかなかった。
「じゃあ村長、また何か決まったら知らせにくる」
ホルスさんが立ち上がる。
「頼んだぞ」
おじいちゃんが頷いた。
そうして、僕たちは家を出た。
⸻
外に出ると、夕時の丘の風が気持ちよかった。
「しっかし、フライが一人旅ねぇ」
ホルスさんが歩きながら言う。
「お前、本当に変わったな」
「まぁ、そうかもしれません」
僕は少しだけ笑った。
「いつ旅立つんだ?」
ホップが聞いてくる。
「うーん、まだ日にちは決めてないけど、準備ができたら出るよ」
「まずは明日、シアンさんのとこに行って、色々聞いてからかな」
「そっか」
ホップは少し笑った。
そうして、道の途中で分かれる。
ホルスさんとホップは道場へ。
僕は家へと向かっていった。
⸻
翌日、魔法練習場は朝の光に照らされていた。
広い土の地面に、木の的や訓練用の木人形が並んでいる。
「おー! きたね!」
見ると、シアンさんが手をぶんぶん振っていた。
「こんにちは、シアンさん」
「魔力見るんだね」
「僕もあれから色々あったから気になって」
「おー、そりゃ楽しみだね」
シアンさんが目を輝かせる。
「ムーとエルが増えてから、見てもらってないですからね」
「てかさ、ムーを仲間にするとは、やるねフライ」
「ムーですか?」
「うん」
シアンさんはうんうんと頷く。
「スライムは単体持ちが多いし、頭も良くて魔力も高い」
「しかもなんと、可愛い」
「可愛い……」
「うん、可愛い」
(可愛いのん)
器の中でムーが言う。
「今日はムーとエルを見ますか?」
「うーん、どっちかって言うとパンを見たいかな」
「パンですか?」
「うん、一番最初から見てるからね」
「変わってるのを一番見て取れるのが、きっとパンだからさ」
「なるほど」
「じゃあ呼びますね」
杖を前に出して魔力を流す。
「〈〈テイムバンク〉〉」
魔法陣が浮かび、ムー、エル、パンが姿を現した。
「やあ、なのん」
「よっ、みんな」
シアンさんが気軽に手を上げる。
「シアンさんの反応、意外とあっさりですね」
「そんなセラみたいに抱きついたりしないよ」
「いや、最初はしたのん」
「……しました」
シアンさんがバツが悪そうに言う。
「素直でよろしい」
僕が言うと、シアンさんはわざとらしく咳払いした。
「それでシアン、今日はパンたちを見てくれるの?」
パンが聞く。
「うん、今日はフライがどれだけ頑張ったか見る会だね」
「それ、僕だけ何か気が重くなるんですけど」
「うふふ、楽しそうね」
エルが微笑む。
「じゃ、さっそく恒例のこれね!」
そう言ってシアンさんは、ローブから魔力玉を取り出した。
「まずフライから見るよー」
「お願いします」
シアンさんは僕に魔力玉を渡す。
「いつも通り、それに魔力流してみて」
「はい」
僕が魔力を流す。
すると魔力玉の中に、いくつもの色が濃く滲んだ。
しかも、その奥には相変わらず淡い光が見えている。
「うわぁ、こりゃまたすごいね」
「いろんな色が見えますね」
僕も、玉の中に浮かぶ色を見つめながら言った。
「自覚あるでしょ」
「はい、あります」
「ムーを仲間にした時、氷の魔力が使えたんで」
そう答えると、シアンさんは納得したようにうなずいた。
「やっぱりね、私の予想通りだわ」
シアンさんは指を折りながら言う。
「パンの炎、パディットとネールの雷、ムーの氷、クロープの地、エルの風」
「それと、リュミエールの光だね」
「つまり僕は……」
「仲間にした子の属性を使える」
「それで、今は全部の属性を使えるってわけ」
「でもそうなると、フライ、大魔導師になっちゃうね」
シアンさんが、きっぱり言った。
「大魔導師ってなんですか……?」
僕は思わず聞き返す。
「全部の属性を司る人はそう呼ばれるんだってさ」
「この世界にも数人しか存在しなかったと言われてる」
「……それが、僕ですか」
自分で口にしてみても、どこか実感がなかった。
「そうなっちゃうね」
「でも自分で発現したわけじゃないから、混ぜ物大魔導師? みたいな?」
「何ですかそれ……」
僕は少し苦い顔をしながら言う。
「でもすごいのは確かだよ」
シアンさんは笑いながら、魔力玉の奥を指差した。
「それに、おまけで光ってるのまであるし」
玉の奥に残る、淡い光を見る。
「多分フライも気づいてるだろうけど、リュミエールが復活しないと使えないだろうね」
「やっぱりそうですよね」
そこだけは、僕の中でもはっきりしていた。
「と、言うことでフライはここからです」
「ここから?」
「そう」
シアンさんが僕をじっと見た。
「器がすんごいことになってるね」
シアンさんは、魔力玉から僕へと視線を移した。
「前に普通の魔杖使いの十倍以上みたいなこと言ったと思うけど、今はもう優に百倍以上ある」
「そ、そんなにですか!?」
思わず聞き返す。
「そんなにです」
「しかも、その器に牧場のみんなの魔力が溜まってる」
「そりゃいくら魔法撃っても、テイム使っても魔力切れなんてしないわ」
「もうなんて言えばいいんだろ……化け物です」
「人間なんですけどね」
僕がすぐに言い返すと、シアンさんは少し笑った。
「人間にはありえないってことだよ」
「そうなった心当たりってある?」
「多分ダンジョン……ですかね」
「ドーナで行ったダンジョンにも、南の森と一緒で石碑がありました」
「石碑と共鳴して、気がついたら牧場のみんなが喋れるようになってましたし」
「そうなのん」
ムーが、少し得意げに揺れる。
「うふふ、お喋りできるのは嬉しかったわね」
エルは、くすっと笑って髪を払う。
「まぁ、多分それだね」
シアンさんが、あっさり頷く。
「結論! フライはダンジョン攻略すると強くなる!」
「そんな、簡単に……」
僕は少し困った顔で言う。
「だって事実なんだもん」
「まぁ、今は考えても結局憶測にしかならないから、それはいいや」
「そうですね」
「じゃ、気を取り直して、ムー見よっか」
「シアン、よろしくなのん」
シアンさんはムーの頭に魔力玉をちょこんと乗せた。
「ムー、そこに魔力流してね」
「わかったのん」
ムーが魔力を流すと、魔力玉には綺麗に澄んだ青が滲んだ。
「おー、やっぱり氷単体で、しかもいい魔力だねー」
「ムーすごいのん?」
ムーが自慢げに少し膨らんでみせた。
「ムーもすごいよ」
「さすがスライム」
シアンさんが頷く。
「次、エル見るね」
「よろしくね、シアン」
魔力玉をエルに触れさせる。
「うん、風だね……しかも単体」
「……でも、これほとんど魔力がない」
「ええ、わかってたわ」
エルは穏やかに答える。
「わたし、魔法はほとんど扱えないもの」
「でも、回復魔法は得意よ」
「回復魔法は属性魔法とまた違うからね」
シアンさんは軽くうなずくと、パンへ視線を向けた。
「じゃあ、最後にパンね」
「これに触るんだね」
パンが魔力を流すと、魔力玉にはっきりと、濃く燃えるような赤が滲んだ。
「……これ」
シアンさんの顔が少し引きつる。
「……パン? ちょっとそこの実験君に魔法撃ってもらえない」
練習用の木人形を指差す。
「うん、わかった」
パンのツノの先に、小さな火の玉……のはずだった。
けれど現れたのは、あまりに大きな炎の玉だった。
「ターーーーイム、タイムタイム!」
シアンさんが慌てて両手を振る。
「それ引っ込めて!」
「うん、わかった」
パンがすぐに魔法を消す。
「パン……なにそれ」
シアンさんが、引きつった顔のままパンと実験君を見比べる。
「エクスプロージョン級の炎玉出たんだけど」
「普通に炎出したんだけど」
パンは、自分でも少し驚いたように目をぱちぱちさせている。
「前は小さい火の玉だったのに……」
僕は思わず、以前のパンの魔法を思い返していた。
「……いや、でも仲間が増えて、ダンジョンでフライが力をもらってることを考えれば、そうなっててもおかしくないのかな」
シアンさんが一人で納得したように頷く。
「パン、もしかして戦えるの?」
思わず、僕はパンを見つめた。
「戦えるどころか、炎魔法だけで言ったら私より上かもね」
シアンさんは真面目な顔で言った。
「元々魔法が使えたけど、出力が出せなかった」
「それをフライの器を借りて魔力を捻り出す」
「すると、あの強力魔法って感じかな」
シアンさんは、整理するようにうなずいた。
「もとから伸び代ある感じしてたけど、まさかここまでとは」
「戦えるなら、パンもフライの力になりたい」
その言葉は、まっすぐだった。
「パンはいい子ね」
エルがやわらかく言う。
「でも実戦は練習と違って、相手が動くから、練習していかないとね」
「エルの言う通り」
シアンさんが頷く。
「実戦は実戦でしか強くなれない」
僕はパンを見る。
「じゃあパンも戦えるように、練習頑張るよ」
「無理はしないでね、ゆっくりでいいから」
そうして、その空気を切り替えるように、シアンさんがぱんと手を叩いた。
「よしっ、今日はこのくらいにしますか!」
「そうですね」
「出発はもうすぐなの?」
「はい、準備したら出ます」
僕は小さく頷く。
「そっか」
シアンさんは、少しだけ真面目な顔で僕を見た。
「ちゃんと帰ってくるんだよ」
「はい!」
こうして、僕は魔法訓練場を後にした。
これから、またそれぞれの旅が始まる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




