第七十八話 ただいまアルミ村
森の木々を風のように抜けながら、僕はパディットの背にしっかりとしがみついていた。
陽の光が、木漏れ日になって何度も顔を横切る。
前方には、ゆっくりと進むキャラバンの馬車が見えていた。
「おーい! みんなー!」
思いきり声を張る。
すると、馬車の後ろから赤髪が飛び出すように顔を出した。
「フライ! 目が覚めたんだな!」
ホップだった。
「うん!」
僕も、大きく手を振る。
「ホルスさん!」
「お前、無茶するんじゃねぇよ」
ホルスさんが、呆れたように言う。
「しっかしよく追いついたな」
「パディットが張り切っちゃって」
「だから言ったろ」
パディットが、どこか誇らしげに言う。
「追いついて見せるってな」
「フラーイ! よかったー!」
馬車の窓から、ファラが身を乗り出した。
「ファラもよかったね!」
僕は、ほっとしたまま笑い返す。
「じゃあ、こっちは先に帰って村で待ってますね」
「おう、気をつけろよ」
ホルスさんが手を上げた。
僕が頷くと、パディットは一段スピードを上げた。
「あーあ、抜かされちゃったよ」
馬車の中から、ハルが少しだけ悔しそうに笑う。
「フライ君は本当に何者なんですか……」
オーガスさんが、半ば呆然としたように呟いた。
「あら、言ってたわよ」
ジーナさんが、柔らかく微笑む。
「テイマーってね」
⸻
そこから先は、もう一直線だった。
森を抜ける風の匂いが、少しずつ懐かしいものに変わっていく。
全部が、アルミ村へ近づいていることを教えてくれていた。
村が近づくたびに、胸の奥がそわそわした。
「うわー! 見えた! 村だ!」
木々の向こうに、見慣れた柵と見張り台が見えた瞬間、思わず声が弾んだ。
「フライは久しぶりだな」
パディットが、少しだけゆっくり走りながら言う。
「ムーたちは牧場に帰ったりしてたから、そんなになのん」
胸元で揺れながら、ムーがのんびり言った。
「ちょっと……泣けてきたな」
自分でも、声が少しだけ震えているのが分かった。
「でもっ!」
ぎゅっと拳を握る。
「笑顔で帰る!」
すると、見張り台の上の人影が、こっちに気づいて大きく手を振った。
「お! フライだ!」
「おーい! みんなー! 見えたぞー!」
その声が、村の中へ響いていく。
門が開く音がした。
⸻
パディットが村の門をくぐると、そこにはもう大勢の人が集まっていた。
家族。
治療所の人たち。
ハンターたち。
工房の人たち。
村の人たち。
牧場のみんなまで。
誰もが、門の方を向いていた。
「ただいまっ! みんな!」
言い切るより早く、母さんがそのまま僕に抱きついた。
「フライ! 無事で……よかった!」
「母さん、ただいま」
胸の奥が熱くなって、声が少し詰まる。
「あなたが、危ない目に遭ったって聞いて、気が気じゃなくって」
「それでも牧場の子達が、フライなら大丈夫って言ってくれて」
母さんの声も震えていた。
その後ろから、父さんが静かに歩いてくる。
「フライ、目的は果たせたか」
「うん、半分はね」
父さんが、いつもの落ち着いた顔で頷く。
「まぁ、上々だな」
少し離れたところでは、セラに抱き抱えられたパンが僕を見ていた。
「フライ、おかえり」
「ただいま」
セラが、強く頷く。
「どんだけみんなが心配したか」
「でも、ちゃんと帰ってきた」
その一言に、待っていてくれた時間の長さが詰まっている気がした。
「約束守れてよかったよ」
僕は、少し照れくさくなりながら笑った。
「なんだか、少し成長した気がするね」
シアンさんが、少し目を細める。
「シアンさん!」
シアンさんが、にっと笑った。
「おかえり、フライ」
「ただいまです」
それから、みんなが次々に声をかけてくれた。
声が重なって、笑い声が混ざって、胸の奥がいっぱいになる。
帰ってきたんだ。
その思いが、じわじわと強くなった。
⸻
しばらくして、ホルスさんたちを乗せたキャラバンも到着した。
土煙を上げながら止まる馬車を見て、また人が集まる。
ホップが、すぐにこっちへ駆けてきた。
「フライ!」
「ハル!」
「……じゃなくって、ホップでいいんだよね」
「ああ」
ホップが、少しだけ笑う。
「ホップたちが出発した五日後に目が覚めたよ」
「五日か……」
「しっかし色々あったな」
ホップが、少しだけ遠くを見る。
「ああ」
ホルスさんが、馬車を降りながら言った。
「ホルスさん!」
僕は、思わず一歩前に出た。
「僕が倒れた時、怪我してたのに運んでくれたって……」
「無事ならそれでいいんだ」
「ありがとうございました」
すると、ホルスさんが周りを見渡して言った。
「みんな、聞いてくれ」
「新しくこの村で暮らすことになる住人を紹介する」
その言葉に、村のみんなの視線が馬車へ集まる。
やがて、馬車から三人が降りてきた。
ファラ。
オーガスさん。
ジーナさん。
「ここにいる三人は、ガルディアで俺たちに協力してくれた仲間だ」
「訳あって、これからのことを一緒に進めていくことになった」
オーガスさんが、一歩前へ出る。
「オーガスと申します」
「今日からお世話になります」
ジーナさんも、穏やかに頭を下げた。
「オーガスの妻、ジーナです」
「よろしくお願いします」
ファラさんが、少し緊張したように口を開く。
「えっと……ファラです」
「この二人の娘です、よろしくお願いします」
一瞬の静けさのあと、村の空気はすぐに和らいだ。
「よろしく!」
「困ったことがあったら言って!」
「空き家ならいくつかあったはずだ」
歓迎の声が次々と飛ぶ。
オーガスさんが、少しだけ驚いたように目を見開き。
ジーナさんが、安心したように小さく笑う。
ファラは、ほっとしたように肩の力を抜いた。
⸻
そして最後に、人混みの奥からおじいちゃんがゆっくりと歩いてきた。
「みな、無事で何よりじゃ」
「今日はゆっくり休んで、明日また集まればいい」
「長旅、ご苦労じゃった」
その言葉で、みんなは自然と頷き合った。
そして人々は少しずつ家へ戻っていく。
夕方の光が、村の屋根をやわらかく染めていた。
僕も、家族と一緒に家へ帰った。
⸻
時刻は、もう夕方になっていた。
家の扉を開けると、母さんが振り返る。
「おかえり、フライ」
「ただいま」
その日は、久しぶりに家族でアルミ鍋を食べた。
鍋から立ちのぼる湯気。
見慣れた具材の匂い。
母さんの味。
父さんの静かな相槌。
その全部が、胸に沁みた。
そうしてベッドに入り、うとうとしながらこれまでの旅を思い出す。
(本当に色々あったな)
(でも、ちゃんとホップを村に連れて帰ってきた)
残る不安はある。
けれど、それでも素直に嬉しかった。
そんなことを考えていたら、疲れからか、自然に眠りに落ちていた。
⸻
翌朝。
久しぶりの実家で目を覚ます。
台所からは、魚が焼ける音と、朝ごはんの匂いがしていた。
「おはよう、フライ」
母さんが、振り向いて笑う。
「もう少しで朝ご飯できるわよ」
「おはよう」
「今日はおじいちゃんのところに行ってくるよ」
「それはいいけれど、頑張りすぎないでよ……」
母さんが、少しだけ眉を寄せる。
「病み上がりなんだし」
「そうだね……」
僕は、小さく息を吐く。
「心配かけてごめん」
「心配、だったけど」
母さんは、手を止めずに言った。
「フライの選んだ道なんだから」
「……ありがとう」
「でも、まだ終わった訳じゃないんだ」
僕は俯いて言う。
母さんが、少し困ったように笑う。
「そうなんでしょうね」
「見てたらなんとなくわかるわ」
「父さんも言ってたけど、後悔しないように生きなさい」
「うん、ありがとう」
母さんは僕の行動を信じてくれている、それに応えたい、そう思った。
朝ごはんを食べ終わると、僕は畑へ向かった。
⸻
朝の畑には、起こされた土の匂いが、やわらかく立ちのぼっている。
父さんは、黙々と鍬を動かしていた。
「来たか」
土を返す手を止めずに、父さんが言う。
「父さん、おはよう」
「何か手伝うよ」
「ああ」
父さんが、畑の土を見ながら言う。
「じゃあ、そこの鍬で土を起こしてくれ」
「うん」
鍬を振るたび、湿った土の匂いが立ち上る。
土を返し、汗を少しかく。
それだけのことなのに、畑仕事はいつもの僕に戻してくれる。
「それで、どうだった」
父さんが、手を止めずに聞いてくる。
「色々あったけど、行ってよかったよ」
「ホップがいたからな」
父さんが、ぽつりと言う。
「ちゃんと、頑張ってきたんだなと思った」
「父さん、世の中には、知らないことがいっぱいだね」
「……」
僕がそう言うと、父さんが少しだけ間を置いた。
「そうだな」
「でも、それを知っていくのは楽しいだろう」
「楽しいよ」
「けど、少し怖いこともあるよ」
僕がそう言うと一際大きく鍬を振り上げた。
「それも含めて、成長って言うんだ」
「お前は向き合ったんだ、それでいい」
それ以上は言わず、父さんは黙々と鍬を動かす。
そうして少し手伝ったあと。
「怪我してるんだろ」
父さんが、畑の向こうを見たまま言う。
「あんまり無茶するな」
「わかった」
「また来るよ」
「ああ」
そう言うと、僕はおじいちゃんの家へ向かった。
⸻
おじいちゃんの家には、すでに人が集まっていた。
ホルスさん。
ホップ。
ケールさん。
レインさん。
オーガスさん。
いつもの円卓のある会議室だ。
「では、さっそくだがホルス、報告を頼む」
おじいちゃんが、落ち着いた声で言った。
「わかった」
ホルスさんが、静かに頷く。
「まず、俺がこの村に隠していたことからだ」
そこからホルスさんは、自分が、シグルという名でライゼルを支えていたことを話した。
ホップが、ライゼルの息子であること。
ライゼルの妻、エルナの剣聖の血を継いでいること。
部屋の空気は、自然と重くなる。
「なるほどな」
おじいちゃんが、静かに頷く。
「よくそんなことずっと隠せてたもんだぜ」
レインさんが、腕を組んだまま言う。
「そうするしかなかったんだ」
「すまない」
「親父……」
ホップが、少しだけ目を伏せる。
「レイン、テュリップは来られなんだか」
「ああ」
レインさんが頷く。
「ガルディアで後始末があるから、帰るのが少し遅れるって手紙がきた」
「内容は俺が伝える」
すると、ケールさんが、小さく息を吐く。
「何か、嘘みたいな話ね……」
「ホルスもホップも、ガルディア王家に関係あったなんて」
「俺もまだ信じられませんよ」
ホップが、苦く笑う。
「では、次の報告じゃ」
おじいちゃんが、視線を移す。
「オーガスの話を聞こうかの」
「はい」
オーガスさんが、背筋を伸ばす。
「まずは、私みたいな追放された者を受け入れてくれてありがとうございます」
部屋にいる全員が、静かに頷いた。
「まず私は⸻」
オーガスさんは、自分がライゼルを裏切らざるを得ない状況にあったことを説明した。
長年、指令を受けてガルディアの情報を流していたこと。
そして、あの魔人、デグのこと。
「魔人……やはり本当なのか」
おじいちゃんが呟く。
「村長、何かわかったのか」
ホルスさんが、すぐに問う。
「あとで説明する」
おじいちゃんは、それだけ言って視線を戻した。
「では次は、ケールじゃ」
「ええ」
ケールさんが頷く。
「牧場のモンスターが喋れるようになって、この村の連携がより取りやすくなったわ」
「それで治療所も、エルによる治療をお願いしているわ」
「エルはすごい優秀で、治癒魔法も私たちの比じゃない」
「是非、治療所にいてほしいの」
「エルがいいって言ってるなら、構いません」
僕は頷いて言った。
「助かるわ」
ケールさんが、少しだけ笑う。
「私からは以上よ」
「うむ、じゃあ次はフライじゃな」
僕は、一度息を整えた。
「じゃあ僕からは、リュミエールの話を」
僕は、胸の奥に残るあの声を思い出す。
「僕を呼んでいました」
「呼んでいる……か」
おじいちゃんが、目を細める。
「それと、その……僕はフロワの国で魔法を学びたいと思っています」
「おいおい!」
「本気で言ってんのか?」
ホルスさんが、目を見開いた。
「力を、つけないと」
僕は、まっすぐ言った。
「僕はあの魔人に勝てなかったから」
「今以上に強く、守れるようになりたい」
「フロワか……血は争えんの」
おじいちゃんが、少しだけ懐かしそうに呟く。
「まぁ、それは後じゃ」
「では、帰ってきたのは⸻」
「北の祠、リュミエールに会いに」
僕は、まっすぐ答えた。
「そうじゃな、それがいいじゃろう」
おじいちゃんが、頷く。
「ホップも一緒に行こう」
僕はホップを見て言った。
「そうだな」
ホップも、すぐに言った。
「俺も、どうやら無関係じゃないみたいだからな」
「じゃあ、後はテュリップからの伝言を伝えるぜ」
レインさんが、腕を組み直した。
「バルダン王は、アルミ村のことを今まで通り隠してくれるみたいだな」
「バレちまったのは少し心配だがな」
その言葉に、部屋の空気がわずかに張りつめる。
すると、ホルスさんはレインさんを見て言う。
「王しか知らないということにはなっている」
「バルダンに喋ったのは俺だ」
「あの場を救うには、こうするしかなかった」
「じゃあ、それはホルスを信じるとする」
「続きを伝えるぞ」
レインさんが、淡々と続ける。
「テュリップの手紙からは、ガルディアで後始末を終えたのち、村に戻ると」
「その後、サラームに渡り城を中心に調べるとあった」
「危険です!」
オーガスさんが、思わず声を上げる。
「そんなこと、あの魔人にバレたりでもしたら」
「いや、テュリップのことは信じていいと思うぞ」
ホルスさんが、即座に言った。
「そうだな」
レインさんも頷く。
「あいつのことだ、うまくやる」
「ガルディアでの件も、あいつがいなかったら到底何も救えなかった」
その言葉には、信頼がにじんでいた。
「テュリップからの話はわかった」
おじいちゃんが、静かに息を吸う。
「では次……わしからじゃ」
その場の空気が、少し張り詰めた。
「ゼインの文献解読が少し進み、この世界のことが少しわかった」
「この世界のこと……?」
思わず、僕は身を乗り出していた。
「三百年前に何があったのか、魔人とは何なのか」
おじいちゃんは、ゆっくりと僕たちを見回した。
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