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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第四章 フロワ編

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第八十話 三度目の祠

 牧場へ向かう道は、アルミ村のいつもの風景だ。


 けれど今日は、胸の奥でずっと呼ばれているような気配がある。


 北の森の向こう。


 牧場へ着くと、入口のあたりで腕を組んだホップが待っていた。


「やっぱり、いつも通り、俺の方が早かったな」


「あ、そんなこと言うなら、これあげないよ」


 僕が弁当包みを持ち上げると、ホップの目が一気に丸くなった。


「うおっ! フェイスさんの弁当!」


「せっかくホップの分も作ってもらってたのになー」


「わ、わかった、悪かったよ」


「よろしい」


 僕は笑って、包みをひとつ渡した。


 ホップは大事そうに受け取る。


「しっかし、すげぇな」


 牧場の方を見渡しながら、ホップが言う。


「俺がガルディアに行く前は、こんなのなかったもんな」


「うん」


「あれから色々あったからね」


 牧場の柵。


 新しく整えられた小道。


 少し離れたところに建った宿舎。


 以前のアルミ村にはなかった景色だ。


「お! あれが宿舎か!」


「行ってみる?」


「おう」



 宿舎の扉を開けると、木の匂いがふわりと流れてきた。


 まだ新しい板張りの床。


 窓から差し込む昼の光が、部屋の中を明るくしている。


「フライ、ホップ!」


 元気な声と一緒に、パンが近づいてくる。


「ホップは、牧場初めましてだよね」


「おう、はじめましてだな」


 ホップがしゃがみ込みながら笑う。


「フライ、今日祠に行くのか?」


 パディットが、伏せていた顔を上げて聞いてくる。


「うん、リュミエールに会ってくるよ」


「そうか」


 それだけ言ってから、パディットはふと思い出したように続けた。


「それと、エルはどうなった?」


「エルから連絡が来たら、牧場に呼ぶよ」


(フライ、もういいわよ)


 すぐに、エルの落ち着いた声が届く。


(フリールが離してくれないだけだから)


 なんとなく、その向こうでフリールがべったりくっついている光景が浮かび、少し笑う。


(じゃあ、フリールによろしく言っておいて)


 僕は杖を構える。


「〈〈テイムバンク〉〉」


 足元に魔法陣が浮かび、エルが姿を現した。


「おかえり」


「ええ、ただいま」


 エルは優雅に着地して、軽く髪を払った。


「しっかし、テイムバンクはいつ見ても慣れねぇな」


 ホップが感心したように言う。


「すぐ慣れるよ」


「お前はもっと自分の特殊性に疑問持てよ」


「それを言うならホップもだよ」


「まぁ、それもそうか」

 

 ホップは少し呆れたように笑った。


「祠まで、誰もついていかなくていいか?」


 パディットが聞く。


「うん、二人で大丈夫だよ」


「パディットに乗せて行ってもらえば、すぐ着くんじゃないか」


 ホップが言うと、パディットはしばらく黙ってから答えた。


「……一人しか乗せられないぞ」


「ホップは、くわえて運ぶことになるがいいか?」


「おっかないので、今回は遠慮しておきます」


 ホップが即答した。


「ムーも今日はここにいるのん」


 ムーがぷるんと揺れる。


「ゆっくり休んでね」


「なのん」


「クロープは?」


 僕が声をかけると、宿舎の隅の方から、のんびりした気配が返ってきた。


「いるよー……」


「もう動けるよー……」


「治療所のみんなとエルのおかげー……ZZZ」


「クロープはもう大丈夫」


 エルが言う。


「ありがとう」


 僕はみんなを見渡した。


「じゃあ、そろそろ行ってくるよ」


「あ、それとネールさん帰ってきたら、見張りはいいけど、遠くへは行かないでって言っておいて」


「わかった、戻ってくるかは分からんけどな」


 パディットが答える。


(……承知)


 するとバツが悪そうなネールの気配がした。


「じゃあな、みんなまたな」


 ホップが手を上げる。


 僕たちは宿舎を出た。



 牧場を後にして、村の門へ向かう。


 見張り台の下まで来ると、上から声が響いた。


「おう、森へ行くのか」


「最近はモンスターも出る時があるから気をつけろよ」


「わかりました」


 僕が手を振り返す。


「見張りご苦労様」


 ホップも軽く返した。


 そうして門を抜ける。


 森への道は、前より少し気配が増えていた。


「三回目だな、こうやって祠に向かうの」


 ホップが歩きながら言う。


「そうだね」


「あの時は僕、ホップに守ってもらってたね」


「強くなっちまって、ちょっと張り合いがねぇな」


「じゃあ、守ってもらおうかな」


「いや、お前も戦えよ」


 ホップが笑う。


「そういや昼だな」


「弁当だけ食ってこうぜ」


「さんせー」


 僕は意識を森に広げる。


 ざわざわした気配の群れの中から、危険の薄い場所を探る。


「こっち、少し開けた場所がある」



 木々の間が少しだけ開けた場所に腰を下ろす。


 母さんの弁当を広げると、ホップがすぐに嬉しそうな顔をした。


「やっぱ、フェイスさんの飯だよな」


「帰ってきた気がするぜ」


 ひと口食べたホップが、ほっとしたように言う。


「こういうお袋の味みたいのが染みるんだよ」


「それはすごい分かるよ」


 僕もおにぎりを一口食べる。


 塩加減も、握り方も、なんだかほっとする味だった。


「旅もいいけど、村もいいよね」


「お前が旅はいいとか言うとは思ってなかったな」


「意外と好きみたい」


 するとホップが少し真面目な顔をした。


「……フライ」


「なに?」


「お前、本当にフロワに行くのか」


 僕は少し黙ってから、答えた。


「うん」


「……魔法に興味があるんだ、守る力にもなるし」


「村では得られない力が得られるかもしれない」


 ホップは弁当を持ったまま、しばらく黙る。


「そうか」


 そして小さくうなずいた。


「じゃあ俺も言うけど」


「近々、サラームに向かおうかと思ってる」


「え!?」


「あの魔人がいるところだよ」


「わかってる」


 ホップはすぐに言った。


「分かってるけど、避けて通っても、たぶんずっと引っかかったままだ」


「どうしても、自分の運命に決着つけたい」


「そう……だよね」


「ああ」


「サラームに答えがあると思う」


 しばらく、二人とも黙った。


「また……別々だね」


「そうだな」


 ホップは空を見上げた。


「でも、お互いこれを乗り越えてさ、また笑って村で会えたら、そっちの方がいいだろ」


「今は、やっぱり色々考えちまう……」


「うん」


 僕も小さく頷く。


 その気持ちは、痛いくらいよく分かった。


「まぁ、なんだかんだ乗り越えて来たんだ」


「なんとかなるって」


 ホップは、いつもの調子を取り戻すみたいに、少しだけ笑った。




 休憩を終えて、森をさらに進む。


 光は木漏れ日になり、地面にまだらに落ちている。


 ホップが剣の柄に手を添えた。


「何かいるか?」


「うん、二匹いるよ」


「一匹任せるぞ」


 茂みの向こうに、大きな影が見えた。


 角を持つ獣型のモンスター。


 ホーンサングだ。


「〈〈エクレール〉〉」


 僕が杖を振るう。


 次の瞬間、一匹の頭上から雷が落ちた。


 轟音。


 ホーンサングは、一撃で倒れる。


「さすがだな」


「じゃ、俺も」


 ホップが地面を蹴る。


 一瞬で前へ飛び、次の瞬間にはもう、もう一匹の懐へ入っていた。


 低い踏み込み。


 鋭い斬撃。


 ホーンサングは短く悲鳴を上げ、そのまま崩れ落ちる。


 ホップが剣を払って振り返った。


「ハンターのみんなが見回ってるのに、まだモンスターがいるんだね」


「それだけ村への護りが薄れてるってことかもな」


 ホップが剣を納める。


「早く向かおうぜ」



 しばらく歩くと、木々が途切れた。


 視界が開ける。


 小さな山のふもとに、石造りの祠が建っていた。


 扉の中央には、丸まった龍の紋章。


 僕は左手の指輪をそっと近づけた。


「じゃあ、行くよ」


 指輪と手の甲に、熱が走る。


 紋章が光り、石の表面を淡い光がなぞっていく。


 重い音とともに、扉がゆっくり開いた。


 奥には、長い長い階段が続いている。


「やっぱりここは、あんまり慣れねぇな」


 ホップが小さく呟く。


「〈〈ライト〉〉」


 僕は杖先に光を灯した。


「やっぱり、呼んでる気配がする……」


「じゃあ行くか」


 石の階段を下りていく。


 奥から来る気配が強くなる。


 やがて、リュミエールの間へ続く扉の前にたどり着く。


 僕はもう一度、指輪を扉に触れさせた。


 紋章が光り、重い音を立てながら扉が開いていく。


「ここからは僕一人だったね」


「おう」


 ホップがそう言った瞬間だった。


(ホップもこっちに連れてきてほしい)


 リュミエールの声が直接器に届く。


「リュミエール!?」


 思わず声が出る。


「どうした?」


 ホップが目を瞬かせる。


「リュミエールが、ホップも来てくれってさ」


「……まじか」


 ホップは息を呑んだ。


 でも、すぐにうなずく。


「わかった、行こう」


 僕たちは並んで、リュミエールの間へ足を踏み入れた。


 薄暗い石の空間の奥で、竜の輪郭が静かに浮かび上がっていた。


 瞼は閉じられているが、こちらを見ているのがわかった。


 僕の隣でホップが呟く。


「これが……リュミエール……」


 その時だった。


(フライ)


 静かな声が響いた。


(それと、ホップも来てくれたんだな)


 その声が、今度はホップへ向く。


 ホップは肩をびくりと揺らした。


「お、俺のことも分かるのか」


(護手の血を継ぐ者)


「……ホントに喋ってる」


 ホップは視線をリュミエールに向けたまま、ぼそっと言った。


(残念だけどまだ長くは喋れない)


(手短に伝える)


 僕は一歩前に出る。


「やっぱり、まだ目覚めてるわけじゃないんだね」


(まだみたいだ)


 リュミエールの瞼の奥の光が、わずかに強くなる。


「じゃあ、完全に目覚めるのは」


(フォンセが目覚めれば、私も共鳴で眠り続けてはいられない)


(それは必ず起こることだ)


(その前に、君たちには、護手を探してほしい)


 僕は息を呑む。


 隣でホップも、表情を引き締めた。


(異界の門が開けば、きっとまた強い力を持つ魔人たちが現れる)


(その時、護手が必ず必要になる)


(止めてほしい、魔人たちを)


(探してほしい、道を)


 ホップが、リュミエールを見て言う。


「護手ってことは、俺みたいなのが他にもいるのか」


(いる、この大地以外にも)


「……で、俺はこの力をどうすりゃいい」


 ホップは真っ直ぐ聞いた。


(近くに来てくれないか)


 ホップが僕を見る。


 僕がうなずくと、ホップは僕の横を通って、もう数歩前へ進んだ。


 その瞬間。


 リュミエールの瞼の奥の光が、ふっと強くなる。


「っ……!」


 ホップが片膝をつく。


「ホップ!?」


「だ、大丈夫だ……!」


 ホップの額に汗が浮かんでいる。


(心配しなくていい)


 淡い光が、ホップの胸元へ流れていく。


「熱い……」


(それできっと力を引き出せる)


 やがて光が静まる。


 ホップはゆっくり顔を上げた。


「……なんか、変な感じだ」


「自分の中にリュミエールを感じるみたいな……」


 自分でもうまく言えないみたいに、ホップは眉を寄せる。


「リュミエール」


「護手を探そうと思うけど、北の大地に行ったら何か分かるかな?」


 僕がそう言うと、少しの間があった。


(北の地……微かに感じる)


「分かった」


 僕は、まっすぐ頷いた。


 すると、リュミエールの瞼の奥の光が、少しずつ弱まっていく。


(そろそろ限界だ……)


「リュミエール! まだ聞きたいことが」


 思わず呼ぶと、消えかけた気配が、最後にもう一度だけ揺れた。


(どうか、頼んだ)


(君達は一人じゃない)


 次の瞬間、リュミエールは静まり返った。


 僕はしばらく、その場に立ち尽くしていた。


 隣でホップが、ふうっと長い息を吐く。


「これ、現実なんだよな」


 ホップが苦笑する。


 僕も、少しだけ笑った。


「そうだね」


 そう言って、ホップは腰の剣にそっと触れた。


「じゃあ、戻ろうか」


「ああ」


 僕たちはもう一度、薄暗い間の奥を振り返った。


 リュミエールは、さっきと同じように静かに横たわっている。


 扉の外へ出る。


 重たい石の扉が、ゆっくりと閉じていった。


 長い階段を上りながら、しばらく僕たちは何も言わなかった。


 頭の中では、さっき聞いた言葉が何度も巡っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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