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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第四章 フロワ編

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第七十七話 目覚め

第四章 フロワ編


「……イ……ライ」


 どこか遠くで、声がした。


 暗い。


 深い水の底みたいに、何もない場所。


「僕は……どうなったんだろう……」


「フラ……イ……」


 また、声がした。


 自分の中に確かに届く。


「呼んでる……」


「この声……どこかで」


「フライ」


 今度は、はっきりと聞こえた。


 手の甲と指輪が、かすかに熱を帯びる。


「これは器からの声」


 暗闇の向こうで、光が揺らいだ気がした。


「リュミエール?」


「私の元へ……」


 その言葉だけが、冷たく重く沈んでいく。


「それって……」


「……」


 手を伸ばそうとした。


 けれど、何にも触れられない。


 その瞬間だった。


 暗闇が、音もなく砕けた。



 まぶたの裏に、光が見えた。


 ゆっくりと目を開ける。


 見えたのは、木の天井だった。


「……」


 少しだけ首を動かすと、すぐ横から声が聞こえた。


「フライ! 起きた!」


 フリールだった。


 その顔は、驚きと安心の表情だった。


「ああ、よかった、大丈夫?」


 反対側から、エルの優しい声がした。


「だい……じょうぶ」


 自分でも驚くくらい、声が掠れていた。


「いいよ、無理にしゃべんないで」


 フリールが、慌てて手を振る。


「フライ、ひとまず休め」


 ベッドのそばに伏せていたパディットが、言った。


「急がなくっていいのん」


 ムーがぷるんと揺れる。


「ありが……とう」


 そう言うのがやっとだった。


 窓辺に止まっていたネールが、静かに翼を動かした。


「本当によかった」


「先生に話してくるね!」


 フリールが、ばたばたと部屋を飛び出していく。


 扉が閉まり、少しだけ静かになった。


 僕はもう一度だけ目を閉じた。


 少しして、また扉が開く。


 フリールが、ヒーラーの先生を連れて戻ってきた。


 先生は僕の額に手を当て、呼吸や脈を確かめた。


「はい、これならもうしばらく休めば十分回復するでしょう」


「安静にしてくださいね」


 穏やかな口調だった。


 そう言うと、先生はすぐに部屋を出ていった。


 フリールが、僕の顔を覗き込む。


「今、色々話すのむずそうだから、もっと楽んなったら話すね」


「……」


 僕は、かすかに頷いた。


 その時だった。


 器の中からパンの声が聞こえた。


(よかった、フライ、本当に……)


 少しだけ震えるような声だった。


(アルミ村のみんなも心配してたよ)


(またちゃんと喋れるようになったら、こっちの状況も説明するね)


(ありがとう、今は休むよ)


 そう返すと、僕は、そのまままた深い眠りに落ちていった。



 それから、体力が回復するまで三日かかった。


 目を覚ますまで、僕は五日間も眠り続けていたらしい。


 最初の二日は、起きてもすぐに疲れてまた眠ってしまった。


 水を少し飲んで、スープを少し口にして。


 それだけで精一杯だった。


 三日目の朝になると、ようやく頭の中の霧が薄れてきた。


 喉の痛みも少し引いて、声も前より出るようになった。


 窓の外には、やわらかな朝日が差している。


 その光を眺めていると、扉が開いた。


「お、今日はだいぶ顔色ええやん」


 フリールが、明るい声で入ってくる。


「話、できそうかな?」


「うん、大丈夫だよ」


「じゃあ、何から説明しよかな」


 ベッドの近くまで来て、困ったように頭をかいた。


「まず、フライは魔人デグに刺された、それは覚えてる?」


「うん、そこまでは覚えてるよ」


「じゃあ、そっから説明すんね」


 フリールは椅子を引き寄せて座った。


 僕も、枕にもたれながら姿勢を少しだけ整える。


「デグは、フライが倒れたあと、ハルと対峙した」


 その瞬間の空気を思い出したのか、フリールの声が少し低くなる。


「ハルは、王家の剣の力を解放した」


「そしたら、その剣で、デグの片腕を吹き飛ばして」


 僕は、息をのんだ。


「ハルが……」


 フリールが、真面目に頷く。


「それで、そのあとデグは闇と共に消えたってさ」


 デグは、生きている。


 それは正直、僕を不安にさせた。


「その後は、騎士団が一気にモンスターたちを倒して、港を制圧した」


「んで、ホルスが、フライをおぶって帰って」


「……ホルスさんが」


「うん」


 フリールが、少しだけ笑う。


「めっちゃ血だらけのフライ抱えて、すごい顔してた」


 その光景が浮かんで、胸が少し熱くなった。


「それと、オーガスは国外追放になった」


「家族で、アルミ村へ行くことになって、みんなで向かってるよ」


「もう、八日前の出来事だよ」


「ファラも?」


「うん、みんな一緒」


 頭の中に、いろんなことが一気に流れ込んでくる。


「そっか」


 やっと、それだけ言えた。


「何だか理解が追いつかないよ」


「そうだよね」


 フリールが、乾いた笑いをこぼす。


 そうして、僕は思い出したように呟く。


「……そうだ、呼ばれた」


 フリールが目を丸くする。


「呼ばれたん?」


 パディットも、じっと僕を見る。


「何かあったのか?」


「器でリュミエール声が聞こえて」


「会いに来いって言ってた」


 僕は胸に手を当てる。


「フライもアルミ村に帰るの?」


 フリールが、少しだけ真面目な顔で聞いてきた。


「そうしようかなって思ってるよ」


「そっか」


「私はね、フロワに行こうと思ってるよ」


「例の魔法都市だっけ」


「そうそう」


 フリールが、指を立てる。


「フロワか……」


 僕は、小さく呟く。


「魔法都市……僕も興味あるな」


「だしょ?」


 フリールが身を乗り出す。


「行ってみたいけど、僕はまずアルミ村に帰らないとね」


 すると、パディットが顔を上げた。


「帰るなら、オレに乗って行けばいい」


「パディットに!?」


「オレなら、アルミ村まで一週間もあれば帰れるぞ」


「そっか……」


 僕は、少し息をついた。


「テイムのこと、もうガルディアの人達は知ってるんだね」


「隠して生きてきたのに大丈夫かな」


「大丈夫だと思うわ」


 エルが、やわらかく言った。


「ホルスはバルダン王に全部話して、盟約を結んだみたい」


「アルミ村のこと、詳しく知っているのは王くらいだと思うわ」


「ガルディアの人が知ってるのは、モンスターを仲間にするテイマーがいるってことくらいだと思うわ」


「そっか、ホルスさん、裏でそこまでやってくれてたんだね」


 僕は少しだけ遠くを見る。


「じゃあ、準備が出来次第アルミ村へ戻ろう」


 僕が言うと、フリールが腕を組んだ。


「あたいは、一回ドーナに帰って孤児院の皆んなに顔出すよ」


「その後にフロワに渡る」


「うふふ、それがいいわね」


 エルが微笑む。


「じゃあドーナまで、わたしが乗せてあげるわ」


「え!いいの?」


「じゃあそれでお願いします」


 フリールがエルにぺこりと軽く頭を下げた。


「じゃあ、また明日の朝来るね」


「待ってるよ」


 そう言って、その日は明日の準備をしてゆっくり休むことにした。



 次の日。


 ガルディアの治療所には、朝のやわらかな光が差し込んでいた。


 僕はベッドのそばで荷物をまとめながら、包帯や水袋、持っていく食料を一つずつ確かめた。


「じゃあ、ネールさんは、村の上空から見張り再開してください」


「承知」


「ムーはどうする?」


 ムーが、ぷるんと揺れた。


「ムーも一緒に行きたいのん」


 僕は、思わず少し笑った。


「そっか」


「じゃあ、平野へ出たら、また呼ぶよ」


「やったのん!」


 ひと通りどうするか決めて、パディットたちはテイムバンクで戻ってもらった。


 そうして、しばらくするとフリールが迎えに来た。



 城門を抜けると、石畳が土の道に変わる。


 ガルディアの城壁が少しずつ遠ざかっていくのを見てから、僕はテイムバンクでパディット、ムー、エルを呼び出した。


 灰色の毛並みを揺らして、パディットが姿を現した。


 ムーは、ぷるんと現れ、ローブに入って行く。


「やっぱり、こっちの方が落ち着くのん」


 僕は小さく笑って、パディットの背に手を置いた。


 すると、エルが周りを見渡して言う。


「さ、行きましょっか、フリール」


「うん」


 僕は、フリールの方を見る。


「フリール、また会おう、必ず」


「必ず、ね」


 フリールが、まっすぐに笑った。


 そうして僕たちは別々の帰路を行く。



 一日目は、街道から少し逸れた道をパディットに乗って駆けた。


 草原が、後ろへ後ろへと流れていく。


 行きには果てしなく遠く感じた道が、今は驚くほど短く見えた。


 日が傾く頃には、もう平野の大半を抜けていた。


「この辺りで野営にしよっか」


 パディットが足を止める。


「しっかし早いのん」


 ローブの中から、ムーが顔を出す。


「ガルディアに向かってた時は、すっごく遠く感じたのん」


 僕は、遠くの空を見ながら小さく呟いた。


「もう村を離れてしばらく経つね」


「そういえば、ホルスさんたちもまだキャラバンで移動中なんだっけ」


 僕がふと思い出して口にすると、パディットが耳をぴくりと動かした。


「出発して八日くらいだからまだ旅の最中だろうな」


「それ、もしかしたら、僕たち追いつくんじゃ……」


「気が付いたかフライ」


 パディットが、妙に楽しそうに目を細める。


「絶対先に着いて見せる」


「それ狙ってたんだ……」


 僕が呆れ半分で言うと、ローブの中からムーがひょこっと顔を出した。


「それもいいけど、ムーお腹すいたのん」


「そうだね」


「暗くなる前に夜ご飯にしよっか」


 僕は荷物から、クッカーとナイフを取り出す。


 食材は、パン、チーズ、干し肉、干し野菜、調味料。


 石を並べ、簡単な調理場所を作る。


 ヒートの魔法で火をつけると、ぱちぱちと小さな音を立てて炎が揺れた。


 赤くなった鍋に油を薄くひき、刻んだ干し肉を戻しながら炒める。


 チーズを削って混ぜ、香草と塩で味を整える。


 干し野菜も柔らかく戻して添えていく。


 平野の夜風に、焼けた肉とチーズの香ばしい匂いが広がった。


「フライの料理は久しぶりだな」


 パディットが、尻尾をゆっくり揺らす。


「楽しみなのん」


 ムーが、鍋を覗き込む。


「よーし、できた」


「干し肉のチーズピカタだよ」


 皿代わりの木皿に盛って、パンも添える。


 パディットが一口食べて、目を細めた。


「これは、焼いたチーズが香ばしい」


「焼いた肉も、パンによく合う」


「やっぱフライは料理上手なのん」


 ムーも、嬉しそうに揺れる。


「喜んでもらえて嬉しいよ」


 空はもう、群青色に変わっていた。


 平野は暗く寂しい雰囲気なのに、焚き火の前では暖かい気持ちになった。


 食事が終わると、僕たちは手早く野営の準備をした。


「野営も慣れたもんだな」


「本当にね」


 僕は、火を見つめながら答える。


「村にいた頃は、やり方すらわからなかったよ」


「旅は楽しいのん?」


 焚き火のそばで、ムーが小さく揺れながら聞いてくる。


「嫌いじゃないかな」


「知らないことを知るのは楽しいことだよ」


 僕は揺れる焚き火の火を見つめながら、静かに続ける。


「でも……状況が状況なだけに、あんまり浮かれてもいられない」


「そうだな」


 パディットが、静かに言った。


「いつか、背負ってるものとか全部片付けたら、旅に出るのもいいかもね」


「ムーも一緒に行っていいのん?」


「そうだね、みんな……で……」


 言いかけたまま、まぶたが重くなる。


「疲れたんだろうな、眠ってしまった」


「ムーたちも今日は休むのん」


 焚き火の火は、小さく揺れていた。


 平野の上には、無数の星が広がっている。



 次の日


 ドーナ大橋だけは、さすがにパディットに乗るわけにもいかず、歩いて渡った。


 橋の上では、川風が強くて、ローブの裾がばたばたと揺れた。


 その先は、またひたすらパディットに乗って駆けるだけだった。


 そうしてカイバル平原を進むこと四日。


 ようやく、アルミ村へ至る森にたどり着いた。


 見慣れた木々の匂いに、懐かしさを感じる。


「森はキャラバンでも五日ほどだが、オレなら二日で抜けてみせる」


 森の入口を前にして、パディットが少し得意げに言った。


「そんな急がなくっていいよ」


「そろそろ、ホルスたちに追いついちゃうのん」


 ムーが、ぷるんと揺れた。


「流石に匂いがもうかなり前だ」


「ギリギリの勝負になるな」


「いや、勝負してないからね?」


 思わず僕がツッコむと、ムーがすぐに続けた。


「パディットは変なとこ張り合うのん」


「勝ちたくないのか?」


「そもそも勝ちも負けもないから……」


 僕は呆れながらも、少しだけ笑ってしまった。


 そんなやり取りをしながら、僕たちは森の中を駆け抜けた。


 夜になると、探知で安全な場所を探し、野営した。


 木々の間を抜ける風の音。


 湿った土の匂い。


 どこもかしこも、アルミ村へ近づいている気配がした。


 二日目の朝のことだった。


「近いな」


「これならギリギリ北の森の分岐くらいで追いつくかもな」


「よしっ!」


 僕は思わず身を乗り出した。


「ここまで来たら追いつこう!」


 パディットが、待ってましたと言わんばかりに走り出す。


 そうして数刻後だった。


「あっ、キャラバンの馬車だ!」



 一方、その頃。


 馬車の中では、揺れに合わせて荷物が小さく軋んでいた。


「もうじきだな」


 ホルスが、窓の外を見ながら呟く。


「フライは目が覚めたかな」


「流石にもう半月だぜ?」


 ハルが、腕を組んで笑う。


「目が覚めて飛び起きてるって」


「そうだといいな」


 ホルスが、少しだけ笑う。


「せめてゆっくり休⸻」


 その時だった。


 かすかな声が聞こえた。


 ハルが、ぴたりと顔を上げる。


「今、フライの声しなかったか」


「お前もか」


 ホルスが、眉をひそめる。


「幻聴まで聞こえ始めやがった」


「……いえ、聞こえますよ」


 ファラが、ぱっと立ち上がる。


「フライの声!」


 馬車の後ろを覗き込む。


 木々の隙間の向こう。


 小さな影が、ものすごい速さで近づいてくる。


 灰色の体。


 その背に乗る、見慣れたローブ。


 胸元には水色のスライムが揺れていて。


 木漏れ日の中を、一直線に駆けてくる。


「おーい! みんなー! ただいまー!」


 その声が、森いっぱいに響いた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると、嬉しいです。

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